藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
2006年 04月 05日 ( 2 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
偶然、ロボット発表会へ
4月3日(月曜日)の話しです。

ようやく少し時間的な余裕ができたので、恵比寿のカッシーナ・イクスシーに借りていた商品を返却しに行きました。宅急便でもよかったのですが、天気もいいし、ワレモノだし、代官山にも用事があったし、散歩気分で出掛けました。
たまたま、カッシーナ・イクスシーの地下の貸しホールで、スピーシーズが開発したロボット「ITR」の発表会をやっていました。「世界初、わが家に棲みつく人型ロボット」。何なんだろう? 名刺も持ってなかったけど、受付で事情を話し会場へ。
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新聞社やTV局も来てていました。ロボットは高さ33センチ卓上サイズです。この大きさの二足歩行のロボットで踊ったり話したりするものは、今やそんな珍しいものではありません。

じゃあ何が新しいかというと、「第5のメディア」だというのです。ラジオ、テレビ、パソコン、携帯電話に続くメディアということ。出来る限り人に近い知性や運動能力をもったロボットを開発する発想でなく、ロボットを動いてしゃべる端末として利用するという発想です。「モーションブラウザ」と説明していました。InternetExploreのような通常のウェブブラウザはインターネット上の情報をディスプレイを通して写真や文字で閲覧するのですが、ITRではロボットを通して動きや音声で情報を閲覧するからです。
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携帯端末の「番組」を選択をする画面

ロボットが歌ったり踊ったり、英会話の教師になったり、ロボットが問いかけるクイズにマルかバツかで答えたり、落語をしたり……そんなコンテンツが「番組」です。

番組ですから基本的に内容は毎日変わることを前提にしています。番組選びは携帯電話でメニューを見ながら行い、選んだ番組コンテンツがインターネット上のサーバーからロボットへダウンロードします。

ふーむ、確かに面白い発想です。今までのロボットビジネスは「知性ある人形」としてロボットを売ろうとしてきたのですが、ITRのビジネスモデルはロボットをメディアの端末として広めていくものです。製造業型のビジネスでなくメディアビジネスなのです。mediaの単数形、mediumには霊媒師という意味があります。ITRは「世界初、わが家に棲みつくロボット霊媒師」と言ったほうがいいかもしれません。

しかし冷静に考えると──、誰がリビングのテーブルの上でロボットが踊っているのを見て楽しむのだろうのだろうか。たとえ日替わりダンスだとしても。ユーザー像が見えません。それに、立ちながら首や手などを話しの内容と関係なく動かすだけで落語と言われたら、落語家はきっと怒るでしょう。彼らにとって仕草も話芸のうちなのですから。

いっそ霊媒師なのだから占いに徹したほうがいいかもしれません。細木×子とかドクター×パとかが次々と降臨する。派手な動きで幸運を表現したり、意味深に仕草で深刻なこと言ったり。スターマンロボットというのもいいかも。今年9月上旬発売予定。予定価格は190,000円。

世界初と言うのだからこのありきたりな外装デザインは変更した方がいいと思います。かわいい系に徹してペット型にするのも手です。

技術が先行してコンテンツは後から考えましょうでは、インターネット冷蔵庫のようになる危険があります。あれだって冷蔵庫のドアについた小型ディスプレイでレシピの載ったホームページを見て主婦が料理しますとか「?」と思うようなことを平気で提案していましたし。キラーコンテンツをしっかり考えて世に問うべき。発想は面白いので頑張ってもらいたいものです。

【関連リンク】ITRの詳細はこちらで。スピーシーズのウェブサイト
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-04-05 23:47 | Comments(2)
 
限りなく透明に近いアキバ?
4月2日(日曜日)の話です。

国際秋葉原サミット「萌え立つアキハバラ・デザイン」を聞きに行きました。冒頭の森川嘉一郎さんの基調講演は、オタク文化への理解のない人たちがアートだデザインだ都市開発だと言って取り入ろうとするのをきちんと批判していて、さすがという感じ。しかし次のベルリン工科大学の研究者の基調講演はいただけなかった。

ヨーロッパでは一見建築の外観が同じで、建物の内部で何が起こっているか分からない。だから不透明。でも、アキバでは広告看板がビルを覆い尽くし、そこで何が起こっているか分かるから建築に透明性がある、と彼は言います。あまりに単純な物の見方です。

渋谷のラブホ街ではセックスが行われ、銀座ではドンペリがあけられ、アキバではフィギュアを漁ってメイドに酔いしれる。そうしたことは看板や建物のデザインでわかります。でも、その空間のコアな部分には簡単に立ち入れない。透明性の奥に、不透明な壁が設置されている。透明に見えて不透明──それが日本的空間であって、奥深さだと思います。石造りの建築に鉄の扉で入っていくわけではないけど、鉄や石以上の壁が何重にも用意されている。プライベートとパブリックの境界線の欠如や透明/不透明の関係は、パリの朝市やカフェ、アムステルダムの飾り窓あたりと比較するべきものです。アキバはもともと闇市から立ち上がるのですから。

秋葉原も渋谷も無数の欲望が渦巻く街なのです。再開発者の欲望だけを押し付けられてはたまりません。啓蒙なんか要りません。シンポジウムはメッセサンオーの社長の話は面白かったけど、参加者それぞれのズレが痛々しい。進行役の東大教授が辛酸なめ子さんに対して「辛酸さんと呼べばいいのかなかな、なめ子さんがいいのかな、呼び方が難しいですね」と言う、かなり下品な発言を聞きながら、途中退席しました。デザインミュージアムの行く末が思いやられます。

で、ラジオ会館見物をして、渋谷へ移動。大雨の中、友と待ち合わせて、19時からZガンダムの三作目を鑑賞しました。

TV版の複雑な人間&組織関係を全く整理できない編集はきわめてヒドい。ま、でも、それなりに楽しめました。ヒドいけどZは意味深い予言的な作品です。ファーストは第二次世界大戦のような全世界と全人類の運命を巻き込む戦争だったけど、Zの戦いは自分とは関係ないところで起こっている宇宙の痴話げんかのような戦争です。戦争の大義より個人の感情が優先されます。で、それがあまりに複雑で訳分かんない。テレビや新聞で報道すればするほど、透明性は高まるどころか、石油利権などが渦巻き真相が見えなくなるイラクとかアフガニスタンの戦争との距離感に通じるところがあります。

透明に見えるものの向こうに、実は何重もの不透明レイヤーが存在している。分かったと思えるような仕掛けなら、あちこちに張り巡らされている。しかし仕掛けを施した人たちさえも、そこで本当に何が起こっているのかは分かっていない。それこそ現代の都市やメディアの本質かもしれません。秋葉原で起こっていることもそのひとつのケースだと、僕は思います。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-04-05 01:17 | Comments(4)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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