藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
ピラミッド校舎
前川國男設計の学習院大学のピラミッド校舎が取り壊されることになり、お別れ会として開催されたウルトラセブンの第29話の上映会&ピラ校見学会に1/13行ってきました。ウルトラセブンの第29話「ひとりぼっちの地球人」にこのピラミッド校舎が登場するのです。建築関係の人は目立つほどではなく、満田監督のトークショー目当てのセブンマニアが少し目立っていて、でも一番多かったのはこの校舎に思いのある卒業生と思われる方々でした。記念写真を撮影する人たちもたくさんいました。
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効率的とは決していえない建物です。使いにくそうです。空間に比べてスクリーンが小さくてPowerPointを使った授業だと文字が見えないと後ろに座った学生から抗議が出そうです。都心の貴重な土地を有効に活用するには、やっぱり高いビルのほうがいいでしょう。

しかし、シンボルとして、共有する記憶として、この場にしかないアイデンティティとして、確実に機能していたものを取り壊す考えには同意できません。

ピラミッドはものすごく非効率的な形態です。最小の材料で何にでも使える最大の内部空間を確保する必要があるなら、ピラミッドは最悪の解答です。しかし最高にモニュメンタルな形態です。設計者も依頼者もそれを承知していたはず。解体はモニュメンタルを志向した先人たちの意思を踏みにじる行為といえます。効率性に左右されない領域で展開するのが学問だと思うのに。それが効率や経済性を考える学問であっても。
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猪木さんがいるわけではありません。解体反対のシュプレヒコールでもありません。ウルトラセブンの満田監督の掛け声とともに、みんなでジュワ! これも記憶です。
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構造的にも面白い建物です。
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セブンは子どもたちへ受け継がれていています。建築は……?

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夜はケネス・フランプトンの講演会へ。クリティカルであることとモニュメンタルであること、そのバランスについて考えさせられました(そんな話じゃなかったけど)。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-01-14 01:51 | Comments(5)
Commented by はしば at 2008-01-15 01:39 x
ウルトラセブンファンからのマニアックな質問は……満田監督はそんな質問にも馴れてるみたいでしたけど。ああいうマニアってホントにいるんですね。この校舎が長年使われないまま放置されていたという話には驚きました。ぼくにとって学習院大学イコールあのピラミッド校舎の印象でしたから。ピラ校じゃなくて、安倍能成講堂とか、秩父宮雍仁記念講堂とか、そんな名前だったらもっと大事に使われて、取り壊しにもならなかったのではないかと思ったりしました。
Commented by cabanon at 2008-01-16 11:43
>はしばさん
行かれていたのですね。
満田監督の余裕の受け答えが絶妙でしたね。
使われていなかったというのが、まさに人体における「へそ」だなって思って聞いていました。たしかにピラ校って愛称が、薄っぺらで、ウルトラセブンにあっけなく壊されても仕方ないなって響きですよね。
おっしゃるようにネーミング大切ですよね。壊せない名前って絶対ある。
Commented by y_and_r_d at 2008-01-16 13:25 x
こんにちは。
日本では建築というのは
単なる建物でしかないのかもしれませんね。
名作と呼ばれていても
壊される運命にある建築物が多いみたいですから。
Commented by cabanon at 2008-01-16 14:52
> y_and_r_d さん
ほんと、そうですね。
ピラミッド校舎を壊すと、周囲の校舎や造園などとの関係性が消えてしまう。

なぜユニテダビタシオンの空中庭園にあるような塔(一番上の写真のピラミッド校舎の左横にかすかに写っています)が、校舎の屋上にあるのか。三角形を壊すと、円筒の意味まで失われてしまう。

建築はこうした建物どうしの関連性、敷地との関連性を考えられたもので、y_and_r_d さんがおっしゃるように取り壊しを決めた人たちは、これを建築として理解していないのでしょう。単体の建物としてしか見ていないから、使えないししょうがない、という結論になるのでしょうね。
Commented by cabanon at 2008-03-17 22:16
>わたさん
東京の中心に皇居という空があることを指摘した
ロラン・バルトが『表徴の帝国』を思うと、
学習院の中心に使われない建物があるのは必然のような気がします。

もちろん、少子化で厳しい環境に置かれる大学経営のことを考えると、
効率的に利用されていない校舎を
何とかしなくちゃいけないと思うことも当然でしょう。

けど、建て替えるなら。
50年先100年先のことを考えた案を出してほしい。
貧困な発想で、かつて先達たちの未来へ駆けた思いを
踏みにじるようなことはしてほしくない。
やるなら先人を越えようよ。
そう思うわけです。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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