藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
囲いは要らない
東京大学の安藤忠雄さん設計「福武ホール」が、来年竣工に向けて工事中です。
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キャンパス内から工事現場を全面的に見ることができます。英断だと思います。今年8月はこんな仮囲いがありました。
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で、11月はこの状態。
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8月の時の囲いもそれなりにデザインされてましたが、無いほうがもっとデザインです。囲われた現場で、騒音だけを発し、知らないうちに工事が進み、ある日囲いが外されると、手品のように建築が出来上がる。僕はそのことにいつも違和感を覚えてました。現場の息づかいを聞きながら、建築が生まれていく過程を、周囲の人たちと共有していくのは大切なことだと思います。特に教育現場では。

たまたま僕が通りがかったときに、一時的に仮囲いが外されていたのかもしれません。でも、安藤さんなら仕掛けそうなことだと思いました。学生たちよ、現場を肌で感じてみなさいと。もしそうなら、とても素晴らしいことです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-11-30 00:44 | Comments(4)
Commented by マー at 2007-11-30 12:24 x
映画は監督のモノ、建築は建築家のモノ。
確かにそうなのですが、実際、一人で全作業を行っているわけではありませんしね。
職人を大切にする、安藤さんらしい素敵な案ですね。
人がなにかを作ってる所って、何歳になっても見ていて楽しいですし。
Commented by cabanon at 2007-12-01 22:53
>マーさん
そう! 人が何か作ってるところを見るのってホント楽しいですよね。
取材するたびにそう思います。
完全集中で、制作中の対象と完全に同期(というか共振)している。
喜怒哀楽を超えた人間の表情があるよう思います。
Commented by LUPO at 2007-12-02 02:33 x
安藤プロジェクトへのアイロニーとして、あの仮囲いはあったように感じましたが。

ご参考まで。
http://thinkingforest.info/
Commented by cabanon at 2007-12-02 11:52
>LUPOさん
情報ありがとうございます。おもしろいプロジェクトだなと思って8月に写真を撮っておいたのです。HPがあるのは知りませんでした。

でも、僕には、学環の可視化のアートプロジェクトより、現場の可視化のほうが強いインパクトがありました。知の創成現場とものづくりの現場が相克しながら融合しているように見えたからです。

仮囲いのプロジェクトは、情報学環の中で研究されているさまざまな「知」を、キーワードでつなぐ森として機能していたかもしれません。

しかし、知をつなぐ森が描かれた仮囲いは、どうしても、暗黙知の宝庫である、ものづくりの現場を見えなくしてしまう。

それこそアイロニーじゃないでしょうか。暗黙知へのつながる、もうひとつの森を忘れるな、という…。

全面的に現場を見えるようにしたのは、このプロジェクトを仕掛けた人たちなのでしょうか? そうだとしたら、消えた仮囲いは「かんがえる森 Thinking Forest」の最終形態にふさわしいものと思います。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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