藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
グレースフル・デグラデーション
『AXIS』の最新号が届きました。連載「未来技術報告」で、産総研の合体変形ロボット「M-TRAN」について書いています。このプロジェクトのリーダーの黒河治久さんに、「グレースフル・デグラデーション」(グレースフル・デグレデーション/graceful degradation)という素敵な言葉を教わりました。

直訳すると優美な減衰とか優雅な劣化という意味です。性能劣化が余儀なくされた場合でも、その劣化を出来るかぎり緩やかにとどめ、全体のシステムへの影響を最低限に抑えることです。何らかの故障や誤操作があってもシステムが正しく運行され、故障自体を修復してしまう自律分散並列システムをつくりだす「フェール・セーフ」や「フォールト・トレランス」の研究から生まれた言葉です。冗長性(リダンダンシー)やロバストネスにも深く関連します。

その話を聞いて、あっサッカーでもあるなと思いました。退場者を出したときとか、後半選手が疲れて動けなくなったときに、監督が選手を交代させてシステムを変更する。ベンゲル監督とか上手いですよね。

ネットで調べると「グレースフル・デグラデーション」はWebデザインの世界でも使われるようです。古い性能の低いブラウザでもコンテンツを表示できるようにすること。適切な低均化と訳すようです。Flashがないと見られません、なんていうサイトは、確かにグレースフルじゃありません。

サッカーのことが頭にあったので、elegant = graceful だと思ってました。1人退場者を出しても機能するのがエレガントなサッカーだとか。でも、金沢美術工芸大学の横川
教授にその話をすると、graceには恩寵という意味があって、elegantの優雅さとは違うという指摘を受けました。エレガントは科学的精密さと理論としての簡潔さ&明快さを併せ持つものに使われますが、グレースは神から授けられた恵みです。前者は能動的で後者は受動的です。

つまり、故障も誤動作も昔のブラウザで閲覧するユーザーも、審判のレッドカードの判定も神から恩寵として受け入れるというニュアンスが「グレースフル・デグラデーション」という言葉にはあるのです。


日本では高齢化社会が進展し社会が膠着化しつつあります。世界的に見れば地球温暖化や中国・インドの急成長、人口爆発などで環境が激変しつつあります。iPS細胞に代表されるように、科学技術はこれからも進歩し続けるでしょう。発展する国家もあるでしょう。しかし一方で、私たちは社会や環境の「劣化」を受け入れていかなければならない時代に来ています。その劣化を恩寵(グレース)として真っ向から受けとめる力が、いま人類に問われています。

劣化や減衰などと言うと、ネガティブな感じがしますが、そこに「graceful」とつける。ここに逆転の発想があります。衰えることが恩恵であるという発想に、私は21世紀を感じます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-12-30 18:21 | お気に入りの過去記事 | Comments(0)
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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