藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
今年のペーパーショウ
ミラノにいます。機内にメガネを忘れ、かなり落ち込んでいます。これから数日間、僕の視界は印象派です。

週末のTAKEO PAPER SHOWについて書きます。今年は、紙の展示がありません。「言葉のペーパーショウ」ということで、すべてトークです。金・土と行われ、僕が行ったのは土曜日。朝から最後の総括まで聞きました。

「紙の未来」について、クリエイター、キュレーター、編集者、学者、紙産業のリーダーなど、さまざまなプロフェッショナルたちが、30分のトークを行いました。

例年のファインペーパーやそれで作られたプロダクトや作品に見たり触ったりして紙への研ぎ澄まされた感覚を共有する展示会ではなく、「紙とは何か?」という問いかけを共有する試みでした。それがうまくいったのか。

思い切った試みであったことは評価できると思います。ペーパーショウなのに、紙の展示がない。思いっきり欠乏感があるわけです。一般に欠乏は失望や気力の減衰につながりますが、ときに感覚や集中力を高める効果もあります。たとえば好きなバンドでドラマーが替わったら、普段より集中してドラムの音を追い続けます。おなかが減るとおいしそうな匂いに敏感になり、レストランの看板がやたら目に入ってきます。

紙に飢えた状態で、紙の話を聞くわけです。今年はトークだけって頭の中で分かっていても、例年のお祭り感あふれるペーパーショウの記憶がインプットされているために、紙への欠乏感は変わりません。そして、紙への感覚が敏感になります。

おなかのすいた来場者に、おいしいそうな話をしてくれれば、紙の話は広がりを持ちます。言葉を共有できるようになります。おいしそうに語れないと、欠乏感ばかりが広がっていきます。そうした意味で話者には厳しい場だったと思います。僕も退屈して聞いてた話がいくつかあります。

僕が聞いた中で、もっとも来場者の欠乏感を埋める話をしてくれたのは、深澤直人さんでした。張りと皺についての話です。今回のショーの企画者、原研哉さんの著書『白』を意識した話のように聞こえました。

原さんは著書で汚れなき白に関連して紙の「張り」について語っています。深澤さんは「張り」の話でまず原さんに共感を示し、「皺」の話で、人が使用することで「馴染んでいく」紙の、もうひとつの側面を語ります。原さんの視点が人の感受性をピュアなものにさせる「張り」を見通すものなら、深澤さんの視点は、人とものの自ずと共に暮らす調和をしるしを「皺」に見ます。

原さんは『皺』という本をつくってます。原さんが大学で教える学生たちの研究をもとにした本です。深澤さんのいう皺は、それとは少し次元が違う。つまり、深澤さんの話には、企画者への批評がきちんと織り込まれていたのです。原さんが語る「張り」と「皺」を意識して、深澤さんなりの環境や人の身体と馴染んでいく「皺」を語る。だから面白いかったんです。加えて、トークの後半、深澤さんが最後に紹介した学生の針金スケッチも印象的でした。

「おいしそうな話」という意味では、リー・エーデルコートさんの話も(というか、彼女が見せてくれたビジュアル)が面白かったです。世界のトレンドを決める企画者です。次に来るのはこのトレンドというのが、詩的な言葉で語られていました。

収穫は、クーバー・ヒューイットのキュレーターのトークの中に出てきた THE CROCHET CORAL REEF。アルゴリズムをもとに毛糸をかぎ編みをし、珊瑚礁を作り出しています。これは実物を見てみたいです。

欠乏感を使えるのは、今回一回限りでしょう。実際、来年は元に戻るようです。

トークは、限られた人数しか入場できません。後で書籍にするにしても、その日、その時間、その場にいて、何かを共有することにこそ絶大な力があります。「紙とは何か?」という根源的な問いだからこそ、その場で共有することが必要だったのではないでしょうか。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2009-04-21 14:01
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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