藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
ビジョンの視覚化
ビジョンをビジュアライズする。──と、原稿に書いていて、あれ?この表現おかしい、同語反復みたい、と思いました。しかしよくよく考えると、そうじゃないんです。ビジョンというものは、必ずしも視覚化されたものではない。

たとえば20世紀前半の未来へのビジョンの傑作──トニー・ガルニエの「工業都市」やアントニオ・サンテリアの「新都市」、ル・コルビュジエの「300万人のための現代都市」、ノーマン・ベル・ゲッデスの「フューチュラマ」などは、ドローイングやジオラマという「見るメディア」として多くの人を刺激し、彼らの未来へ見方を変えました。

しかし今、未来はどんどん視覚化しにくいものになっています。フューチュラマは1939-40年のNY万博のGM館で展示されたハイウェイ網が整備された20年後(1960年)の未来のジオラマです。けれど、今から20年後の2028年のフューチュラマを製作するのは難しい。というか、つくっても意味がない。絵空事の便利で快適な未来生活を描いても、「環境問題どうするの?」「アフリカの貧困は放っておくわけ?」「それがホントに豊かなの?」「進歩だけを描いたユートピアは19世紀や20世紀の産物だよ」といった問いや批判が必ず発せられます。

笑顔の未来はトリミングされた未来です。トリミングされたものの中に、苦痛に顔をゆがめる人々が写っているのです。未来は多元化しています。数枚の絵に描ける未来など、とうてい信用できるものではありません。

しかし、ビジョンが失われたわけではありません。今も昔もその必要性は変わっていません。未来への展望があるから、万能細胞や燃料電池などの技術が進歩していきます。「未来はきっとよくなる」という信念なければ、科学も技術も発展しないのです。インターネットや携帯電話のように、私たちの暮らしを劇的に変化させるテクノロジーが今後も現れてくるでしょう。

20年前の1988年、ネットやケータイを欠かすことのできない生活をビジュアライズした人は存在しませんでした。しかし地球規模のネットワーク社会は、マーシャル・マクルーハンがすでに1960年代グローバルビレッジという考え方の中で予見していました。ウィリアム・ギブソンは1984年の小説『ニューロマンサー』においてネットに没入する人間の姿を描きました。ビジョンはすでにあったのです。(そうした動向をいちはやく視覚化したのは、デザイナーでも建築家でもなく、攻殻機動隊などアニメやマンガでした。)

グローバル化が進む中、未来のビジョンが一元化することは、世界が何者かによって支配されるということと同義です。ひとつの未来をみなが信じることがみなを幸せにすると信じられていた時代には、ビジョンは単純に視覚化は絵やジオラマや映画にまとめることができました。しかし、一点透視の予想図を全員で共有するだけでは、未来は切り開けなくなっています。

各地域の経済や文化を背景にした、自律分散型の未来が求められています。そしてそれらが協調して働き、環境問題や貧困の問題、エネルギーの問題に取り組んでいかねければなりません。

自律する者どうしが協調するには、互いのリソースを出来る限り公開し、議論を積み重ね、問題意識を共有し、ともにビジョンを構築していく姿勢が必要です。姿勢だけではなく、その姿勢を促す仕組みが必要です。

言語、映像、音、身体表現などを駆使し、見えないものを触知できるものに変え、多点透視の未来を描き出す能力。それが21世紀のビジョナリーに求められる資質だと思います。さらに加えて、その多点透視のビジョンをつくるために、才能あるビジョナリーどうしがコラボレーションし、直観とリソースを自発的に交換しながら、ビジョンを構築する仕組みまで構築すること──それが未来提案者の最重要課題になるでしょう。もちろんデザイナーだけの仕事ではありません。しかしデザイナーという職能が、この複雑なタスクで大きな役割を果たせることは間違いありません。

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本日(25日)AXISギャラリーのフィリップスデザイン展のオープニングレセプション前に行われた非公開のセッションの司会をしました。そのセッションのために事前に書いたメモ(結局、会場でこんな話はしませんでしたが)を整理してアップしました。

展覧会は2020年(トゥウェンティ・トゥウェンティ)を「スキン」というキーワードで予測した興味深いものです。説明してもらわないとわからないものがあるので、会期中毎日5時から行われるプレゼンを見たほうがいいでしょう。皮膚をディスプレイ化する提案「エレクトロニック・タトゥー」を体験するだけでも、行く価値があります。

その後、21_21の目玉展のオープニングへ。正直あまり期待をしてなかったのですが、面白かったです。世界各国のクリエイターの虹彩の写真が圧巻。吉岡徳仁さんがヤマギワとともに開発した照明「Tear Drop」がとてもいい。「ToFU」とセットで欲しくなりました。

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ベル・ゲッデスのフューチュラマの様子を伝える映像「To New Horizons」(1940年/23分)がネットにありました! フィリップスのデザイナーは、未来予測をHorizon1( 1〜2年後)、Horizon2(3〜5年後)、Horizon3(15年後/数字はうろ覚え)と三段階で考えていると言ってましたが、ネーミングはベル・ゲッデスのHorizonにかけているでしょうね、きっと。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-01-25 14:28 | お気に入りの過去記事
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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