藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
阿佐ヶ谷住宅の建て替え計画
阿佐ヶ谷住宅が予断を許さない状況になってきたようです。
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阿佐ヶ谷住宅建て替え計画を考える、「第8回成田地域まちづくりセミナー」が2/23(土)杉並区産業商工会館で行われました。前半は松田輝雄氏の講演。後半が建て替え計画のディスカッションでした。松田氏は元NHKアナウンサーで、阿佐ヶ谷住宅の近くで生まれ育ち、地方勤務などで一時この地を離れたものの、再び当地に戻り、現在はすぎなみ地域大学長を務められています。

テーマは「ボクが育った成宗たんぼ」。阿佐ヶ谷住宅のある成田東一帯はかつて成宗と呼ばれていました。そして今の阿佐ヶ谷住宅の敷地は、田んぼでした。現在でも、この辺りの地域は、台風などで善福寺川が氾濫して浸水することがありますが、かつては、田んぼが遊水池の役割をしていたそうです。松田さんによると青梅街道の丸ノ内線地下鉄工事で出た土砂で、田んぼを埋めて、「阿佐ヶ谷団地」(近隣の人は「団地」の敷地を造成したそうです。

子どもの時分、松田さんは母から「ここに来た人は天子様だよ」と言われたとか。100万円で団地を買って(180万円という話もあるようです)、団地には風呂もついている。卓袱台でなく木のテーブルで座ってご飯を食べる。周囲の住民たちには夢のような生活でした。昭和33年(1958年)のことです。長島茂雄が巨人に入団し、東京タワーが完成した年でもあります。

前回11月、第7回のこのセミナーに招かれた講師の陣内秀信さん(法政大学教授)のお話しを思い出しました。陣内さんも2歳の頃からこの地域に暮らし、「成宗」の原風景が焼きついているそうです。

陣内さんは「水」と「道」から、阿佐ヶ谷周辺の「都市の古層」を読み取りました。たとえばケヤキ並木の中杉通りの脇を側道のように通る商店街パールセンターは中世の道です。中杉通りは戦後の計画道路です。阿佐ヶ谷住宅の脇には、「いざ鎌倉」の鎌倉街道が通っています。古道は今も生活に息づいています。

陣内さんの都市読解の真骨頂は「水」への視座です。陣内さんは調査に訪れたイタリア・サルディーニャ島で、聖域が湧き水によって形成されていることを知り、湧き出でる水から都市を読む方法論を東京でも展開します。東京は川が多い。そしてかつては湧き水もものすごく多かったそうです。「里川」という言葉も陣内さんの講演で初めて知りました。里山のように住民の共有地(コモン)としての川。住民は川からの湧き水からの財産を分かち合って暮らしていたのです。

11月に聞いたそんな話が頭に入っているので、松田さんがとても面白く聞けました。弁財天のところにかつて池があり、冬にはその池に氷が張って、子どもが氷に乗って遊んでいたとか……。この地域が、川と湧き水によって長い時をかけて形成された生活空間であったことがよく分かります。

阿佐ヶ谷住宅の敷地にあった田んぼには、ホタルがたくさん飛んでいたそうです。昭和23〜24年頃、農薬が使われるようになって、一斉にいなくなりましたとのこと。そして10年後、地下鉄工事の土砂でその田んぼが埋め立てられ、最新設備の「阿佐ヶ谷団地」が姿を現します。そこには飛び交っていたホタルのことなど全く知らない住民たちがやってきました。

記憶は分断されたはずでした。

しかしその団地は、まだ「開発=金儲け」でなく、公団の津端修一さんやテラスハウスを設計した前川國男が「開発=明日の暮らしの提案」という思いのもとでつくりだしたものでした。過去の記憶の上に、現在の損得でなく、未来への夢がのっかたのです。

川と湧き水の文化と対極にあった団地が、周囲のスクラップ&ビルドを繰り返す街とは別に、緑豊かな住環境を形成し、川と湧き水の文化に調和していきます。そしてその団地が老朽化すると、下で眠っていた都市の古層が表面にひょっこり顔を出しました。過去と対話するチャンスです。スクラップ&ビルドの街づくりから離れ、未来に向け新しい形の安全安心な街をつくるチャンスなのです。奇跡的に残っている緑豊かな広い敷地がそれを可能にしてくれます。「成宗たんぼ」にはポテンシャルがあるのです。今からでも、新しい街づくりのモデルケースをつくれる絶好のチャンスだと、杉並区や東京都、住民やデベロッパーが気づいてくれればいいのですが。

難しい状況のようです。

阿佐ヶ谷住宅の建て替えに反対する人はほとんどいません。しかし現行の建て替え計画に反対する周辺住民はかなりいます。このセミナーの後半は、杉並区のまちづくり担当部長と、地権者、事業者、そして周辺住民によるディスカッションが行われましたが、現行計画をすぐにでも始めたい地権者と、周辺住民との話し合いは議論の前提部分から平行線を辿り、議論と言えるもののないまま地権者側は退出しました。

前回のセミナーでは、杉並区のまちづくり担当部長は計画案を時間をかけて検討したいと語っていました。今回も基本的にはいろいろな立場の方の十分意見を聞きたいという姿勢でした。しかし、今月、地権者・事業者側から再開発等促進区の企画提案書が区に提出されたとのことです。つまり、建て替えの手続きが一気に動き出す可能性が出てきました。多くのボタンを掛け違いしたままに……。会議室を後にしたときは、かなりやりきれない思いになりました。

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【関連リンク】
2006年6月の「第1回成田地域まちづくりセミナー」(講師/松隈洋さん)の本ブログのレポート。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-02-24 14:33 | Comments(1)
Commented by jun at 2009-11-23 02:33 x
今日、阿佐ヶ谷住宅を見に行きました。
以前、東京マガジンの「噂の現場」で見て、興味を持っていたところ、先週近くを通りかかり、無くなる前に、”一度見てみたいなー”と思い、本日足を伸ばしてみました。

10年くらい前に一度通りかかった事があると思うのですが、その時は、「古臭い、貧乏くさい」くらいの感想しか抱きませんでしたが、今、40歳を過ぎて、子を持つ親になると見方も随分変わりますね。緑が多く、広場や公園も多い敷地、阿佐ヶ谷と言う都会にありながら、素晴らしい環境を維持している団地をうらやましく思いました。

ここに高層の真新しいマンションを建てるのも素晴らしい計画であり、一消費者としては、購入を検討したい物件になるとは思いますが、テラスハウスは現状のまま、改修を行う事ににより復元できればもっと素晴らしいものになるなーと妻と話しておりました。(中層の建物はスクラップ&ビルドでよしですが・・・)

帰って来てHPで調べたら、4-5年前には、テラスハウスが800-1000万円で売られていたと聞き、「その頃買っておけばなー・・・」なんて話にもなりました。

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藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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