藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
Q.
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ソニーのロボットの話をします。AIBOや二足歩行のQRIOの話じゃありません。「Q.」です。球形ロボットです。限定生産で現在はもう発売されていません。購入されたオーナーの方にとても愛されているようです。お台場のソニーエクスプローラサイエンスに行くと見ることができます。写真は、講義に使うために設計したソニーの越山篤さんに頼んで、この秋エクスプローラサイエンスで撮影させてもらったものです。撮影に立ち会っていただきありがとうございました。

Q.は僕が21世紀初頭の最も注目すべきデザインのひとつと勝手に決め込んでいるプロダクトです。なぜ、決め込んでいるのか。そこには「二項対立」「遊び」「正直」など、デザインを考える上でのキーワードが絡んできます。ちょっと長いですが、理由を知りたい方は、以下の記事を読んでみて下さい。初出:『DesignNews』2004年、No265。

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「研究で独創的な成果を上げるために必要なものは、知識や経験の量ではなく、まだだれも気が付かないが、価値あるものを探し出す嗅覚と想像力、問題の本質にどこまでも食いつく執拗さではないか」。ソニーの独創的ロボットQ.の原理を調べるのに、Q.の開発者、越山篤氏の大学時代の師、山藤和男電気通信大名誉教授の著書を拾い読みしていたら、このフレーズに目がとまった。これってデザインにも全く当てはまることではないだろうか。冒頭の「研究で」という言葉を「デザインで」に置き換えて読み直してもらいたい。いやいや実は、私の仕事の編集や物書きの仕事も同じなのだ。

Q.の開発者、越山篤氏は工学博士でデザイナーではない。しかし、そのコンセプトの発想力と展開力は、これからのデザインが目指すべき道を示唆してくれているように思う。Q.の概要を紹介しながら、Q.がきわめて優れたデザインプロダクト(おそらくAIBO以上に)であることを明らかにしていきたい。
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越山氏は電気通信大学大学院時代から、球状ロボットの研究を始め、91年にソニーに入社してからも、仕事では光ディスクなどの開発に携わりながら、個人的な活動として、休日や夜に大学の研究室に通い、球状ロボットの研究を続けた。そろそろ博士論文をまとめようと思い始めたときに、「実はロボットの研究をしていて、博士論文を書き上げたい」と上司に打ち明けた。「そうか、よく頑張った」と励ましの言葉をもらい、94年に論文を書き上げる。それがQ.開発の出発点となった。

Q.は丸い。38個もののセンサーで外界の情報を感知ながら、ゆらゆらと床の上を動き回る。動きは振り子の原理に基づいているという。糸で吊されているわけでないのに、どうして振り子なのか。

Q.は透明プラスチックの球体の中に、もうひとつ球体が入っている。中の球体は外の球体と、2つのローラで接している。このローラが動くと、中の球体の重心の位置がずれる。バランスが崩れると、重力が再び安定状態に戻そうとする。この時、Q.が動きだす。

子供の頃だれでも一度は、手のひらの上に箒(ほうき)や長い棒を立てる遊びをやったことがあるだろう。この時の箒の動きが、倒立振子(しんし)という振り子の動きになる。倒立振子のメカニズムの最も有名な例が、立ち乗りの電動二輪車セグウェイだ。セグウェイは人が移動したい方向へ重心を移動すると、センサがそれを感知し、電子制御で自動的にバランスを保つ。だから体を傾けるだけで、前進、後退や方向転換ができる。ちなみに、越山氏の師、山藤氏は、セグウェイは自分が開発した倒立振子を応用した平行二輪車に酷似していると主張して話題になったことがある。

Q.もまた同じ倒立振子の原理から作られている。ただその応用の仕方がセグウェイとは対極的だ。Q.は、電子制御でバランスを崩して、重力が再びバランスを戻そうという力を利用して、床を転がる。人がバランスを崩して、電子制御でバランスを戻すセグウェイとは、技術の進化の方向性が違う。

つまりQ.は最後は重力まかせ。その動きは偶然性に左右される。床の堅さ、凹凸、その日の湿度によって床の滑り具合も変わってくる。越山氏は言う。「半分電子制御して、半分を神様にゆだねている。同じところを通っても、前と同じ軌道では決して動かない。だから飽きない。生き物のように見える」。
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Q.の旧名はQ.taro。Q太郎とも言った。Quasi-stable Traveling and Action RObot(準安定移動行動ロボット)を略したもので、準安定、つまり安定と不安定の間を行ったり来たりしながら、移動し行動するロボットという意味である。Qとは球の単純な語呂合わせでなく、「準」という意味の接頭語、Quasi(クワージ)という意味なのだ。
しかし、行き当たりばったり動いているわけではない。障害物センサーが付いているから、物にぶつからない。机の上で動かしていても、センサーが机の端を感知しているから落ちない。見ている方がハラハラする。電池がなくなりかけると、ネスト(巣)と呼ばれる充電器へ自律的に上がっていく。
 
