藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
真ユニバーサルデザイン
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5月1日発売の『AXIS』115号ユニバーサルデザイン特集に寄稿しました。
「生きるのびるためのユニバーサルデザイン─21世紀のデザイン指標が意味するものとは?」(長っ)というタイトルの記事です。

今までとは違う観点からユニバーサルデザインを論じた原稿で、自画自賛ですが、かなり気に入ってます。でも、書きたかったけど、文脈上、触れることのできなかった大事な話があります──。それをちょっと書きます。

ユニバーサルデザインとアニメの関係です。
攻殻機動隊の草薙素子は、究極の身体障害者ということに気づいたのです。というか、攻殻そのものがディスアビリティの物語なのです。素子は幼いころから義体です。全身、人工身体なのです。

かつてヒーローとは、ランボーのような、ブルース・リーのような究極の「健常者」の肉体だったのが、攻殻ではいつの間にか少佐やバトーのディスアビリティの物語にすり替わっています。21世紀では、肉体や知性を外部装置化したディスアビリティのほうが、究極の身体能力、知力を持つことが可能になるのです。「サイボーグ009」などもやはりディスアビリティの物語です。

こうも言えます。現代の人間はますますネットや都市に依存するしか生きのびれない。極論すれば、人間はネットや都市の「パラサイト」としてしかサバイバルできない。こうした人類の未来像は、人間が覚醒して新人類・ニュータイプになるガンダム型の物語と正反対です。

「自律型サバイバル」と「寄生型サバイバル」とまとめることができるでしょう。しかし、ガンダムの場合、自律型サバイバルといっても、コロニーなどの人工環境やモビルスーツなどの戦争機械を通して人類が進化するわけですし、「自律型サバイバル」と「寄生型サバイバル」は同じことの裏表かもしれません。

映画「2001年宇宙の旅」では、自律型と寄生型の対決が主題になっていました。寄生型とはこの映画の場合、人類がHAL9000との共存することです。ボーマンは暴走するHALを倒し、自律型の進化を遂げます。「エヴァンゲリオン」の人類補完計画も自律型進化です。

しかし私たちの暮らす21世紀の世の中では、人類の未来像はますます外部記憶、外部知能、外部認知、外部身体に頼る寄生型サバイバルのほうが現実味を増しています。実際には今どこを見渡しても「ニュータイプ」や「チルドレン」誕生の予兆さえ存在しないのですから。

話を戻すと、ユニバーサルデザインとは、機械、コンピュータ、ネットワーク、都市環境にべったり依存する人間の新しいあり方を探るデザインと言えます。つまり寄生型サバイバルのためのデザインです。決して万人のためのデザインではありません。

ユニバーサルデザインの提唱者、ロナルド・メイスの「すべての人は障害を持っている」という認識は、記憶も知性も感覚も身体活動も外部装置化しつつある21世紀の都市生活者においてこそ、リアリティを持つものだと思います。

この考察を続けると面白い。つづきはまた今度。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-05-02 19:17
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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