藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
デザインオタクはどこにいる?
野村総合研究所が発表したオタク消費市場の分析がおもしろい。
国内主要12分野のオタクを分類して、その人口と市場規模を推計している。
コミック、アニメ、鉄道のほか、旅やファッション、芸能人、携帯型IT機器といった分野もあり、マニア消費者=オタク層としてオタクの再定義をしている。

野村総研の推定によると、コミックが35万人、アニメ11万人、ゲーム16万人、芸能人28万人、AV機器6万人、旅行25万人、ファッション4万人、鉄道2万人。マニア人口というだけあって絞り込まれた数字のようだ。

ならば、デザインオタクや建築オタクというのはどのくらいの人口だろうかと考えた。デザインと建築を合わせて、鉄道に勝てるか。たぶん勝てない。デザイン好きや建築好き、カーサが好き、talbyのデザイナー名が言えるというレベルならかなり裾野は広がっていると思うが。

野村総研はオタク層の分析にあたって、一般的な企業のマーケティングフレームである「4P」(Product:製品、Price:価格、Place:販売チャネル、 Promotion:プロモーション)に加えて、今回、新しいマーケティングフレームとして「3C」を提唱した。
ニュースリリースから引用すると、
・ 収集 (Collection):商品やサービスにコレクション要素を付加することにより、継続的な消費を促す。
・ 創造 (Creativity):改造や使いこなしの余地のある商品を投入し、ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供することにより、商品への愛着を強める。
・ コミュニティ(Community):情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供することにより、消費活動を促進する。


市場規模の拡大を考えるなら、おそらく収集という要素が大切なのだろう。でも、マニアの強度、マニアのコアさ加減を決めるのは、収集でなく、創造とコミュニティだと僕は思う。

さて、僕のオタクの定義を披露しておこう。

あるコミュニティの中で、その人が持っている情報の多さと精度によって人格が判断されるようにまでなった人たちのこと。性格がいいとか悪いとか、容姿や身なりなどで人格が判断されない。人付き合いが悪くて、嫌みなヤツでも、人の持ってない情報を集め、組み合わせ、披露できればいい。一般の人たちに分からなくても、その情報の重要性を理解してくれるコミュニティに属していればいい。オタクの人格は情報の量と質で判断される。だからオタクは情報を得るために必死になる。そこにコアな市場が生まれ、それが時代をリードする。

作り手側の人間、つまりデザイナーや建築家、アーティスト、マンガ家、ゲームクリエイター、小説家、映画監督などの場合は、「情報の量と質」でなく、「作品」で人格的評価が決まる。(ちなみに作品にも量と質がある。量は作品数でなく売り上げ)。

作り手の創造は、野村総研の3Cの内の「創造」とは異質のものだ。3Cで定義された創造は受け手側の創造である。「ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供する」と書かれている通り、企業がマニア消費者へ仕掛けるマーケティング戦略の方向性を示したものだ。「改造や使いこなしの余地」とは、与えられたものをいかに改造するか、使いこなすか、カスタマイズするか、着こなすか、住みこなすかであって、ゼロから創造ではない。

しかし、ゼロから創造なんてあり得るか、という根本問題がある。既存の情報を集め、状況に合わせた情報を選択し、組み合わせ直し、新しい価値を生み出す。リノベーションやリデザイン、リミックスといった手法はまさにオタク的創造といえる。別にRe××と付かなくても、デザイン自体そうした手法から離れられない。膨大な情報の海から情報を集め、削ぎ落とし、整理し、組み合わせ、さまざまな制約の中で時代に最もふさわしい問題解決策を探るのがデザインなのだから。

そうした才能は、デザイナーだけでなくミュージシャン、アーティスト、いや現代のあらゆるクリエイターに問われている。作り手の創造と受け手の創造を隔てる古びたボーダーを気軽に飛び越えられる才能が必要とされているのだ。

問題は創造の種類ではない。コミュニティの有無だ。創造はそれを評価できるコミュニティが形成されて初めて価値を持つ。ここが真のオタクの地平だ。本人の性格がかなり歪んでいても、創造性を評価してくれるコミュニティがあればいいわけだ。学校や会社で一生懸命デザインして、個人の創造性を育てても、コミュニティが育たないと、自己満足で終わってしまう。創造の強度はコミュニティの強度に保障される。

企業のマーケティング戦略主導でオタクのコミュニティを作れるのか、という疑問がある。野村総研が「コミュニティ:情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供する」とあっさり書いているところに、マーケティング屋さんの慢心が見え隠れする。2ちゃんねるを電通が作れるとでも思っているだろうか。

