藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
インティメイトプロダクト & 魂のスイーツ
週末、藝大の松下計さんにお招きいただき、ゼミ合宿に参加してきました。僕の卒業した学科にはゼミというものが自体がなかったので、人生初のゼミ合宿。青竹を割って装置からつくった流しそうめん、BBQに舌鼓を打ち、ホタルまで見ることができ、忘れられない思い出ができました。感謝です。
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宴の前。キャンドル照明付き流しそうめん台完成の図。

で、本日の本題です。

合宿の記録係の学生は、キヤノンEOSにハッセルブラッドのレンズをアダプターをつけて装着していました。見た目はかっこいい。でもレンズと本体は電子的に連動していませんから、オートフォーカスも自動絞りも使えません。ハッセルは中判カメラなので、EOSだと画角が狭くなります。ニコンの一眼デジカメに、50mmF1.2を装着している学生もいました。1981年発売の古いレンズです。50mmはけっこう使いづらい。でもF1.2のレンズの明るさは確かに魅力的です。

「マニアック」というひと言で済ませば楽でしょう。でもいま若い人たちの工業製品の接し方は、マニアックというひと言で済ませられない何かがある。そう感じています。

藝大ゼミにいっしょに参加した法大生はハーレーダビッドソン乗りです。ハレーの話をしだすと目が輝きが倍加します。一昨年の桑沢の教え子にはノーブレーキ・固定ギアの自転車、ピストレーサー乗りが二人いました。

プロダクトのサブカルチャー化と言うこともできるでしょうが、そこにブランドが絡むのが00年代末の様相です。ゼロからつくるハンドメイドではありません。グラフィティのようなすべて自分の手で描き出すというサブカルチャーではないのです。

ハッセルやハーレーといった老舗ブランドや、どこそこのショップのピストというように、ブランドをいじりこなしています。記号が人を幸せにするか?って問題があります。記号だけじゃおそらく幸せになれません。

ブランドは、第一義的には記号です。しかし記号を生むようには誕生しないのがブランドです。ロゴマークをデザインしただけではブランドは生まれません。そこがブランディングの面白いところです。過剰なまでのものづくりへのこだわりや不合理なまでのホスピタリティが、長い時間をかけてブランドの世界観を形成していきます。

優れたブランドは、矛盾、多義性、冗長性、曖昧さ、過剰さといった、肉体的といえる何かを抱えていきます。そうして集合無意識の表象として現れる「象徴」のような強さを持つのです。

その力に支配されるのでなく、そこを遊びこなす──それがプロダクトのサブカルチャー化現象です。プロダクトをあえて不便な使い方をすることで、まず記号としてのブランドを肉体化します。次にカスタムメイド的な使い方をすることで、距離を持ってブランドを操作します。ただしブランドが廃れるわけではありません。そこには大きなビジネスチャンスがある。

誰にでも使いやすく、コンパクトで高性能、メンテも手間いらず、しかもエコってプロダクトばかり追っていると何か大切なものを忘れてしまいそうです。人と工業製品との関係が変わりつつあるのです。

シンプルとかミニマムとかユニバーサルデザインとかユーザビリティの対極で、プロダクトを自分なりに使いこなすことに喜びを覚え、ブランドもプロダクト自体も身体化させる傾向を、僕はインティメイトプロダクト現象と名づけたいです。

アラン・ケイがパーソナルコンピュータの次にはインティメイトコンピュータと言ったのを受けた言葉です。インティメイトというのは「親密な」という意味ですが「下着のような」という意味もあります。

コンピュータ技術だけでなく、プロダクトもブランドも下着のようなもうひとつの皮膚として身体化されたものになるかもしれない。

下着の世界は機能という言葉の定義が崩壊しかけています。バストアップする機能って、それは機能なの? 究極の装飾じゃんとか。シンプル・イズ・ベストといって白いブリーフをはきつづけるのもどうかと思うし(エブリデー白ブリーフは、それなりの愛着とこだわり、もしくは無関心がないとつづけられないはずですし)。インティメイトの領域には、2010年代へつながる、次の何かがあります。そこでは機能も記号も崩れています。

そんなことを思って合宿から帰ってきました。

で、余談です。
突然ですが、これは何でしょう?
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【ヒント】夕食最終盤に出てきた藝大生がつくった魂のスイーツです。









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青竹から引き抜きます。
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答えはバームクーヘン。
青竹を回して生地を丁寧に塗り重ね、3時間以上かけて炭火で焼き上げてました。感激を味わうと言いますが、つくる喜びが年輪に染みわたっていて、ホントに感激を味わえるスイーツでした。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2009-06-23 00:14 | Comments(4)
Commented by ma at 2009-06-23 09:24 x
○ー○クーヘンでしょうか。
若い世代で、キャンプとかアウトドアに親しみのある人だと、作った事ある!と言う人が以外といるんじゃないでしょうか?
自分もその一人です。(若い主張じゃ無いですよ・・・)

プロダクトのサブカルチャー化。
なるほど、気になっていた事が少し分かった気がします。
Commented by at 2009-06-23 17:31 x
ハッセルとハーレーに対するユーザーのロイヤルさはハンパないですよね。アップルユーザー以上だと思う。何が彼(彼女)らをそういう気分にさせるのか。ちょっと不思議です。
Commented by cabanon at 2009-06-24 00:12
>maさん
野焼きバームクーヘンは、
アウトドア界では意外とメジャーなんですね。
バームクーヘンとは木のお菓子。
コンビニとかで売ってるバームクーヘンって
いかにも工業製品だけれども、
年輪って正確に同心円状に広がるわけじゃない
ってことを教えてくれる、いい体験でした。
僕の年輪もそうとう歪んでます。


Commented by cabanon at 2009-06-24 00:38
>は さん
やっぱり、このブランドの製品でしか体験できないことを提供しているですよね、ロイヤリティの強いブランドは──。

僕は20年来のアップルユーザーですが、今のアップルにロイヤリティは感じていません。腐れ縁でずっとここまできた感じ。

でも、ウォズニアックとジョブスの若い頃のツーショット写真は、部屋に飾っておきたいくらいです。

それは田淵→掛布時代の阪神ファンの僕が、バース、掛布、岡田のバックスクリーン三連発の映像に見るときの思いに近いかもしれません。ずっと腐れ縁で来て、なに?この爽快感って感じ。

20年以上経っても忘れられない体験を提供するからロイヤリティが生まれる。難しいことだと思います。
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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