藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
スマートスモール
最近Twitterに書き込んで思考を練っています。あちらで書いたこと、ブログにも載せます。

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スマートスモール(SmartSmall)は、僕が提案する10年代のキーワードです。中小企業(←弱者)とか職人(←時流に遅れている)とかフリーライター(←胡散臭い)とか言うのやめましょうよ。自ら考え自ら作り自ら発信し他者と自発的に繋がる存在。みんなまとめてスマートスモールです。

スマートスモールが成立できるようになったのは、ネットの存在が大きい。都市生活者は長期停電すればスマート(=自律的)でいられなくなる。危うい仮想的自律のもとに成り立つのが10年代のスマートスモール。けど後戻りできない。突き進むしかない。創発を期待して。

SmartSmallの対立概念はBigMass。今の大企業って終わりなき成長を信じ、毎日スゴく努力してデカい筋肉をつけてうっとりしてる人に似てる。優れた企業は禁欲的に鍛錬。ズルい企業はステロイドを打つ。どちらも大きくなりすぎるとしなやかさが失われる。だからスマートスモール。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2010-02-05 11:14 | Comments(4)
 
無意即妙
ここはシンメトリーの美を考えさせてくれる空間です。シンメトリーでありながら微妙にずれています。空き缶用ゴミ箱の微妙のズレとか、自販機の上の2つの街灯は左がちょっとひん曲がっているところとか。

個々のエレメントが統合を指向すると同時に、ズレも指向しているのです。

有楽町・新橋間のガード下です。ガードは設計者によってシンメトリックに作られていますが、長い時間が経過するとともにサビや汚れでズレが生じています。それと呼吸を合わすように、自販機やパイロンもシンメトリックに設置されながらも、微妙にズレている。経年の歪みと“無意即妙”のずらし。そこが何とも粋というか。自販機自体は美しくなくても、設置の仕方で美が発現するとでもいいましょうか。こういうの好きだな〜。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2010-01-31 11:45 | Comments(2)
 
おい、フジサキくん
いつまで放置してるんだ。
う〜ん、多分今週末には何か書きます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2010-01-27 20:29 | Comments(0)
 
更新される第三項
本日、和光大で第三項の話をした。その中で太極図がなぜ第三項につながるか。その話をし忘れた。Twitterでつぶやこうとしたら、長文になったので、こちらでつぶやく(だからいつもとちょっと文体が違う)。

太極図は、陰と陽が動的に均衡を保つのを示した図。陰陽は共存するもの。対立して弁証法的に高次の発展を遂げるわけではない。

常に動いているというのが、この均衡の大前提。もし静止していたらとてもバランスが悪いものでも、流れの中では均衡を保つことができる。つまり、同じ力の二項でもその均衡点は中央にあるとは限らない。極端にどちらかに振れている場合もある。

時代とともに、制約とニーズは常に変わる。問題解決のために同じ方程式を使っても、わずかな初期値が結果を大幅に変えることがある。その時その場所に最も有効と思われる均衡点を打つ作業が「第三項」を探すこと。

流れを見極め、二項の間に常に新鮮な答えがあると確信し、それを熱心に探し出す姿勢が必要となる。最強の矛が勝つか、最強の矛が勝つか。戦いが一発で決着がつく一回限りのものでなく、永遠に続くものであるとすれば、そこに「矛盾」は存在しなくなる。盾を半分貫いたが矛も傷ついた、といったグレーゾーンの状態が繰り返される。優勢劣勢は交互に入れ替わる。無限の戦いは宇宙の舞いとなり、それ自体が美しい。答えは常に更新され、有って無きものが如し。

デザインがパパネックが言うように秩序を求める作業だとすると、僕は答えの在処の有為転変にデザインの面白さを感じている。

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本ブログでの第三項に関連する記事は、こことかこことかここ
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2009-11-13 21:12 | 二項対立 | Comments(0)
 
適正価格の空洞化──「ふつう」の背景
11月6日に産経新聞関西版夕刊に寄稿した記事「適正価格の空洞化」を少しばかり加筆してアップします。

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40年前の1969年、ラーメンは80円だった。では、今ラーメンの値段はいくらかと問われればちょっと答えに困る。総務省統計局の東京都区部での調査では588円。しかし300〜400円台で食べられる大手チェーンもある。名の知られたラーメン専門店なら500円台で食べられれば安い。700円台でも高いと思わない。価格が二極化して、適正価格が空洞化しはじめている。

同じことは、そばやコーヒーにも衣料品にもいえる。1969年コーヒー1杯100円だが、今はスタバで飲むか、マックで飲むか、街角の喫茶店で飲むかで、しゃれたカフェで飲むかで、値段が違う。街角の喫茶店の数が減ってきている。どこで飲むかかどこで買うかによって適正価格が左右されて、平均的な価格で商売するふつうのお店が街から少しずつ消えつつある。