コミュニティはマーケットとは違う。どうしても自然発生的な部分に頼らざるを得ない。マーケットを作るには消費者を見つければいい、増やせばいい、育てればいい。マーケットは受け手の問題だが、コミュニティは情報の作り手、送り手、受け手すべてを含む。

問われるのはコミュニティの創造だ。ここが本当に難しい。従来のやり方は通用しない。大手出版社から雑誌を創刊しました、テレビで情報流しました、ポータルサイトを作りました、渋谷でイベントしました、といったレベルでは、強度のあるコミュニティを作るのは不可能だ。

クリエイターは真性オタクであり、オタクはプチクリエイターだ。現役アニメーターが最高のアニメオタクであり、アニメーター予備軍や同人誌を作ったりコスプレしたりする創造する受け手がアニメオタクの中核と重なり合う。コミックも同様。作り手であり受け手である最もコアな人たちが出没するコミュニティこそ、最先端マーケットに変身する可能性がある。

デザイナーというのは学校で教わった作品主義が染みつきすぎて、コミュニティ創造をおろそかにしてきた面がある。いいものを作ればいつか世の中が分かってくれると思うのは作品主義者の幻想にすぎない。

実際は現役デザイナーがいちばんのデザインオタクであるわけだが、それを横につなぐコミュニティに強度がない。幅も深さもない。ジャンル別になりすぎていたり、先生と呼ばれる人たちが集まるサロンになってしまったり、現在のコミュニティは機能不全に陥っているものが多い。

デザイナーの創造が、漠たるマーケットの中で計測された「量」だけで評価されるのは哀しいことだ。権威ある先生方の審査によってデザイナーの創造の「質」を評価する仕組みを否定するつもりはない。逆にコンペや賞はもっともっと必要なくらいだ。が、同時に、お互い顔は知らなくてもデザインへの思いで通じ合う人たちが、デザイナーの創造の「質」を語りあい評価しあえるコミュニティを作る必要がある。デザインの知恵が今後さらに社会に対して力を持つには、そこが重要だ。このコミュニティこそ、時代の最先端を行く鋭い感性を持つ住人が暮らすマーケットになるポテンシャルを持っているわけだから。もちろん、そこがデザインオタクの棲み処でもある。

デザインや建築の学校に入学し、バリバリのモダニストとして教育を受け、デザインの仕事に就いたが、何らかの事情でデザインや建築の仕事から離れることになった隠れモダニストはたくさんいるはずだ。会社組織などの都合で満足のいく仕事ができないデザイナーもたくさんいるだろう。もちろん、デザイン教育は受けてないけれども、何らかの形でデザインに関わり、デザインの深みにハマってしまった人もいるだろう。僕のように。

そうしたデザインへの熱い思いを抱く人たちと、第一線のデザイナーとがジャンルや年齢を超え、同じ目線で語り合えるコミュニティを作ること。そこに真のデザインオタクが生まれ、その層がデザインの力の底上げの基盤となるはずだ。サロンは要らない。有名デザイナーのセミナーを会社の経費だから払えるような高い受講料を払って聞きに行く時代はもう終わった。知を囲い込んで商売する連中がいる業界には未来がない。
マーケットよりコミュニティを! 創造と同時にコミュニティを!

野村総研の推計だとカメラオタクは5万人で市場規模180億円。デザインオタクはその倍以上はあってもいいと思うのだが。


【関連リンク】
ITmediaニュース:オタクは遍在する
野村総合研究所(NRI)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-10 01:48 | お気に入りの過去記事 | Comments(12)
Commented by toshi at 2005-10-11 08:35 x
素晴らしい!!おおいに賛同いたします。
僕もずっと必要だと思っていました。
個人的な範囲を出れてはいませんが、
最近は学生主導で似たような場をもうけています。

ただ、コミュニティの発生を狙うのは本当に難しいです。
ビジネスライクな交流会とは違いますし、
仰るようにマーケットと混同されがちです。
おまけに企業体質にも大分汚染されていて、
目先の利益にとらわれがちに思えます。
議論する必要がありますね。
Commented by makoto at 2005-10-12 00:26 x
大変おもしろく読ませていただきました。
なんか、最後の方がジークジオン、っていう声が聞こえてきそうで良かったです。

CET05で、コミュニティの場に行ってきましたが、熱かったです。
デザイナー、学生、様々な立場の人が、それぞれの活動をポジティブにとらえ、接していました。
このような場はもっともっと増えるべきですし、様々なジャンルのクリエイティブな考えを持った人は、こういう場に参加すべきだと思いました。

