藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
子どもをデザインする
「未来の社会をデザインする」と言えても、
「子どもをデザインする」とは決して言えない。

そこにデザインという言葉の拡張の限界がある。

「未来」を形作る意志があるから、デザインが生まれる。
「未来」があるからデザインは存在する。
実際、現代を特殊化し、
過去・現在・未来の分別を鮮明にするモダニズムの時代になって、
デザインという用語は使われだしている。

だが、未来の担い手たち、つまり子どもは、
決して「デザインされる」ものではない。
大人はしつけをするし、教育をする。
しかし、子どもは「デザインされる」という語感を拒否する。

都市も道具も情報も、
身の回りのあらゆるものがデザインされ、
人生や思想、国家、世界、生命、死をデザインすると、ますます
デザインという言葉が拡張されつづけている今だからこそ
デザインされることを拒否するものを見つけることが、
逆にデザインの可能性を広げてくれるように思う。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-12-16 21:32
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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