藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
二項対立(2)逆説
3つ前の投稿の二項対立の話の続きです。
*******


二項対立にはさまざまな種類がある。二項対立というと、男と女、表と裏、理性と感情、愛と憎しみ、デジタルとアナログように、ほぼ対等なものどうしが対立する関係だと思いがちだが、2つの項がそのように対称性を持って対立している関係はむしろ珍しい。二項対立には、著しく非対称なものや、本来対立関係が成立しないものもある。二項対立は対称性でなく対照性を明らかにするものだ。そのため任意に二項が決められ、やや強引に対立関係に置かれるケースも多い。

【有と無の二項対立】
非対称の極端なケースとして「有と無」型の二項対立がある。「無」とは存在しないものだから、本来、2つを比べることもできないし対立させることすらできない。「有と無」「在と不在」といった対立は、ただ概念上の対立だけが存在する。たとえば東洋思想のように「無」や「空」はひとつの概念として捉えれば、有と無の対立は非常に示唆的なものとなる。0と1も同じだ。0を哲学的な無と捉えるか、2進法の記号として捉えるかで、その対立の性格は変わる。本来対立できないものを対立させてしまうことで、もうひとつの側面が見えてくる。

【逆説の力】
生と死の対立も有と無のような対立だ。生物学的に考えれば、死を生物としての活動が途絶えた状態、つまり生の欠如と捉えることができる。しかし、死を生を完結する絶対的な瞬間や再生のプロセスと捉えれば、死は生を照らし出す鏡となる。死のない生は怠惰で退屈なものだろう。その認識が「死を生きる」という逆説を可能とする。

陰翳礼讃、無知の智も同じだ。無を通して有を語る。死や闇や無知を物理的な欠如や不在と考えず、死や闇や無知をひとつの世界として捉えることで、「生」や「光」や「知」の新たな姿が見えてくる。無に対する見方を変えれば、有と無には新たな対立軸が生まれるのだ。

こうした逆説は、デザインコンセプトを語るのに有効だ。無印良品やノーデザイン、アノニマス(無名性)という考え方がそう。「無」「デザイナーの不在」を語ることで、逆にブランドやデザインの価値やデザイナーの存在意義をアピールできる。

深澤直人と企業デザイナーたちによる「without thought」も逆説的な表現だ。「考えないでおこなう行為」をひとつの世界として捉えることで、無意識の中に埋もれた、もしくは意識と無意識の狭間に埋もれた人間の行為を発掘して新たなデザインを生み出している。「思考の不在」という逆説的タイトルが指し示すのは、デザイナーの「思考」に他ならない。

フィリップ・スタルクのように「デザインは死んだ」と言う手段もある。「建築は死んだ」「モードは死んだ」「モダニズムは死んだ」と語る手もありだ。
余談だが「!?」を付けると雑誌のタイトルになる。「デザインは死んだ!?」「モードは死んだ!?」「日本経済は死んだ!?」「プロ野球は死んだ!?」とかね。

【非対称の二項対立】
「有と無」型ではないにしても、対称性が著しく損なわれている二項対立は多い。神と人、個人と社会、現在と過去、全体と部分、ディテールと全体、瞬間と永遠、表層と深層、一と多、中心と周縁など。こうした二項対立においても逆説は力を発揮する。「部分は全体である」「瞬間に永遠を見た」「ディテールに神が宿る」などの言葉は物事の核心に迫る。

【2つの対立軸】
「中心と周縁」も一見、著しく非対称な対立だ。規模や広さを考えれば周縁が圧倒的に広い。しかし「中心と周縁」の中には「広さ」という対立軸のほかにもうひとつの対立軸が潜んでいる。密度だ。中心は凝縮されている。「都心と郊外」を例に考えてみればいい。都市は人も情報も凝縮されている。「密度」という隠れた対立軸を意識すれば、「周縁こそ濃密」「東京の中心、皇居という空虚」といった、やはり意味深い逆説的な表現が生まれる。

【もうひとつの対立軸が生む逆説】
同じように「表層と深層」は非対称だ。表層はうすっぺら、深層には奥行きがある。が、「表層と深層」にも隠れた対立軸がある。コミュニケーションである。表層とはインターフェイスである。外と内の情報が接し、衝突し、融合する“場”だ。深層には本質に根ざした不変の価値があるかもしれない。が、現代社会では、高速に情報交換が行われ、情報が共有され、新しい価値を生産しつづける“場”が求められている。コミュニケーションという対立軸から考えれば、「表層」と「深層」の立場は逆転し、「表層に構造がある」という逆説が力強い言葉となる。

ミース・ファン・デル・ローエによるデザインの金言“Less is More”の中にも、対立軸は2つある。MoreとLessは量で考えると、ひどく非対称だ。しかしLess is Moreの語ることは、質の問題だ。量や大きさの問題ではない。Moreが質の次元の話だから、Less is Moreの逆説が成り立つ。ミースはたった三つの単語の中で、量と質という2つの対立軸を巧妙に操作しているのだ。

【まとめ】
二項対立の対立軸はひとつとは限らない。対立軸を操ることで、有効な逆説を生む。特に二項対立が、有と無のような関係である場合や、極端に非対称である場合、対立軸を複数設定し、隠れた対立軸をあらわにするような逆説を考えれば、デザインの奥義に迫るような力強い言葉となる。これが言葉の力。それが本日の結論。

次回は対称・非対称とは違う二項対立の話をする予定。赤と白とか赤と青とか、ワインと日本酒、みのもんたと久米宏とか任意で選べる二項対立の話をする。今日はここまで。
d0039955_20312179.jpg
寄り添う二冊。古書店にて。本文とは関係ありません。

text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-05-27 19:02 | 二項対立 | Comments(0)
<< ああ、新宿駅サイン計画 スキンな建築 >>


S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

Twitterもやってます!

*当ブログの奥座敷
KoKo Annex

ライフログ
最新のコメント
以前の記事
カテゴリ
ブログジャンル
リンクについて
当サイトはリンクフリーです。
お気軽にリンクして下さい。

本ブログの記事と写真の
無断複写・転載を固く禁じます。




Copyright 2005-2016 Keiichiro Fujisaki All rights reserved
本ブログの記事と写真の無断複写・転載を固く禁じます。