最近思うのですが、そういう活動をするのにはお金って大事な気がしました。
結局何するにもお金や生活の安定を求めるので、そう考えると企業は強いと思います。
特に世の中が不透明だからこそ、コミュニティで活動できるための日常の経済的な安定とかが大事だと思います。
少し否定的に聞こえることを書いてしまいましたが、僕は藤崎さんのおっしゃっていることに共感してます。

ちなみに、僕は自分自身はただのデザインのオタクで、属するコミュニティを探しつつも、気が付けばそれを遠くから眺めているという矛盾を持った悩める子羊だと思ってます。
でも、一人で考えていても何もはじまらない。人と意見を交換することは、すごい大事ですね。
Commented by cabanon at 2005-10-12 12:18
>toshiさん
そもそも1950年代日本のデザイン黎明期は、若き有志が集まった自然発生的なコミュニティが歴史を作ってきたんですから、古いコミュニティが機能不全になってきたら、また新しいコミュニティを作らないといけないと思います。特に若い力で。

デザインの組織は、デザインの力を大企業や国や地方公共団体などを通して広く社会全体に認知してもらうことに一所懸命なりすぎて、どうしても権威的なものと結びつかなければならなかった。それはそれで正しい道の歩み方で、その功績は大だけれども、権威的なものと結びつくと、コミュニティが白い巨塔のようになる。だから今また50年前とは違う形の新たなコミュニティが必要とされていると思います。お互いにがんばりましょう。
Commented by cabanon at 2005-10-12 12:20
>makotoさん
ジークジオンの声が聞こえてきそう、ってうれしいかも。でも、同じ目線で語り合うコミュニティにギレンがいちゃいけないか。

指摘の通り、お金は大事ですよね。ま、でも、お金をかけない方法もあるような気がします。僕はいつかまたデザイン雑誌の編集をしたいという思いが断ち切れないのですが、紙媒体はお金がかかる。でもネットならお金をかけずに好きなことが書ける。紙媒体の雑誌の可能性はかなり出尽くした感がありますが、ネットの可能性はまだまだ見えないものがある。今そこを探るのが面白いですね、今の僕にとっては。

ただやはりじっくり何度もテキストを精読するとか、写真を含めてひとつひとつ細かい情報を大切に扱うという意味では、紙媒体のほうがネットより適したメディアだと思っています。しっかり仕事の行き届いた紙媒体のデザイン雑誌の必要性は無くならない。結局いろいろな媒体がそれぞれの特長を生かして、コミュニティを育てる媒介になればいい。

お金がないなら、ないなりのコミュニティというのを選べる時代になってきたような気がします。ま、50年前のデザイナーはみんなお金がなかったわけだし。知恵の絞りようですよ、きっと。
Commented by MARKW at 2005-10-16 11:26 x
はじめまして
面白く読ませていただきました

コミュニティを作る必要があるという結論に共感しました

デザインを学ぶ学生にとって、自分がデザインオタクであることは、当然のことなのではないでしょうか
無から創造するということは、もはや非常に困難な状況であり、
結局は自分が過去に見たもののエディトリアルでしかないと思うからです
課題や創作活動においては一部の天才を除くと、制作は過去に作られてきたものの再定義でしかないと思います
そうすると、結局はどれくらいのことを知っているか、見てきたかということになると思います
したがって、コミュニティや話せる場が大切になってくると思うのです
デザインの最前線ににいる人や、学生にデザインを教える人にとって、大事なことの一つに、コミュニティを作ること、つまり横の広がりを作っていくことが挙げられると思います。
クラインダイサム(KDa)が毎月開催している「ペチャクチャナイト」もいろんなジャンルのデザインに携わる人が集まり、交流できる場になっています。
デザイン会議とかデザイン協議会とか堅苦しいものではなく、もっとフランクにはなせるデザインの集まりがもっと増えればいいと思います
Commented by cabanon at 2005-10-17 09:06
>MARKWさん
こちらこそはじめまして。コメントありがとうございます。
ペチャクチャナイトのこと、知りませんでした。デザインジャーナリストとかエラそうに名乗るときもあるのに、お恥ずかしい限りです。KDaのHPを見たら、これぞまさにコミュニティですね。同じ目線でジャンルを超えてデザインや建築に熱い眼差しを送る人たちが集まっている。参加してみたいと思いました。

