藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
六角堂見聞す
イヅラ。──地中海の島のような響きがします。
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五浦(いづら)に行ってきました。岡倉天心の六角堂を見るために。上野から常磐線で約3時間。茨城県の北の果て。隣はもう福島県いわき市です。

ちょうど100年前のこと。1905年、岡倉天心はこの地に自ら設計して邸宅を建てます。六角堂は、敷地の中の海に突き出た断崖に建つ東屋(あずまや)です。これも天心の設計です。天心はここで瞑想にふけり思索を重ねました。
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この夏、僕はずっと岡倉天心の『茶の本』を読んでいました。今も読みつづけています。『茶の本』は天心が英語で書いたものなので、文庫だけで4冊、いろんな翻訳本が出ています。その翻訳を代わる代わる、何度も繰り返して読むうちに、無性に六角堂を見たくなりました。天心の見たもの/感じたものを自分の感覚に重ねてみたくなったのです。
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『The Book of Tea』 (茶の本)がアメリカで出版されるのは1906年です。当時、天心はボストン美術館の東洋美術品収集の仕事のために、アメリカと日本をほぼ半年ごとに行き来する生活を送ってました。『茶の本』はおもに1905年10月から3月アメリカ滞在中にまとめられました。

ですが、天心が五浦に土地を買うのは1903年。『茶の本』の構想が生まれたのはアメリカ滞在中の1904年秋頃だといわれています。天心は1905年3月日本に戻り、6月に六角堂と邸宅を完成させます。六角堂は『茶の本』とほぼ同時に構想され、本に先立ち天心の思いを先に実現した空間なのです。

天心は完成したばかりの六角堂で、波音や松籟を聞きながら、茶を通して東洋文化の神髄を語る『茶の本』の構成をあれやこれやと練り上げていったに違いありません。
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天心の邸宅
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セザンヌの絵のような松
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天心のお墓

三連休の中日ということで、六角堂には絶え間なく人が訪れていました。しかし、往時の六角堂は近寄る者を怖じ気づかせる鬼気を発した建物ではなかったのか。そんな想像を巡らしました。海に孤高に向かい合う姿は凛々しく神々しい。

物見遊山の観光客にとって六角形の建物は目新しいものではありません。法隆寺の夢殿みたい、と言ってしまえばおしまいです。訪れる人はみな建物よりも海をバックに記念写真を撮っていました。ディテールも精妙とはいえません。ですが、六角堂の中で2、3時間、本でも読みながら一人で過ごすことができたら最高でしょう。波はワイドパノラマ映像のような窓に打ち寄せます。しかも自然のサラウンドサウンド付き。六角形は外の景色をパノラマのように眺めるのに適した形です。窓越しにしか写真を撮れませんでしたが、いつかこの中で日の出か秋の月を味わってみたいと思いました。

d0039955_15192474.jpg海につかり、崖に登りながら六角堂の写真を撮っているうちに、数年前訪れたカプリ島のマラパルテ邸を思い出しました。断崖の家です。人を寄せ付けない孤高の姿が通じ合います。六角堂のほうが観光化が進み、痛ましい状態でしたが。

マラパルテ邸は、イタリアの作家クルツィオ・マラパルテが建築家アダルベルト・リベラの案をもとに自ら設計した別荘です。1940年竣工。ブリジッド・バルドー主演、ゴダールの映画「軽蔑」の舞台になったことでも知られています。


マラパルテ邸は船のかたちです。黄泉へ向かうのか、冥府から辿り着いたのか。限りなく青い地中海の海と、燦々とした陽光、めいっぱい生命感が溢れる世界の中で、断崖の家が死を感じさせます。

d0039955_20553244.jpg僕はこの感覚をル・コルビュジエのカップマルタンの休暇小屋(cabanon)でも強く感じたことがあります。カップマルタンはモナコ公国の隣にある、南フランスのこぢんまりしたリゾートの町です。1952年コルビュジエはその地に小屋を建て、65年に亡くなるまで夏のバカンスやクリスマス期を過ごしました。ちなみに僕のハンドルネームcabanonは、この家への思いから付けたもの。cabanonとはフランス語で東屋とか小さな別荘のことです。コルビュジエの休暇小屋は、マラパルテ邸や六角堂のように海に突き出た場所にはありませんが、地中海に面した急な崖に建っています。

