藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
2005年 11月 06日 ( 2 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
デザイナーズウィーク × 光琳
土曜日はDesignTide巡り。
代官山でリボンプロジェクト、GRAPHの展示を見て、青山へ。根津美術館近くのTIME&STYLE EXISTENCEで行われているジャン-マリ・マソー展へ(11月30日まで)。建築からテーブルウェアまで注目のデザイナーの仕事をたっぷり見ることができます。鏡張りのエントランスはちょっとしたアトラクションのようです。(ジャン-マリー・マソーのHP
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その後やる気の無い?イデーの展示を見て、スパイラルでマリメッコを見て、トム・ディクソン設計のTHCビルへ。80年代回帰をしたかのよう。かなりナイジェル・コーツっぽい。ニアレトロとでもいいましょうか。カフェでThe Clash流れていたし。

実は、マソー展の前に、根津美術館へ行きました。
尾形光琳の国宝「燕子花図」の展覧が本日日曜日までです。
閉館ギリギリに入りました。立ちつくしました。久々です、あれほどじっくり絵を見たのは。おばさんたちに解説している専門家のような方が「天下の名品」と言っていましたが、納得です。
最初、遠目で見るガラスケースの中の屏風絵は、僕が小学生の頃集めた大阪万博の記念切手で知ってるイメージです。近くでじっくり見ました。細密描写でないのが意外でした。輪郭のぼやけた色の塊による表現。下絵か?と思ったほどです。
それが見れば見るほど、変わっていきます。
群青の花が踊り出します。花には流れがあり、見る場所によってリズムが変わります。見るほどに自分の知っていた教科書や切手を通して僕の脳裏に焼き付いてきたイメージから離れていく。やがて緑の葉が燃えはじめます。学生時代パリのオランジュリーでモネの睡蓮を見たときと同じ体験です。絵が変化する。現実の現実感(リアリティ)より、絵と僕を結ぶ「つながりのリアリティ」のほうが数十倍も強度が増す。これぞ伯牙──。龍門の琴のあの話です。

本日デザイナーズウィークで青山散策する予定のある方、ちょっと現代を忘れて、時代を超えた芸術の力も、ぜひ、見ておくべきです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-11-06 09:46 | Comments(4)
 
ことばをかたちに × かたちをことばに
金曜日、秋田道夫さんにお会いしました。

先日秋田さんのWhiteboardの記事に対して、このブログでコメントを書いたことがきっかけです。実は内緒にしてたんですが(ということのほどでもないけど)、その後すぐ秋田さんのHPにあったメアドにメールしたんです。

「秋田さま はじめまして。藤崎圭一郎と申します。Whiteboardの記事に対して、自分のブログにコメントを書きました。(秋田さんの記事に)“明日になったら消してしまうかも”と書かれていたので、消えてしまったら、書いたことの意味がなくなると思い、是非消さないで下さいとお願いしたく、メールしました」

そうしたら話がトントンと──ランチをする話になって。

で、表参道ロータスで、挨拶の後、これを渡されました。
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軽いジョークかな?と思いました。秋田さんが12月10日にセミナーを行うのはWhiteboardを読んで知ってましたが、まさか自分がそこで……。

快諾しました。秋田さんがジョークのつもりで作ってきたものだったらどうしよ、と今でもちょっと心の片隅で思っていますが……。

秋田さんの話だけを聞きたかった方、申し訳ありません。なるべく引き出し役に徹します。秋田さんは、ロシア・アバンギャルドとかモダンアートとか建築の話までしたいとのことですから、そうした話をうまく現代のプロダクトデザインの話に重ね合わせられるような、話の進め方ができればいいと思っています。どうなることやら。

僕のインタビュアーとしての目標は、NHK BSでやっている「アクターズ・スタジオ・インタビュー」のジェームズ・リプトンです。引き出し役としては、役者以上の役者。間や視線が絶妙。僕にとってはまだまだ遙か遠くの頂上に立つ人です。近づけるように頑張ります。


☆参加希望の方はWhiteboardを読んで下さい。メールでの予約が必要です。



******
事のついでと言ったら失礼ですがWhiteboardで取り上げられていた話をちょっと受けます。
「デザインしないことをデザインする」というフレーズのアビューズ(乱用)は確かに目に余るものがあります。逆説はある共通の理解や知識を持った人の中で初めて生きる。経験を積んだデザイナーどうしの話ならそれでいい。でも、逆説を逆説と思わない人が出てくると始末が悪い。そのことを秋田さんは心配されているのだと思います。

マーケティングのプロたちが期待する付加価値としてのデザインを生み出す手法を拒否しても、デザイナーは価値を生み出せるんだ、という強い自負が、「デザインしないことをデザインする」という言葉の裏には存在してたんだと思います。でもノーデザインが付加価値になってしまった現在では、この言い回しの使い方を慎重にしないといけない。

「デザインしないこともデザイン」「デザインしすぎることもデザイン」「黙ってデザイン」「語ってデザイン」

大阪のおばちゃんたちにとってのデザイン、渋谷の女子高生たちにとってのデザイン、医療機器メーカーにとってのデザイン、デザイナーズウィークに出展しているデザイン、世の中にはいろんな「デザインへの認識」がたくさんあって、デザインする人はその違いを受け入れ、“次元が違う”といっていいほど異なるさまざまなデザインへの認識を軽快に横断しなくちゃならない。そのうちのひとつの方策が「デザインしないこと」であって、デザイナーがこのフレーズが最近の流行だからと逆説の危険を認識せずに使うのはやはりまずいことなのかもしれません。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-11-06 08:22 | Comments(4)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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