感度のいい人たちが注目しだしてこれから流行りそうなものを組み合わせるのは、編集屋さん(とくに雑誌系の)の仕事ですが、他人が全く注目してないもの、古くさいと思われているものに、本質的なものを読み取り、それを時代に摺り合わせて整理して新しい価値を生み出す。これは極めて創造的な編集作業だと思います。コルビュジエがアクロポリスで見た建築の本質と自動車や客船の現代の美を組み合わせたように。

雑誌屋的編集と、コルビュジエのような創造の本質に迫る編集と、その両者の間をうまく行き来できるといいですよね。
Commented by drifter at 2005-10-22 05:39 x
前略
ここで書かれたデザイン・コミュニティは、頭でっかちなデザイン・インテリのはびこる環境ほど必要かと思います。
ただオタクについては、そのコミュニティを望まずに自己理想を追求するのが真のオタクだと考えます。
デザイン・オタクというと、広義にはコミック、アニメ、ゲーム、AV、鉄道・・・形あるモノ全てのオタクの要素分類といったところでしょうか。
Commented by cabanon at 2005-10-24 09:17
>drifterさん
コメントありがとうございます。
「デザインオタク」と他人に言われるとイヤがる人もいるだろうけど、オタクをもっとポジティブに見ると、デザインの世界でも学ぶべきことは多い。むしろ未来の指針となる。デザインオタクとかデザインマニアというと、なにかデザインプロダクトのコレクターを指すという風潮がありますが、僕はそう思いません。

オタクはネットワークを構築してお互いに学び合い、お互いの持っている情報の価値を高めあっている。アニメやコミックの世界ではそれが世界から欲しがられる高い価値になっている。しかも価値創造のコミュニティと価値消費のマーケットが完全合体している。

こうしたボトムアップ的な価値構築方法はデザインの世界も学ぶべきことは大きい。デザインオタクをもっともっと増やして、とにかく昔とは違った形で、デザインの世界を盛り上げていきましょう、ってことだと思ってます。

オタクの暗黒面に落ちることなく、オタクのフォースを操れるように。
(訳分かんないか)
Commented by e.k at 2005-10-27 19:40 x
初めまして、藤崎様。
いつも楽しく拝見させて頂いております。藤崎さまのお言葉に若輩者の私は毎回自分というものを再確認させていただいております。
有難うございます。
今回のおたくについての文章とても刺激を受けましたと同時に自分なりに考えるところがありましたのでコメントさせていただきます。

おっしゃる通り、おたくはおたくなりの自分の意見や創造性を持っているおたくもいると思いますので、その彼らの意見を自由に発言・公にできる場が今必要なのだと思います。
以前は世間におたくというものが存在できない雰囲気があったので潜在的おたくは居たとは思いますが、世間的に公にされるおたくは存在していなかったと思います。
けれども、現在では色々な諸事情から今の様な形でのおたくがおたくとして存在し得る時代背景になって来たのだと思います。(それはバブルの崩壊の頃からだと思います。それはまたおたくの意見や主張を世間の側からも欲し始めた時期なのだと思います)

Commented by e.k at 2005-10-27 19:41 x
・・・(2回に分けて失礼致します)
昔ならばおたくが世間の中に居た以上その意見や創造性は社会の生産的な創造にむしろ反映され易かったと思います。
けれども現在ではその様な優秀な創造性を持ったおたくの創造力そのものがアンダーグラウンドにむしろ埋もれやすい。
ですので藤崎様のようなお方がそのような意見や主張を吸い上げて世間に公にして頂く作業も求められているのだと思います。(勿論自分の主張したいところを公にする事の意思のある意見をですが)そしてこの場所がそのような場所のひとつだと私は確信しております。

長々と申し訳ございませんでした。
これからもわたくしの進む道を照らしていただけるような文章を楽しみにしております。有難うございます。
Commented by cabanon at 2005-10-27 23:26
>e.kさん
コメントありがとうございます。
とにかく僕はオタク(いやヲタクと書いたほうがいいのかな)を尊敬しています。自分がヲタだということをカミングアウトしている人をさらに尊敬しています。

人脈だけで生きていて、中身のない人は嫌いです。しかし世の中、実際は人脈があるから、いい仕事が来る──最近、人脈の大切さをヒシヒシと感じてますが、それでも情報の蓄積・再編集・創造をすべて他人任せにしている人には興味を感じません。

オタクのArt of Living。21世紀の総合生活芸術運動かもしれません。


Commented by e.k at 2005-10-28 00:12 x
早速お返事どうもありがとうございます。

ちなみに余談ですが、
私は普通の会社員ですが妻からはヲタクだと言われます(笑)
くだらなくてスミマセン。
それでは。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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