子宮のような家でした。コルビュジエがそこにいるときだけ母なる世界に戻れる家──。コルビュジエはスイス生まれでしたが、自分の祖先は地中海人だったと信じていたといわれています。コルビュジエは休暇小屋のすぐ近くの海岸で海水浴中に亡くなっています。でも、だから死の予感がするのではありません。

断崖の家が予感させる死は絶望の死ではない。生命の源へ還る死です。とても大建築家の別荘とは思えないみすぼらしい小屋は、よく生きた者だけが知る死の予感を今もかすかに宿しています。

断崖とは死の淵です。同時に生の淵でもあります。岡倉天心もマラパルテもル・コルビュジエも、断崖の家に隠れ、死の際(きわ)から生を見つめようとしたのでしょう。その視線は温かく厳しく、若干の狂気を含みながら、時代を超えます。生への讃歌を歌うのにこれほどふさわしい場所はありません。
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にしても、五浦は天心だらけでした。お昼は六角堂ちかくの船頭料理天心丸という店で30分並んで海鮮丼をいただく。うま〜。1365円。隣の人が食べてた天ぷら定食がすごかった。3人前はありそうでした。
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天心丼ではありません。

岡倉天心が設立した日本美術院の跡地に行きました。何も残ってません。ですが、断崖がいい。六角堂の前の海に比べ、波は猛々しく断崖はマッチョです。そのあと、内藤廣設計の茨城県天心記念五浦美術館へ。天心に関する展示室が充実してます。横山大観らの収蔵品も良質です。
で、美術館から歩いてすぐの天心の湯という温泉につかって、その日のうちに東京に戻る。いい旅でした。
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天心記念五浦美術館
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大人800円。大衆浴場のようなので、すべてがそこそこ。でも歩き疲れた後の、温泉はいいもんです。タオルは持参しましょう
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最寄り駅のJR大津港駅にて

【関連リンク】
茨城大学五浦美術文化研究所。岡倉天心の住居跡。六角堂もここにあります。
茨城県天心記念五浦美術館。五浦へのアクセスなどの参考に。
北茨城市のHP

※参考文献 『岡倉天心と五浦』 中央公論美術出版 1998
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-09-19 16:30 | お気に入りの過去記事 | Comments(4)
Commented by 早見 at 2005-09-20 00:26 x
六角堂ですね。ぼくも行きました。
そこでカメラを落として岩にあたり、ファインダーが壊れました。
そこから波が咲け散る岸辺をはるかに茫洋たる海を当分眺めていたくなりますね。
日本美術院の画家たちの魂がそこここに漂っているようでした。
五浦観光ホテルの温泉はものすごくしょっぱかったのをおぼえてます。
天心記念美術館もいいですね。
断崖絶壁につきだしてる感じです。
Commented by cabanon at 2005-09-20 17:23
>早見さま
そうそう、そうです。海に突き出た断崖って亡霊の棲みかのような気がしてならないんです。カプリ島にはグロッタ(洞窟)がたくさんあったし。五浦にも洞窟のようなものがありました。魂が彷徨うには最適な場所かもしれません。
六角堂やマラパルテ邸のような断崖の家はグロッタが外に剥き出しになったようなもの。そんな感じがします。
コメントありがとうございます。
Commented by juno-7 at 2005-09-27 20:05
はじめまして。
五浦が奥にポツンと見える、最初のお写真が好きです。
これが、”海につかり、崖に登りながら”(すごいですね)、
撮影されたものなのでしょうか。
波の音を聴きながら水平線を眺め、溢れる光を浴びるのは
気持ちがよいでしょうね。
小旅行で、私も行ってみたくなりました。
Commented by cabanon at 2005-09-27 23:00
>juno-7さま
コメントありがとうございます。
あの写真は崖の下あたり、その上に分家サイトDP Annexで紹介した奇妙な教会があります。藪の中で本当は入っちゃいけないような敷地なのですが、うろうろしているうちに辿り着きました。

ちょうど六角堂が見えるように、誰かが円形に植物を刈り込んであるんです。たぶんそこが南側から見る見物のベストポジションでしょう。

横にはコンクリートで石を固めた高さ1メートル20センチほどの見物用の台もありました。

でも、そこから六角堂を見ても、木が生い茂っていてあまりよく見えなかった。台が高すぎて登るのが大変だからでしょう。僕も登るのにシャツを破いて、しかも腰を悪くしてしまった。

五浦は小旅行にはいいところだと思います。
それとブログ覗きました。三信ビルの写真ステキですね。

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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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