藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
記憶の銀行
大学院の講義で「記憶ビジネス」というテーマで学生に企画の発表をしてもらっている。プレゼンで「記憶の銀行」という言葉を使った学生がいた。といってもそれがどういうものか具体的な中身の言及はなく、来週までに考えるって話だったが、「記憶の銀行」という言葉がとても気になった。

たとえばエキサイトやライブドアなどのブログやmixiなどはまさに記憶の銀行だ。コミュニケーション機能ばかり強調されるが、基本的に書き込みは人の記憶である。

人は記憶を他人と共有できるフォーマットにするために文章を書く。写真を撮る。が、単に言語化したりJPEG画像にしただけでは、共有フォーマット化は完璧とは言えない。本にまとめたりホームページを作ったり個展を開いたり、メディアとして編集されなければ、個人のメモ書きや引き出しの中の写真や同僚とのどうでもいい会話で終わってしまう。

記憶は資産である。私たちは自分の記憶にコミュニケーション機能をつけて資産として運用する。書き込まれた記憶を通して人と人の輪が広がる。外部記憶装置としても機能する。

ブログとは記憶のメディア化を誰でも簡単に行えるようにするサービスだ。ブログサービスを提供するする会社は、サーバーを無料で貸してくれ、ブログツールまで用意してくれている。

だけど間違っちゃいけないのは、私たちの記憶を資産として運用しているのは、ユーザーである私たち自身以上に、ブログサービスを提供している会社のほうである、ということだ。

私たちは無料でサーバーを借りているのではない。記憶という資産を預けているのだ。銀行と同じである。銀行が客からの預金を運用して利益を得ているように、ブログサービス提供会社は預かった記憶を運用してビジネスをしている。

記憶預金者が増えるほど、アクセス数が増え、ポータルサイトとしての価値は高まる。たとえばライブドア。今回の事件で、株主たちは瞬時にライブドアというブランドに見切りをつけ株を処分したが、ライブドア・ブログのユーザーたちは引っ越しに関しては様子見だ(ま、さすがに御新規様は減っていると思うが)。僕の別室ブログはライブドアだが、ホリエモンは失脚してもライブドア・ブログはちゃんと残ってほしいと思うわけで、ホリエモン=ライブドアという構図が脳内で勝手に崩れ、なぜかライブドアの無事を願っている。意味不明だと自分でも思う。

記憶を預けている人のほうが、株を持っているドライな頭の人たちより、ブランドへの愛着度は高くなるのは確かだろう。

ブランドは記憶とともに作られる。優れたブランドが伝統や歴史を強調したり、極上のサービスを顧客に体験してもらうことに腐心するのは、記憶を共有することが、顧客のブランドへの強い愛情を育てる術になることを知っているからだ。似合う似合わないは別として「だって私はシャネルが好きだから」と言えたり、Windowsユーザーばかりの場所で「いろいろあるけど僕はMac」と言えるのは、ユーザーとの記憶の共有化の賜物に他ならない。不祥事を起こすとブランドの失墜は速く、取り返しのつかない深手となるが、それでも三菱のクルマを買ったり雪印の製品を買い続ける人たちがいることを忘れてはならない。共有した記憶の力は恐ろしい。

繰り返すが、ブログサービス提供会社は記憶を預かっている。膨大な数のユーザーが日々自発的に文章を書いたり写真を撮ったりして記憶を共有フォーマット化に書き換えている。ブログサービス会社はその顧客の自発性に頼っている。記憶を彼らが運用できる状態にまで引き上げているのは私たちユーザーのほうなのだ。

銀行が顧客が働いて「労働」を「お金」という交換可能な価値に換えてくれていることを基盤としてビジネスをしているのと全く同じである。記憶を交換可能にする時(コミュニケーション可能の状態にする時)、運用の可能性が生まれる──それこそ記憶の銀行のビジネスだ。もしブログやコミュニティの運営で利益が出ないと嘆く企業があれば、自分たちは資金運用ができない愚かな銀行だと自白しているようなものである。

このブログが使っているエキサイトブログは、構造がシンプルで使い勝手もいいのだが、時たまアナウンスなく仕様の変更が行われたり、メンテナンスが告知のないままズルズル長引きログインできない状態が続くなど「記憶の銀行」としてはあるまじき事態が起こる。

現在のように超低金利でも私たちが銀行にお金を預けるのは、銀行が安心とサービスを提供してくれるからだ。

タダでサーバーやブログツールを貸してあげているのだから、ユーザーは少々の不都合を我慢しろという論法はありえない。銀行がうちのATMシステムや金庫のスペースをただで使わせてやってるのだから多少のことで文句を言うなというようなものである。

ブログやネットコミュニティを運営する企業は、自分たちは記憶という資産の運用をする銀行であるという自覚をしっかり持っていただきたい。これは記憶ビジネスです。うまく運用しないとブランド価値を下げますぞ。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-01-22 12:14 | コモン | Comments(2)
Commented by かわい at 2006-01-22 13:34 x
お久しぶりです。
毎回とても勉強になります。
自分も最近mixiでなく自分の為にblogを始めたのですが、扱いが簡単な分損失も簡単なので、やはりそこに気を使いますね。
 なのでWEB企業も信用で成立っている部分が大きいと思います。最近の事件(松下電器のストーブや姉歯の構造偽装)などを見ていて、信用を失うのは簡単だなと改めて感じました。

 これからのビジネスにおいて、誠実さや信用というものが大きく生き残りの勝敗を分ける要因になると思います。
Commented by cabanon at 2006-01-22 19:31
>かわい さん
こちらこそお久しぶりです。
「扱いが簡単な分損失も簡単なので、やはりそこに気を使いますね」
ホントそうですね。blogはコワいですよ。blogは仮名しててもmixiでは実名にしてると、mixiの検索を使っているとなんかの拍子で、本名が分かるし。ネットでは無責任な発言や誹謗中傷は厳禁。2ちゃんねるが特別だと思ったほうがいい。
おっしゃるように、ブログサービスを提供するIT企業も信用商売。そして、ブログを使わせてもらっている書き手も誠実さや信用が問われている。ま、そこがブログの面白いとこだと思うんですがね。
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藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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