藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
ジャン・ヌーヴェル
4年前、カーサに書いたフランス人建築家ジャン・ヌーヴェルのインタビューをアップします。電通のビルのこととか、『陰翳礼讃』的世界への思いとか、いい話を語ってくれています。
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Q ヨーロッパの絵画は、光と影で世界を描きますが、日本や中国の墨絵では、濃淡によって世界を描写します。墨絵の遠近法は、湿度のある大気に色も形も消えていく形で表されます。電通本社ビルには、東アジア的な濃淡による描写に通じるものを感じますが?
A そうですね。この建築は障子紙をイメージしています。白やグレイのセラミックをドット状にガラスに付着させて、透明から白へ、さらにグレイへの至る、濃淡のグラデーションが出るようにしました。セラミックのプリントは、日除けの効果もあります。こうして濃淡のあるビル全体が、白い半透明の障子紙のように見え、空や雲に溶け込み、周囲と連続して見えるようになることを考えたのです。私は日本の伝統建築や文化から多くのことを学びました。たとえば“はかなさ”です。カルティエ財団現代美術館でもアラブ世界研究所でも電通本社ビルでも、はかなさが感じられるように試みました。はかないものが、かえって生き生きとする。日本の建築、たとえば桂離宮には、そうしたはかなさを感じます。障子紙に植裁が映る、その“ひととき”に永遠が感じられるのです。すべてが一瞬に見渡せてしまったら、何が面白いのでしょうか。見えないもの、不確かなものがあるから、そこに欲望が生まれ、エロティシズムが生まれるのです。

Q 谷崎潤一郎の『陰影礼讃』の世界ですね。リヨン国立オペラ座で漆黒の空間に金のカーテンが浮かぶ写真がありますが、『陰影礼讃』の金屏風を語った一節を思わせるのですが?
A どこが出所かなんて話しはしませんよ(笑)。黒の中に金というのは、最初、東京のオペラ劇場(第二国立劇場)のコンペ案で考えたものなんですよ。それをリヨンで再解釈して使ったのです。

Q 第二国立劇場のコンペ案(実現せず)と電通ビルは対照的な外観を持っています。一方は黒い彫刻的な塊で、一方は透明で軽やか。なぜ、同じ東京で、そこまで対照的な提案となったのでしょうか?
A 第二国立劇場は、黒い御影石が太陽を映し出すひとつの塊になっています。中で公演が行われるので、外の世界から隔絶する防護的な意味合いを強調しています。人を内部の世界へ引き入れるという役割もある。一方、電通ビルは、外の世界に開かれています。周囲には東京湾が広がり、浜離宮や銀座があります。コンテクストや求められるものが違うから、当然違ったものになるわけです。

Q 電通ビルではガラスを巡って、衝突があったと聞いていますが。
A 特に、北西側ファサード(新橋側)は私の意図とはまったく違うものになってしまった。もっと透明なガラスを使いたいと主張したのですが、政治的経済的な理由で実現しませんでした。鉛が入っていない、つまりクリスタルガラスでない、緑がかった普通のガラスが使われています。南側ファサード(浜離宮側)の最上階は、レストランが窓を閉じているため、透明で空に消失していく感じがなくなっている。改善してくれなければ、私のサインをこのビルから消したいと言っているのですが。

Q 物質性を消すために素材にこだわるわけですね?
A ええ、素材を感じとることには、とても微妙な要因があります。素材の象徴的、幻想的な意味まで深く感じとらなければならない。もはやバーチャルな世界です。しかしそれをどう表現するか、どう見せるかという時には、できるだけシンプルで自然に表現することが大切になります。それが難しいんです。ただ努力したからといって、できるものではない、微妙なものなのです。

Q ガラスの魔術師などと呼ばれ、ガラスを魔法の鏡のようにお使いになられますね?
A ええ、確かにカルティエ財団現代美術館ではそうですね。エッフェル塔がガラスに映り込んで、二つあるかのように見えます。まるで右岸にもあるようにね。木や雲もガラスに映り込みます。透過したり反射したイメージが、実際の木の枝葉や雲と入り交じり、重なり合い、ずれたり、ぼやけたりして、不確かなものが戯れる。バーチャルな世界が、そこに広がるわけです。

Q コルビュジエは、「建築とは、光の下に集められたヴォリュームの巧みな、正確な、壮麗な戯れである」だと語っていますが?
A コルビュジエの唱えたことは、私のアプローチとは全く違います。コルビュジエにとって建物は確固たるものです。彼はそれを確信をもって光のもとの影の幾何学として扱っています。もちろん太陽は動きとともに影は変化しますが、その変化は不安定なものではありません。コルビュジエの命題の中には、物質的か、非物質的か、という疑念は生まれてこないわけです。 (注*コルビュジエの語る「戯れ」に関する過去記事はこちら

