藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
図書館とジム
午後、広尾の都立中央図書館へ。

僕は図書館が好きだ。ロケーションがいいのは大田区の洗足池図書館。蔵書や施設面で総合的にダントツなのは広尾の都立中央図書館だ。有栖川宮記念公園の深緑の斜面を登っていくアプローチが心地よく、いい運動になる。今日は新緑の薫りがした。国会図書館も好きだが、開架棚がないのが残念。開架棚は発想の泉だから。久が原図書館はこぢんまりしていて雰囲気がいい。特に喫茶室がアットホームだ。
わが家に一番近く、よく使っているのは目黒区立八雲中央図書館。新しくて天井高があり広びろ快適だが、児童図書スペースと一般の閲覧室が大空間の中に同居しているのがツライ。小さな子どもたちの声で時折、集中がとぎれてしまう。設計者(もしくは設計を依頼した人)は、空間を開放して、いろんな人が交流する街角みたいな雰囲気を出したかったのかもしれないけれど、やはり図書館は静寂さが大切。みんなが余計な物音を立てないように神経を使いピーンと張りつめた空気が流れていると、自然に集中力が増幅する。
児童図書館と、一般の図書館とは、目的が違うものだ。本の読み方がまったく異なる。一方は声に出して読んだり、会話しながら本を読む。一方はひたすら黙読。聴覚的読書と視覚的読書は別種のものだ。大人の図書館利用者に必要なのは静寂の場なのです。設計者はそれをわかっていない。地域コミュニティの“場”になっているのかもしれないが、“読むこと”への配慮が足りないのだ。

それと、こんなことも考えた。
図書館とジムは似ている。
図書館もウェイトトレーニングをするジムも、そこに来る人たちには個々にぜんぜん違う時間が流れている。それぞれは絶対、他人に自分の時間の流れを押しつけない。それぞれ違った“タスク”を持って、それを黙々と集中してこなしている。お互い表面上は干渉しあわない。が、何となく他の人を気にしている。周りの人がどんなトレーニングをしているのか、どんな本を読んでいるのか、チラッと見ている。お互いに周囲を気にしながら、沈黙の中で集中力を高めあう(筋トレならさらにモチベーションを上げあう)ように干渉しあっているのだ。図書館もジムも、個々人の集中がシナジー効果になって効率よく中身濃くタスクをこなせるように配慮されてなくてはならない。オフィスや工場、学校などでも人は沈黙の中で集中力を高めあっているが、同じ時間が強制的に流れている。図書館とウェイトトレーニングのジムは、完全な個々人が別々の時間を刻みながら無意識のうちに干渉しあって各々のタスクをこなしている点が似ているのだ。残念ながら八雲中央図書館は、空間が“沈黙の干渉”をしあう装置になっていない。
僕は図書館とジムの2つを行き来していれば幸せだ。ま、それだけマイペースで、でも他人の影響を必要としている人間ということですな。
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今日咲いたミニバラ

text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-05-19 20:54 | Comments(0)
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藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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