藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
2006年 07月 25日 ( 2 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
ベルリンの塀
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もう1か月前の話なのにドイツネタが続きます。
ベルリンの壁は、日本語で正確に言えば「塀」じゃないか。
ドイツ出張の時、編集者とクルマに乗りながらそんな話をしました。一般に「塀」は敷地を囲うもの。「壁」は建物の四方を囲い外と内を隔てるもの、もしくは建物の部屋と部屋を分けるものです。粋な黒塀、見越しの松に……というのはお屋敷を囲う黒い塀です。

しかし帰ってきてネットで検索してたら、答えが見つかりました。
「壁」とは越えられないもの、もしくは越えがたいものだというのです。壁にぶつかるって言い方の壁です。
確かに「塀」と聞くと、梯子とか持ってきたり、アニメのヒーローくらいのジャンプ力があれば(ふつう無いけど)、ひょいっと乗り越えられるものを想像してしまいます。大名屋敷の塀の上を鼠小僧がつつつーっと走っていくイメージです。
「ベルリンの塀」と呼ぶと簡単に乗り越えられそうです。ですが、実際は越えようとした人たちが撃ち殺されたわけで、これはやっぱり「壁」なのです。ま、今は無事「塀」となって観光名所にもなっているわけですが。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-07-25 22:42
 
組織の個性
「自分の個性や潜在能力を発揮したい」という思いをかきたて、その実現の可能性を示してくれる組織より、「社会に役に立ちたい」という思いを引き出すことのできる組織のほうが、組織として強いし、最終的に個性的になりうる。

前者は組織の個性を一部の人間に頼りすぎてしまう傾向がある。成功している時はいいが、才能ある人間が組織を去った時に苦慮する。後者はクリエーティブな才能の有無に関わらず、構成員全員が組織の個性を形作ることができる。

後者はあくまでも社会のために役に立ちたいという思いで、自分の組織のために役立ちたいというのとは次元の違うものである。社会のためという地点には「倫理性」の問題が立ち上がるのだ。

継続的かつ組織的な「倫理性」の追求は、ゆるやかで包括的なクリエーティビティを生み出す。企業だけでなく学校もスポーツも…。

──朝日新聞朝刊に載っていた経済学者の岩井克人さんの話を読んで、こんなことを考えました。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-07-25 19:30


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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