藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
記憶の外部化
祖母は100歳です。介護施設に入っています。先日に会いに行きました。全く思い出してくれませんでした、僕のことを。「ケイイチロウです、ケイ坊!」。名前を言ってもただ怪訝な顔で僕を見つめます。周囲の老人たちが、僕と祖母を気の毒そうに見つめます。
しかし痴呆ではありません。車椅子を押してたとき祖母はこう言いました。「せめて憶えている振りができたらいいのに」──。頭は冴えているのです。

「記憶は脳にない」。ある人から指摘されたその言葉が心に響きました。「(このブログの記憶に関する記事を読むと)あなたは記憶が脳にあると思っているようですね」と。
祖母は目もかすかにしか見えないし耳もほとんど聞こえない。「五目寿司作るから、食べておいき」と、まるで家にいるときのようなことを言います。半分夢を見ているようです。残念ながら介護施設には彼女の記憶はありません。

人は記憶を外部化させます。文章を書き写真を撮るだけが記憶の外部化ではありません。家は、人の身体感覚の記憶装置です。水回りの匂い、床の感触、ガラガラと鳴るドア、それを開けるときの力の入れ具合、廊下の幅、台所からトイレまでの歩数、午後5時の薄暗さ──。

脳に記憶があるかないか。少なくとも記録は確実に存在します。しかしいつ記憶として立ち上がるか。脳の中の記憶は、そうした外部化された記憶と重なり合ったときにだけ活性化するのでしょう。外部と接触なき記憶の想起は寝ているときの夢。事実の裏付けのない想起も入り交じります。脳は冴えていても思い出せないのは、外部に貼り付けた記憶と接触する力を失ってしまったからなのでしょう。

記憶を外部化させ、それと積極的に関係を保ちつづけること──それって過去に生きるだけの後ろ向きな態度とは正反対のことかもしれません。記憶って未来です、きっと。うん、だから僕は雑誌の記事もブログも書きつづけます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-04-12 02:39 | Comments(2)
Commented by pandemic at 2006-04-12 13:25
ご無沙汰しております。

記憶と記録。

エントリー心に静かに響きました。

僕自身、空間を作るときやはり身体を強く意識します。

どうしても視覚的な強さばかり求めてしまいがちですが、触感や嗅覚に無意識のうちに記憶は宿るのかもしれません。

その昔僕はあるコンペで視覚のない人の為の家をデザインしました。それはすべてのお部屋が壁伝いにいけるというデザインで、「手で暮らすための家」でした。

僕らが日常生きているとどうしても、デザインは記号の集積になってしまいがちですが、もっと人間の深い意識に働きかけるような仕事を心掛けて生きたいと思います。


お祖母さまのご健康を心よりお祈りしています。


Commented by cabanon at 2006-04-12 14:24
>pandemicさん
手で暮らすための家。すごく興味深いアイデアですね。

空間の心地よさとか居心地の良さって
詰まるところ、その場所を自分の居場所と思えるかどうかだと思います。
きれいな風景が窓から見えるのに越したことはないけれども、
触感とか嗅覚とか空間感覚に訴えかける「馴染みやすさ」の演出ってあると思う。
旅館の大きな部屋ってわざと落ち着かない空間を作っているのかなと思うときがあります。ゴージャスさと馴染みやすさって両立させるのが非常に難しい。

4畳半で天井は低くても、触感の贅沢さを味わう感性みたいなもの、作り手も受け手も育てていく必要がありそうな気がします。茶室とかそういうものかもしれませんね。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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