ドン・キホーテが10月14日、690円のジーンズを売り出した。買いに行ったが店頭にない。5日間で3万本が完売になったという。結局、近所のダイエーで買った880円のジーンズを買ったが、はき心地は悪くない。細かく言うと通気性が少し気になるが、言うほどのことはない。ブランドを示すタグや特長あるステッチが皆無なので、普段着にするにはちょうどよい。

で、880円のダイエーのジーンズに、ユニクロの長袖Tシャツ、ダイソーの100円の五本指靴下で原稿を書いている。いま身に着けているもので一番高いのは1500円のブリーフである。

現在進行する価格の二極化は、品質の二極化ではない。逆に「安かろう、悪かろう」が減ってきたから、価格が二極化しているのだ。

高額なモノにはワケがある。吟味された材料を使って手間をかけて作っている。だから高い。ワケを納得した上で、人は高いモノを買う。最近の「安くてもけっこうイケるモノ」には、ワケの見えないものが多い。モノの値段の背景には、グローバルな経済システムやブランディング戦略などの複雑なカラクリがある。

投機家が原油価格を乱高下させれば、モノの値段に反映される。どれだけ手間をかけて作っているかより、どの国で作っているかが価格を決める鍵となる。同じ工場の製品でも、企業の物流コスト削減努力で値段が変わる。モノの価値はモノづくりからかけ離れる。マクドナルドの期間&時間限定で行った0円のコーヒーには、コーヒー豆を収穫する貧しい労働者の記憶はこれっぽっちも残っていない。

無印良品が誕生した頃の広告コピーは「わけあって、安い」であった。1980年代の無印良品にはパッケージに安さのワケが書かれていた。たとえば紙皿には「ラミネート加工を省いたからお安くなりました」とあった。メーカーよりも消費者に近い流通側の視点から「素材」「生産工程」「パッケージ」を徹底的に見直し、良い品が安い価格で提供できるワケを消費者に正直に伝えていた。現在の無印良品は「安さ」より「良品」であることを売りにしていたため、一部に良さのワケを書いたパッケージはあっても、安さのワケの記述は消えている。

消費者に近い流通側が価格をデザインするという潮流は大きな流れとなって今も続くが、もし現在のディスカウントショップが価格のワケを正直にパッケージに書きはじめたら、消費者はドン引きするかもしれない。「倒産した会社の倉庫に眠っていた在庫を引きとってきました」「中国の工場で日給○○円の従業員が作りました」……。

安価なモノからはモノづくりが切り離される。逆に高額なモノは、デザイナーの名前が強調されたり、こだわりのモノづくりが神話のように語られる。産業の空洞化が価格の二極化を招く。

次に起こることは、空洞化された適正価格をデザインする動きだろう。本来「適正」や「スタンダード」や「ふつう」という価値基準は自然に生まれるものであって、誰かが提案するものではない。お手頃価格やお値打ち感は、もはや需要と供給のバランスや主婦の金銭感覚から生まれず、誰かが「ふつう」という共同幻想を操作した結果から生まれる。

適正価格が見えなくなり、何を買ったら「ふつうの生活」かも分からなって、コレを買えば「ふつう」だとか、ここに来れば「ふつう」という商品やサービスが現れる。デザイナーやトレンドを作る人たちが「ふつうがいいよね」と語りはじめた時は要注意である。その「ふつう」は世界の窮状を全く見えないように住み心地よくデザインされた「ふつう」である可能性があるからだ。

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本稿は、本ブログ08年1月8日のこのエントリーを発展させたものです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2009-11-09 18:58 | Comments(17)
 
twitterやってます
twitter、はじめてます。
http://twitter.com/fujisaki_k
いや、実は、夏頃からやってたんです。誰にも知らせず、思いつきのハンドルネームに使い、フォローもせず、原稿のメモや一人つぶやきに使ってたんですが、先月iPhoneを買い、そろそろtwitterの醍醐味を味わいたいと、本名で書きます。「なう」と書かないtwitterを目指します。ブログ同様、更新がパタリと止まるときがありそうですが、書いているとアクティビティの密度が向上するので、しっかり続けていきたいと思ってます。気分はこの曲ですね(YouTubeへ)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2009-11-03 20:10 | Comments(0)
 
エコエコ東京モーターショー09
日本の不況がどれほど深刻なものか。それを知るには東京モーターショーに行くのが一番です(一般公開は10/24〜11/4)。朝日新聞が “しぼむ「東京」” なんて見出しを掲げ、不況の中「しぼむ」なんて意気消沈させる言葉は使わないほうがいいのに、と思ったのですが、行ってみると、えっこんなに縮小しちゃったの!?って驚くぐらいしぼんでました。

