藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
大きすぎやしませんか?
シャープの液晶TVアクオスの今流れているテレビコマーシャル、変だと思いませんか。モダン山水の庭篇。京都・東山にある作庭家・庭園史研究家、重森三玲(1896-1975)邸で撮影されています。
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アクオスが大きすぎます。65型。横幅157.2センチ、画面の高さ104センチ(脚を含めた高さは116センチ)。三尺六尺つまり90.9×181.8センチの畳一枚分にどんどん近づいています。どんなにデザインがミニマルであっても、このサイズは書院造りの建築に合いません。控えめさが要求される空間だからです。

21世紀、大きくなりつづけるもの。平べったいテレビ。メディアが映し出す女性のバスト。視覚と性。2つとも欲望の形です。

20世紀は視覚の時代でした。産業革命以降の「近代」は、博覧会、摩天楼や塔や観覧車など高所からの眺望、写真、映画、雑誌、テレビによって、見たことのないものを見たい、より精細に見たいといった大衆の欲望を煽りつづけました。それは今も続いています。万博の時代は終わったと言われてたのに、愛知万博は結局たくさんお客さんが入りましたし。評論家はいつでも近代やモダニズムを終わりにしたがります。でも、言説でだけで幕を閉じられる、そんな簡単なものじゃないんです、近代は。

巨大化したテレビで巨乳を見る。そんな近代のギラギラした欲望を形にしたものだからこそ、抑制の利いた美意識が空間に染みわたった重森三玲邸に合わせてみたのかもしれません。コントラストの効果を狙ったのでしょう。いや、大きな黒一色の四角い画面を「空」だの「虚」だの「余白」だのと言いたかったのでしょうか。

だけど見事にアテは外れています。近代の欲望がズカズカと土足で重森邸に上がり込んでしまったような「絵」になってしまいました。吉永小百合はやりすごしてます。
素直に大きな家で撮ればよかったのに。巨大な作品を作っているアメリカのアーティストのアトリエとか。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-09-15 22:02
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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