藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
銀河の琴馴らし
リビングワールドのための連載のお知らせが続きましたが、彼らの仕事が気になるのには理由があります。彼らが「作品」「アーティスト」「鑑賞者」の関係を変える仕事をしているからです。一昨年、雑誌『コンフォルト』に寄せた展覧会評を、原稿を少し最後を改変してアップします。
この原稿、それとタイトル、とっても好きなんです。

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「銀河の琴馴らし」

 僕は大学や専門学校でデザイン概論とかデザイン文化論とかいう講義を持っている、要するにデザインを語るなら何をやってもいい授業。学生にアートとデザインの違いを聞くと、口を揃えたようにこんな答えが返ってくる。
「アートは自己を表現するもの。デザインは依頼する人がいるもの、社会のためにものを作ること」
どこで教わってきたのだろう。アートとデザイン──たしかに業界も違うし、おカネの回り方も異なる。もっと言うと、社会がアーティストと名乗る人とデザイナーと称する人に求めていることは大きく違う。デザイナーならナシだけどアーティストならアリということがある。だけど、それが本質的な違いだろうか? 
 アートとデザインの違い? 少なくとも、あの夏、あの場所では……。
7月23日〜8月25日、栃木県益子で行われたリビングワールドの仕事展「窓」。西村佳哲と西村たりほによるユニット「リビングワールド」の初個展である。
会場は陶芸ショップなどで賑わう益子の中心街から少しばかり離れた、町の切れ目、山あいへの入口あたり。STARNET ZONEは小高い丘の上に立つ建物だ。
 会場には8種の作品が展示されていた。「植物たちの時間」は会場中央のローテーブルの上に置かれた鉢植えの植物を24時間固定カメラで撮影する。鉢の前の液晶ディスプレイは、植物の過去6時間の変化を早回しで映し出す。観察者は2つの時の流れを同時に体験するわけだ。
「太陽からの眺め」は壁面のディスプレイに、太陽の位置から見た、会場の建物の様子がリアルタイムで映し出される。建物は3Dの線画CGで描かれており、太陽の運行とともに刻一刻と変化する。太陽から見た日時計ともいえる。
「太陽系のそと」は15センチ角のガラスブロックの中に銀河系が封印されている。レーザーで刻んだ白いドットの銀河系。ブロックの中心には太陽系が位置するという。宇宙をぼくの手の上に──。
「音卓」はテーブル上の世界地図に載っている小さなスピーカーの位置を変えると、世界各所で録音してきた音が聞こえる。音の生むイメージは、テレビや雑誌が私たちの脳に強制的に焼き付ける観光写真的イメージではない。無限の想像の余白が音とともに立ち現れる。
 展覧会の主役は「風灯:solar」だろう。見た目は風鈴。が、音はしない。風で吹くと光が灯る。2001年に発表された風灯はボタン電池式だったが、新作は太陽電池式だ。短冊に揺れを感知するセンサーが付けられて、揺れるとLEDが発光する。約100個が屋外に展示されていた。
 至福の時間は、日が沈み夜の蒼さが支配しはじめる頃に訪れる。昼間に充電し、19時前後に自然に点灯しだした。風の強弱で光が揺れる。風が止まれば光は消える。見えないものが見えてくる。
 展覧会のどの作品も、時間の速さを変え、空間スケールを伸縮させ、視点を変え、視覚・聴覚・触覚を横断し、私たちが普段は気にも留めない宇宙の痕跡を意識させる装置となっている。じっくり向き合うと宇宙の摂理にまで想いを馳せることができる。
 ちっぽけな自己表現などではないのは明らかだ。でも現代テクノロジーを効果的に使って人の心をつなぐから「メディアアート」と括っていいものであろうか。人の感じ方、つまり情報の受けとめ方を変えるからといって「情報デザイン」と呼んでしまっていいものか。
 まさに「琴馴らし」である。岡倉天心の『茶の本』第五章「芸術鑑賞」の冒頭に紹介されたその逸話が重なり合う。
 
 昔のさらに昔、中国の龍門の谷間に一本の桐の聖木が立っていた。ひとりの仙人がその木から琴を作った。琴は中国皇帝に秘蔵されたが、どんな名人が挑んでも琴は耳障りな音しか奏でなかった。ある時、真の名人、伯牙が現れる。伯牙がその琴を弾くと、琴は龍門の谷の春夏秋冬を歌いはじめ、恋や闘いの調べを奏でた。皇帝は伯牙に演奏の成功の秘訣を問う。伯牙は答える。
「他の奏者は自分のことしか歌おうとしませんでした。私は琴の歌うがままに任せたのです。伯牙が琴なのか、琴が伯牙なのか、本当に分からなくなりました」

 天心は琴馴らしの逸話を紹介した後、こう続けている。
「この話は芸術鑑賞の神秘をうまく示している。傑作とは私たちの中にある最高の感情を奏でる交響曲である。真の芸術は伯牙であり、私たちは龍門の琴なのだ」
 私たちは風灯──。ついたり消えたり、変わったり変わんなかったり。ひとりでスタンドプレイしたり、みんなと協調しあたったり。灯った光が心の何かを芽生えさせる。風灯では、伯牙の役割をする真の芸術は、風、木、光、山、地球、太陽系、銀河……。銀河の風がスッと心の中に吹き抜ける。心に何かが灯ったとき、私たちは鑑賞者じゃなく芸術家になる。
 あっアートとデザインの違い? この次元では愚問だね。

*初出:『CONFORT』 2005年12月号
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-02-03 19:41 | Comments(0)
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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