海外主要メーカーの展示がないことは最初から知っていたので驚きませんでしたが、駅から言って手前側の展示場は使われておらず、展示ブースも経費節減の煽りをうけて地味なものに。二階建て大型ブースなんてありません。

スズキやホンダはバイクとクルマが同じブースに。カワサキに至っては不参加。で、コンパニオンの数も少ない。プレスデーだったから数を減らしていたのかもしれませんが、あの数のままならカメラ小僧たちはかわいそうです。

前回に引き続き千葉の幼稚園児の描いたクルマの絵の展示をやってましたが、今回はその展示がまるで穴埋めのようにいい場所にあって目立ちます。

お祭りなんだからもっとカネをかけろ、って声を大にして言いたいです。子どもの絵が目立ってどうすんの。海外メーカーが不参加だからって、国内メーカーが横並びでお祭りにかける費用を減らすから祝祭感が薄れる。ショーというのは、カラ元気でもいいから、みんなが張り切るところです。

肝心なクルマの展示は、プレミアムカーがほとんど見あたりませんでした。目立っていたのは新発表のレクサスのスポーツカー「LFA」くらいでしょう。ドイツやイタリアの主要メーカーが出展していないせいもあり、お金持ちがステータスを買うクルマをプレゼンテーションする場ではなくなっていました。(ちなみにトヨタのブースでは、ミラノサローネで展示された透明レクサスが見られます。ミラノの展示の時より近くで見られるので、お得です)

やはり主役はエコです。環境技術についてメーカーの人にけっこうじっくり話を聞けたので、僕としてはこのモーターショーをかなり楽しめました。適当にしぼんでたほうが意外と未来がはっきり見えたりするんです。バイワイヤーがどうしただの、電源コードはどこにあるのが適切だとか、ハイブリッド車の形状の類似性についてとか、いろいろ勉強してきました。

次はEV(電気自動車)かもって予感があります。地方のコンビニの駐車場が必要以上に広いのは、もしかして電気ステーションをつくるため、とか勘繰ってしまいました。ハイブリッドは落ち着いてしまった感があります。燃料電池車は、推進団体の担当者に話を聞いてもノリがいまひとつ。「2015年までに国が本腰を入れてくれないとね」って感じでした。

三菱のブースを見ていて、エコカーはナンバープレートを空色にすればいいって思いました。若草色でもいいですね。三菱のEV「i-Miev」のボディは軽自動車「i」の流用のため、企業が採用している「iMiev」はデカデカと「Electric」とか「電気自動車」とボディに書いてあったりします。日産の「リーフ」だって街を走れば、ガソリン車と見た目は変わりません。

地方に行くと、軽自動車を示す黄色いナンバーがたくさん走っています。黄色ナンバーが走る街から空色ナンバーの街にする。それを地域ぐるみで普及に取り組むんです。地方自治体が競い合って空色のナンバーの町を目指す。いいと思いませんか。

日産の小型EV「ランドグライダー」。前後に二人乗り。ふつうのクルマのボディに長体をかけたようなデザインです。カーブで車体が横に傾きます。走りの楽しみも追求したコンセプトEV。

日産のEV「リーフ」。来年後半発売だとか。普及を目指した価格設定でくるとのこと。電池はリース。

トヨタのコンセプトEV「FT-EVⅡ」。一人乗りEV「i-REAL」で培った技術を小型車「iQ」と同等の“3+1人乗り”の乗用車に。バイワイヤーの操作系で、インパネを無くし、ドライバーの前方に広い空間が生まれる。

ホンダのU3-X。横や斜めに動くのが実にユニーク。横への動きはタイヤに秘密ありとのこと。アシモの制御技術も応用したとのことですが、逆にアシモにこれをつけたら面白いかも。(YouTubeへ)

マツダの「清」。「きよら」と読むけど、ついつい「きよし」と読んでしまいます。水の流れをイメージしたとか。マツダのコンセプトカーは我が道を行く感があって毎回大好きです。今年はエコの時流に合わせたのかコンパクトカーの提案でしたが、それでもモーター・スカラプチャーであることは変わっていません。

実は一番気に入ったのは、エコカーでなく、このダイハツのコンセプトカー「basket」。4人乗れる4駆の軽トラ。日本の田舎はクルマが風景を壊してます。こういうのが田舎の風景を変えてくれると思います。

韓国のCT&T。ゴルフカート製造から始まった電気自動車メーカー。ここのコンパニオンが一番元気でした。

コンパニオンの経費節減のやり方が間違っています。ダイハツのブースにて。

ホンダさん、これは誰に対しての問いなのですか。出すなら出してください。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2009-10-23 06:51 | Comments(2)
 
最近心がけていること
流れを感じること。流れに乗っても、調子に乗らないこと。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

# by cabanon | 2009-10-18 11:25 | Comments(0)
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザインジャーナリスト。エディター。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」。

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