藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
モダニズム ・ ポストモダニズム
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【モダニズム】
「今。ここ」の特殊化。「今。ここ」を世界の中心のゼロ地点とみなし、未来と過去を分断。「今。ここ」という中心から時空間を細かく分節化し、世界の意味や価値を体系化する動き。

【ポストモダニズム】
モダニズムが内包するモダニズムを再構築する動き。モダニズムが世界を際限なく細かく分節化した結果、歴史の連続性が崩れだす。同時に科学がミクロの単位で世界を記述するようになると、「今。ここ」が人間の体感からずれていく。

たとえば、0.1秒後の未来を予知できても、生身の人間には何も役に立たない。人間の意識の中では、今から0.1秒前も後も現在であり、体感として0.1秒単位では未来と過去の区別はない。しかしテクノロジーの世界では0.1秒後の世界ははっきり未来である。人間の筋肉の電位差を読み取れば、0.1秒後にその人がどんな状態でいるかを予知できる。こうして「今。ここ」が人間をはるかに超えて細分化している。

「我思う、ゆえに我あり」が近代哲学を生むように、元来人間を「今。ここ」の主体に据えることからモダニズムは生まれたのだが、科学技術、経済、メディアの進展により、「今。ここ」の特殊化が一人歩きしはじめて、人間が追い出される。これを「モダニズムの怪物化」と呼ぶ。

「今。ここ」から人間が疎外される状況に対して、「今。ここ」の主体に「個として人間」を据え直す動きがポストモダニズム。世界が細分化されすぎ、歴史や教養主義といった軸やヒエラルキーが失われた状態で、モダニズムの内部の動きとして発生する。ヒューマニズム回復運動ではない。個人ひとりひとりの視点から「今。ここ」からモダニズムを再構築する動きで、人間総体をモダニズムの中心に据える動きではない。再構築の結果として、ヒューマニズムに全く無関心の偏向性の強い世界が生じる場合が多く、反人間中心主義も現出しかねない。

フラグメンテーション化(断片化)した歴史や教養の再構築。記憶を拡張する装置を作ることで、「今。ここ」の拡大も行われる。

「今。ここ」という世界の中心が、世界のあちこちに生まれ、それぞれが恣意的に世界を再構築する。個々の再構築された世界は分断されているために、「つながり」を求めて浮遊する。オタク的空間はこのひとつ。分断された世界をつなぐ共有空間(コモンスペース)が必然的生まれ、そこでは「今。ここ」が共有され拡張される。たとえばネットは記憶する……。そうした場こそポストモダニズム空間と呼ぶにふさわしい。

イオニア式円柱やミケランジェロ設計のカンピドリオ広場やハイテク建築を引用し編集した建築デザインのポストモダンは、建築家たちによって強制終了させられてしまった。引用や再編集は、手法として確かに「ポストモダニズム的」だった。しかし、建築として現出された空間は、「今。ここ」を個人に取り戻し、共有し、拡張するポストモダニズム空間とはあまりに無関係なものだった。

むしろ建築家が現代美術館をつくる試みのほうがずっとポストモダニズム的である。そこは「今、ここ」の最前線が繰り返し再生産される「場」である。現代のアーティストが、空間とコラボレーションして、その強烈な個性が位置する「今、ここ」から世界を捉えた表現を制作する。ニュートラルだけれども個性のあるホワイトキューブをつくり、空間との対話を促す。同時に美術館の運営(ソフト)も大切な鍵となる。磯崎新のMOCAや水戸芸術館から、現代のSANAA設計の金沢21世紀美術館などに続いている動きである。「今、ここ」の主体が入れ替わり立ち替わり変わり多元的な世界観が展開され続ける仕組みを戦略的に編み出しているという意味で、ポストモダニズム的といえるだろう。

1980年代当時に「建築デザインのポストモダン」とされたものは、無数にある再構築を試みた実験のひとつでしかない。あの当時ポストモダンに見えなかったものがよりポストモダニズム的ということもある。1980年代前後の実験のひとつが失敗したからといってポストモダニズム自体が終わったわけではない。

再構築は無限に繰り返される。ただ、最終的に人間性の回復に繋がるかは不明。再構築は怪物化のスピードを高めるだけかもしれないし、怪物化したモダニズムに対するドンキホーテなのかもしれない。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-10-13 14:20 | お気に入りの過去記事 | Comments(0)
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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