藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
美観
僕は、電柱をなくせば、街の景観が美しくなるとは思いません。こういうのも美しいと思いますから。景観論争って、結局見る人が何を美しいと思うかってところで堂々巡りするんですよ。
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-09-04 22:10 | Comments(3)
Commented by はしば at 2007-09-05 17:43 x
あ、ぼくもそう思う。
Commented by noby at 2007-09-05 22:19 x
電柱も、あるときは美しく見えたり、醜くみえたりするんじゃないでしょうか。お城の脇にあったらどうでしょう。アートのようにディティールで見たらどうでしょう。景観ごとに、何がプライオリティなのか・・によって同じ電柱が違って見えてくるんじゃないかと思いました。どこにでも、同じ電柱をおなじレイアウトでおくから問題なんじゃないかと。
Commented by cabanon at 2007-09-06 19:58
> はしば さん
コメント、Vielen Dank です。

> noby さん
たしかに歴史的景観に電柱は、無粋ですね。
でも、電柱がいつどもどこにでもあるこそ、
現代生活のありのままの姿って気がします。
停電は悪夢。
いつでもどこでも電気があるから、わたしたちの仕事も生活も成り立ってる。

混線状態だけど、実は整然と繋がっている電線の姿は、
現代都市の象徴に見えます。
剥き出しのインフラとでもいいましょうか。

都市の狭間で、インフラが剥き出していたり
(たとえば、隣のビルが建て替えで、壁面に剥き出された配管や空調とか)、
人の生活空間がはみ出していたり
(たとえば、長屋の路地の緑とか)
そんな空間に僕は惹かれます。

nobyさんのおっしゃるように、
美しさを議論するときは、何をプライオリティにするか
を話し合うことが大切なのでしょう。
でも、同時に、醜さについても語り合う必要がありそうです。
醜いと思っているものが、実は先入観だったり、
直視すべきことから、目をそらすように仕向けられていることだったり。
電柱や電線ってそんなものの代表のような気がします。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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