藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
機能しないことが機能
2つ前の投稿の「ロバスト家電」のまーさんのコメントの返事を書いていたら、長文の面白い内容になったのでこちらに投稿します。

>まーさん

ちょっと前の「サルでもわかるデザイン」という表題の投稿に書いた「わかる子=よい子」「わからない子=悪い子」と同様の、「機能すること=よいこと」「機能しないこと=悪いこと」という教育的倫理観が、この世の中を強力に支配しているように、僕は考えています。

それが拡大解釈され「たくさん機能があること=便利でよいこと」という通念が生まれている。

「機能なんて幻想だ!」と誰かが叫んでも、もう通じないでしょう。「機能することはよいこと」という意識は社会に深く浸透しています。機能しない人はリストラされ、機能しない建物は処分され、機能しない植物は伐採されます。

機能しないと烙印を押されたあらゆるものが、誰かが機能を発見してくれるのを待っています。歴史的な遺産として集客効果がある、知る人ぞ知る建築家が手がけた作品だ、癒し効果がある、CO2を吸収する……、なんらかの機能が見出されれば、それらは生き残る。

誰も気にしなかった隠れた機能を探し出すことは、新たなビジネスチャンスにもなります。

そうした世の中ですから、「余計な機能はいらない」という主張にも機能主義的に説明しないといけない。「ロングライフがサスティナブル社会実現のための有効な機能のひとつだ」、「機能を絞り込んだほうが実は機能的だ」という認識が広がって、初めて新機能大歓迎主義から距離を置くことができるでしょう。

けれど、それは「反機能主義」ではない。盛り沢山の新機能は機能主義的ではないということですから。機能はいらないという機能主義は、デザインをしないことをデザインするというノーデザインの逆説と似たような論法です。

それを突き詰めると「機能しないことが機能だ」という主張も現れるでしょう。しかし、ここまで来るとけっこう気をつけないといけません。言うのは簡単ですから。

その主張が、詐欺師のものかユーザーのことを真摯に考えたデザイナーのものかを分かつ基準は、きっと、その主張が「機能って何?」「機能を有り難がる私たちの社会って一体何?」という問いへ導く力を持っているか、否かでしょう。使ってみると便利だけど、使わなくていいものを機能といえるのか。機能という言葉はそろそろきちんと再定義すべきだと思います。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-07-06 19:14
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藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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