藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
2006年 08月 16日 ( 1 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
デザイナーズ・アノニマス
有名デザイナーに推薦してもらったアノニマスデザインを「デザイナーズ・アノニマス」と名づけましょう。とすると、有名デザイナーが推薦する普通のデザインは「デザイナーズ・ノーマル」か?

デザイナーズマンションとかデザイン家電とかに、いささか飽きが来ている時代に生まれた、非常に現代的なレトリックです。「無名なデザイナーが一押しのアノニマスデザイン」展とか「普通の人がセレクトした普通の品物」展じゃお客さん入りませんよね。深澤さんだから、ジャスパー・モリソンだから、人は耳を傾けてくれます。で、鋭い人はそのレトリックに微かな矛盾を感じとり、オヤッ?と思って関心を持ってくれるのです。

矛盾は、バランスを欠くと瞬く間に胡散臭くなります。しかし微妙な力がうまく働き合うと、相反する要素が二重三重の多層構造に転化し、豊饒な世界を作り出します。

「結局セレブリティビジネスじゃん」と言われないようにするためには、ひとえに「優れたデザインは常に良心的である」という大前提を崩さないことにかかっていると思います。グッドデザインのグッドが美的である以上に倫理的なものならば、それを生み出すデザイナーはいつでも信頼できるってことになりますから。

こうも言えます。胡散臭さと良心的であることは紙一重です。ほら、スタルクとかコラーニとか。他にも名前を挙げたい日本の建築家とかデザイナーとかたくさんいるけど勇気がなくて書けません(褒めてるつもりですが誤読されそうで)。

アノニマスデザインを問うことは、無署名の讃美ではありません。僕自身、無署名原稿は絶対に書きたくない。(うっ、でも、ごくたまにギャラに誘惑され広告の無署名やってますが)。書き手としての責任をきちんと表明したいのです。『CasaBRUTUS』のように原稿に「Keiichiro Fujisaki」と英文でしかクレジットされないのも、なんとかして欲しいと思っています。日本語で原稿書いてんだし、日本の雑誌に日本語表記されないなんてUAがウーアと書かれてしまうようなものです。それくらい署名にはこだわってます。

アノニマスデザインを問うことは、倫理をデザインに引き寄せる術なのです。

と言っても、善玉デザイン礼讃は僕の好みではありません。これは少しばかり危険なことです。ヒトラーのように退廃芸術、退廃デザインとレッテル張りに腐心する連中は現れてきそうで。歌舞伎町の景観だって見ようによっては美しいのです。

僕が尊敬するのは、善悪の彼岸に自分を押しやり、常識とされている倫理や道徳の土台を問うことのできる人です。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-08-16 19:46


Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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