藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
冗長美とデモクラシー
「寛容」こそ民主主義の要だと信じています。

他人の自由や平等を認め、対話を重んじ、共に生きる知恵を育むことは、すべて「寛容」の精神から生まれると思っているからです。

2005年12月の投稿でそんなことを書きました。

冗長美とは、民主主義の美意識です。選挙って、えらく冗長な意志決定システムじゃないですか。死票は多いし、今回の参院選のように、惨敗した党首が政権が居座ることはできるし。

ま、でも、居座れることを許せる柔軟性こそ、民主主義の特長なのでしょう。毎年選挙をやってそのたびに政権が替わっていたら、それもそれで国が危うい。民意は滔々と大河のように流れ、ゆっくりと政治に反映されたほうが公正な国家運営ができるはずです。一時的な激しさに左右されていては、政治がアジテーションや情報操作によって動かされることになりかねない。

即断即決こそ競争に勝ち抜く秘訣なのでしょうが、民主主義は、あえてひじょうに冗長で回りくどい意志決定システムを国家の根幹に置くことで、その公正さを保っています。

私たちは民主主義国家に生きているという側面と、競争社会である資本主義国家に生きているという2つの側面を持っています。競争に勝つためには、中央集権的な高速意志決定システムが必要です。こちらの世界では、民主主義的な選挙や裁判制度のような、判断の遅さや手続きの面倒さは、死活問題となっていきます。

無駄を省いて、スピードを優先し、責任の所在を明確にしていくこと。強きものを目指すため、出来る限り高速に意志決定するシステムの美意識が「機能美」です。

これに対して、デモクラシーのような、あえて冗長のシステムを中心に添えることで、弱者への配慮が行き届いた公正な意志決定を行なうシステムの美学が「冗長美」です。僕はそんな使い分けをしたいと思っています。

機能美は、もとを質せば、弱肉強食の美学などでなく、プロテスタンティズムの倫理観から発した美学です。しかし、今で倫理的側面が失われた、ビジネスの論理が支配したため、機能主義の美学を2つに分けてみるのです。勝つための機能美と、共生するための冗長美と──。

冗長美は寛容の美学です。経済競争ももちろん闘いですが、それ以上に、寛容でありつづけることこそ「闘い」です。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-07-31 15:05 | お気に入りの過去記事
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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