藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
限りなく透明に近いアキバ?
4月2日(日曜日)の話です。

国際秋葉原サミット「萌え立つアキハバラ・デザイン」を聞きに行きました。冒頭の森川嘉一郎さんの基調講演は、オタク文化への理解のない人たちがアートだデザインだ都市開発だと言って取り入ろうとするのをきちんと批判していて、さすがという感じ。しかし次のベルリン工科大学の研究者の基調講演はいただけなかった。

ヨーロッパでは一見建築の外観が同じで、建物の内部で何が起こっているか分からない。だから不透明。でも、アキバでは広告看板がビルを覆い尽くし、そこで何が起こっているか分かるから建築に透明性がある、と彼は言います。あまりに単純な物の見方です。

渋谷のラブホ街ではセックスが行われ、銀座ではドンペリがあけられ、アキバではフィギュアを漁ってメイドに酔いしれる。そうしたことは看板や建物のデザインでわかります。でも、その空間のコアな部分には簡単に立ち入れない。透明性の奥に、不透明な壁が設置されている。透明に見えて不透明──それが日本的空間であって、奥深さだと思います。石造りの建築に鉄の扉で入っていくわけではないけど、鉄や石以上の壁が何重にも用意されている。プライベートとパブリックの境界線の欠如や透明/不透明の関係は、パリの朝市やカフェ、アムステルダムの飾り窓あたりと比較するべきものです。アキバはもともと闇市から立ち上がるのですから。

秋葉原も渋谷も無数の欲望が渦巻く街なのです。再開発者の欲望だけを押し付けられてはたまりません。啓蒙なんか要りません。シンポジウムはメッセサンオーの社長の話は面白かったけど、参加者それぞれのズレが痛々しい。進行役の東大教授が辛酸なめ子さんに対して「辛酸さんと呼べばいいのかなかな、なめ子さんがいいのかな、呼び方が難しいですね」と言う、かなり下品な発言を聞きながら、途中退席しました。デザインミュージアムの行く末が思いやられます。

で、ラジオ会館見物をして、渋谷へ移動。大雨の中、友と待ち合わせて、19時からZガンダムの三作目を鑑賞しました。

TV版の複雑な人間&組織関係を全く整理できない編集はきわめてヒドい。ま、でも、それなりに楽しめました。ヒドいけどZは意味深い予言的な作品です。ファーストは第二次世界大戦のような全世界と全人類の運命を巻き込む戦争だったけど、Zの戦いは自分とは関係ないところで起こっている宇宙の痴話げんかのような戦争です。戦争の大義より個人の感情が優先されます。で、それがあまりに複雑で訳分かんない。テレビや新聞で報道すればするほど、透明性は高まるどころか、石油利権などが渦巻き真相が見えなくなるイラクとかアフガニスタンの戦争との距離感に通じるところがあります。

透明に見えるものの向こうに、実は何重もの不透明レイヤーが存在している。分かったと思えるような仕掛けなら、あちこちに張り巡らされている。しかし仕掛けを施した人たちさえも、そこで本当に何が起こっているのかは分かっていない。それこそ現代の都市やメディアの本質かもしれません。秋葉原で起こっていることもそのひとつのケースだと、僕は思います。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-04-05 01:17 | Comments(4)
Commented by Rin at 2006-04-05 20:34 x
透明・不透明という表現を使って、ヨーロッパのレンガや石造りの建築と
日本を比較するなら、障子や縁(以前、インターフェイスのお話がありま
したが)と比較する方が、わかりやすいし一般的な気がします。
けれどそれも(障子と縁の関係)、レイヤーですものね。

この場合の看板があって中がなにかがわかりやすくても、入る人を選ぶ
壁は、こういうデザインはこういう場所だから・・・みたいな学習と心理学
も関係ありそうな・・・。それを最近違った方向にもってきてる(例えば、
らしくないパチンコ店とか)のも、環境に対する美意識認識が変化しつ
つあるってことでしょうか・・・。

こうして考えていくと、おもしろいですね。
Commented by cabanon at 2006-04-05 21:04
>Rinさん
日本の透明/不透明を障子や縁側の話にしてしまうのは確かにわかりやすいし一般的だけど、もはや少しありきたりで、学者が発表するレベルの話じゃないですね。

吉野屋は開放的だけど、外から見えるというの逆に女性客を遠ざけてるとか。森川さんのプレゼンはドイツ人と逆でアキバのビルの窓の無さ、閉鎖性を指摘してました。渋谷はGAPのビルとかガラス張りでショッピングするのを見せる劇場性があるといったようなこと。

しかし、シブヤ系ファッションのメッカ109なんて窓がなくて閉鎖的で雰囲気はアキバのラジオ会館とあんまり変わらないんですよね。単純にアキバは不透明、シブヤは透明というわけでもない。目的はアキバを語ることだから、わかりやすくプレゼンするために例外を省いたんだろうけど。(つづく)
Commented by cabanon at 2006-04-05 21:04
シブヤで起こっていることは裏原宿や代官山あたりまで広域に文化を語らないと語りきれない。アキバのように集中していないから難しい。

ま、とにかくアキバのビルが透明か不透明か、いろんな見方で変わるだろうけど、僕はビルの中で起こっていることはピュアな透明な出来事だと思ってます。汐留の、世界で一番透明性を売りにした建築家が設計した高層ビルの中で仕掛けられる不純な動機の文化より、はるかにピュアですよ、アキバは。
Commented by Rin at 2006-04-06 01:14 x
そぼーくに、いつも感じてしまうことなんですが・・・、学術的に、
新しい発想で発表・・・というもので、次世代的なものではなく、
すでにや、ずっとそこにある事実とかについてを語ったものって、
なるほど~・・・というものより???が多かったりするような
・・・気がしてたりです。(^^;
かえって、ものごとを複雑化してるような・・・。
そーゆー考えもあるのかとおもしろいことは、おもしろいのですが。
ご参加だったこの場も、そんな感じだったのかなと。

藤崎さまがアキバのピュアさをご主張したいお気持ちは、(いい
意味で)なんとなくわかります。

それと、今日のロボットの話題で思い出したのですが、高島屋
東京店でお留守番ロボットの貸し出しがあるとか・・・。
(ちがいましたっけ・・・。)
百貨店でっていうところまできたんですね。ロボットの市場化。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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