Q “消えゆく建築”ということを唱えられているようですが?
A 私が言い始めた言葉ではありませんよ。建築を消すというのはポール・ヴィリリオ(フランスの思想者・都市計画家、ヌーヴェルは彼のもとで働いていたことがある)が言っている言葉でもあって、都市的、哲学的な考え方に基づいてそう言ったと思う。私自身は“消える”と同時に“現れる”ということにも関心がある。消えるということは、美学的に考えて、“消えなかった”ということまで含まれるわけだからです。消すというのは複雑なものを純化する、無駄なものを省くという方向にもなるわけです。そこには一種の拒絶が存在します。これ以上はもっと哲学的に話になるけれども、話を進めてもいいのかな?

Q やめときましょう。ところで、レス(Less)という名のミニマムなデザインのテーブルを発表されていますね。ミース・ファン・デル・ローエの金言「レス・イズ・モア」には、どういう立場をとられていますか?
A 私はミースをとても尊敬しています。しかし、私のテーブルはミースの「レス・イズ・モア」のアプローチとは違います。彼はミニマリズムの先駆者です。ミースは現実の中から引き算をして、それを抽象化を行い、形やプロポーションにおいて、最もシンプルで、ピュアなものを目指しました。が、ミースはイリュージョン(幻影)というものを使っていません。一方、私のレスというテーブルでは、イリュージョンが大きなテーマになっています。天板は一見5〜8ミリの極薄に見えますが、中央部に行くほど厚みがあって、強度を確保している。錯視的なイリュージョンによって、物質性/非物質性のコントラストが感じられるようにしているのです。

Q 実現していない(アンビルトの)プロジェクトがたくさんありますね。それはあなたにとって、どういう意味を持つものですか?
A 私はアンビルトの建築家ではありません。ピラネージやブーレなど、他にもユートピア描いた偉大なアンビルトの建築家はいますが、私は現実にこだわっています。ユートピアに興味をもつことは素晴らしい。紙の上だけの建築を描き出すことは、建築についての本を書くようなものだと思います。しかし、私は実現可能でないプロジェクトは手がけません。あまりにたくさんのコンペに落選しているので、アンビルトの建築家のように見えるかもしれませんがね。実際に、東京のオペラ劇場や無限の塔など、伝説の白い狼のように実在しないのに有名なプロジェクトもありますしね。しかし、どのプロジェクトも実現を前提にしています。何がこの仕事で素晴らしいかというと、夢みていること、頭の中のコンセプトが、現実のものとなって現れることです。アラブ世界研究所もカルティエ財団現代美術館もルツェルン文化・会議センターにしても、実際に作られない限り、そのイリュージョンを体験することは不可能ですし、物質/非物質の対比を建築の問題として提示するのも難しいわけです。

Q 実現はしませんでしたけどサクラやモミジを使った東京のグッゲンハイム美術館案や、リオのグッゲンハイム美術館案など、植物を使うプロジェクトが多いのですが、建築にとって、植物とはどんな意味を持つものなのでしょうか?
A 植物は都市の建築のマテリアルです。植物は季節を感じさせ、「時」を豊かにし、その土地の植物を使うことによって、どこに建っているかという「所属性」を明らかにします。景観的な視点からも、持続ある発展という環境的な視点からも、植物が都市で果たす役割は大きい。たとえばグリーンベルトは、都市の中にひとつの連続性を生みだします。また、人の気分をリフレッシュするような心理的な効果もあります。もはや植物なしに都市の建築を考えることは不可能と言えるでしょう。(2003年11月1日、東京にて、写真は10月31日撮影)
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初出:『CasaBRUTUS』2004年1月号 マガジンハウス

*LINK ジャン・ヌーヴェルのウェブサイト
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-03-05 17:09 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
Commented by toshi at 2007-03-08 02:54 x
大変参考になりました。
確かに氏は話の中でリフレクションという言葉を使い、
透明性や反射のについて説明をされていました。
最近フランスにできたあの美術館のプロジェクトの最中でしたが、
やはりそこでもリフレクションが鍵であったようです。

アラブ世界研究所も、カルティエ現代美術館も、
外観だけでなくインテリアの素晴らしさに圧倒されました。
パリでの鮮烈な思い出です。
Commented by cabanon at 2007-03-11 19:06
>toshiさん
パリのケ・ブランリ美術館、行ってきた人からはいろんな意見を聞くけど、
見に行きたい。建築だけ見る、建築ヲタ的見方でなく、じっくり時間をかけて。
あれはパリという都市を「常設パリ万博化」する、
締めくくりみたいなプロジェクトですからね。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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