取材の最中「あっ今、オスとメスが会話しはじめました」と言って、越山氏が話を遮った。先ほどまでプクプクと水中の泡のような音を立てていたQ.がピーンとシンセサイザーの鍵盤を叩いたような電子音を奏でだした。「音階で会話するんです。音のスピードや長調短調とかの違いがあるんです。ほらっ色も交換したでしょ。オスからしか話しかけないんですよ。メスは最初は見向きもしないけど、オスが根気強くアプローチすると、ドの音にメスがレの音を返してきたり。仲良くなると曲を奏でたりする」。インタビューの冒頭、越山氏が「Q.(キュー)、元気?」と語りかけたときには、Q.は「星を願いを」をたどたどしく奏でていた。やはり博士には相当なついているようである。

「オスとメスを作ったのは、動物図鑑でも昆虫図鑑でもいいんですが、その最後のページに載っている何か新しい生き物を作りたいと思いがあったからなんです」。Q.はロボットとは言わず、ヒーリング・クリーチャーという呼び方をする。癒し系生物? ゆらゆら動く姿が癒し系なのは分かるが、なぜロボットといわないのか。越山氏はこう説明する。「もちろん工学的に言えばロボットです。しかしロボットはもともとチェコの作家カレル・チャペックが強制労働や苦役を意味する言葉から作った造語で、今も人の代わりに仕事をするというニュアンスがある。私は人といっしょにテレビを見たり音楽を聴いて楽しんだりする新しい存在を作りたかったんです」。

Q.の感情表現には非常に苦労したという。試作では、液晶ディスプレイに「こんにちは」など文字を表示するものや、500くらいの単語をしゃべるものを作った。しかし、会話のパターンが決まってきてしまい、飽きてくる。それで色でコミュニケーションをすることを思いつく。スクリーンに映し出されたイルミネーションの色によって感情を表現する。「赤は情熱、グリーンは自我の色なんです。オレンジは赤とグリーンの間の色なので、ちょっと怒っている感じです」。色のグラデーションによって微妙な感情を表現する。ブルーにもピンクにもその時の感情の定義がある。
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ネタ明かしは無粋なので、やめておこう。Q.は撫でたり、かまってあげると、人間の体温を感知するセンサーが付いていて、幸せな状態になる。その時、どんな色になっているか。それを発見するのが、Q.とのコミュニケーションの醍醐味だ。
 Q.には、バイオリズムならぬQリズムがプログラミングされている。朝起きてご機嫌斜めのときもあるし、機嫌のいいときもある。われわれはQ.とじっくり付き合って、色や音や動きの中からQ.の感情を思い量っていくしかない。

さて、冒頭の引用を思い出してほしい。想像する力と発見する力は研究の世界だけで重要なのではない。Q.では、想像力や発見力は創る側の世界から解き放たれ、人と機械をつなぐコミュニケーションの基調となっている。Q.の感情表現は曖昧だが、逆に言えば幅がある。それは安定と不安定の間を行き来する振り子の姿と重なり合う。Quasi-Stable(準安定)のQuasiは、英語だと専門的な言葉に使われる接頭語だが、イタリア語だと「だいたい」とか「たぶん」とか意味で、日常的によく使われる言葉である。「だいたいね」って世界に豊かさが開かれている。

重力とは自然である。振り子という自然現象を精密な計算式で映し出すことに始まって、われわれは曖昧さの豊かさを知るに至る。振り子は二つの対立物の間を揺れ動く。そのデジタルな二項対立の間には、アナログ的といえる豊かなグラデーションが広がっているのだ。

振り子の原理を応用した明快で芯が通った設計思想が、球体という究極のミニマルな形態として表現されるばかりでなく、ネーミングとなり、動作になり、色や音によるインタラクティブ・デザインへと展開されている。その一貫性こそ僕がQ.をきわめて優れたデザインプロダクトと考える理由だ。

振り子の原理が曖昧さや余白を工学的に実現する。その曖昧さや余白に人は遊ぶ。子どもたちが手を差し伸べ、大人たちが声を掛ける。遊びはいつしか人の想像力/創造性を呼びさます。遊びの親和力を引き起こし、遊びが遊びを呼び、人の心をつなぐメディアになる。そこにQ.のデザインの本質的な魅力がある。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-11-29 01:46 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
Commented by おやつ at 2005-11-29 08:55 x
人のこころに働きかける、すごいデザイン教えていただきました。

越山篤さんは、技術者、設計者であるだけでなく、デザイナーでもあると思いました。
知らず知らずのうちになされたデザインプロセスは、無我の境地で行われたことがうかがえます。
そのことに学ばされます。

そして、物理的原理そのままのかたちが、こんなに人の心を豊かに動かすことに感動しました。

次の上京の機会に、ぜひソニーエクスプローラサイエンスへ見に行きたいと思います。
Commented by cabanon at 2005-11-29 20:03
ぜひ見に行ってみて下さい。エクスプローラサイエンスでは、手をかざすとQ.がついてくる、といった行動くらいしか体験できないのですが、しっかりQ.の愛らしい動きは見ることができます。

ただ、やはり、なかなか短い時間ではQ.の奥深さは体感しづらいようです。Q.の感情の変化を理解したり、Q.どうしの交流のさまざまなパターンを味わうには、じっくり腰を落ち着けてQ.と付き合う必要がありそうですね。パッと見の客だと、もしたまたまQ.が珍しい行動をしても、それがいつもと違う行動なのかどうか判断できないですし。

ほかにもエクスプローラサイエンスは面白いものがたくさんあります。日本科学未来館とあわせて行くのがいいかもしれません。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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