藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
2008年 11月 09日 ( 2 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
地球がひっくり返る直前の光景
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関根伸夫さんの「位相 - 大地」が、多摩川アートラインプロジェクトの一環として再制作されていると聞いて見に行きました(11/9まで)。若い頃、幾度となく『美術手帖』誌上で、村井修さんが撮ったこの作品の写真を見て、イメージとタイトルが目に焼きついていました。けど何がスゴいのか分かりませんでした。

「位相 - 大地」のオリジナルは、1968年10/1から11/10に神戸須磨離宮公園で制作されたもの。現代美術に通じている人は誰もが写真で知っているけど、ほとんど誰も実物を見たことのない伝説的な作品です。

40年ぶりの制作です。設置場所は東横線・多摩川駅近くの田園調布せせらぎ公園。本日11/9に、同公園内のクラブハウスで、関根さんのトークがありました。
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「位相 - 大地」は初めてつくった彫刻作品だったそうです。20代半ば、関根さんは位相幾何学に興味を持ち、半立体の作品を制作していました。作品を毎日美術展の応募したところ、平面絵画部門にエントリーしたはずが、係員の手違いで、立体部門で賞を受けてしまいます。それで、神戸・須磨の野外彫刻展に招待されることになりました。

彫刻などやったことない。まして野外。どうしよう。山手線2周して考え抜いたそうです。そして「地球を裏返してみよう」というコンセプトが生まれます。位相幾何学の発想です。大地にひとつ穴を空け、地球の中身を全部抜く。空洞化して地球はゴムまりのような状態になる。ゴムまりには外側と内側の面があります。穴から内側の面を押し出すと、地球の内と外はひっくり返る──。その穴なのです。大地の丸穴は。

もちろん実現不可能です。関根さんは思考実験といいます。理論物理学が仮説を組み立てて、真実に迫ることを試みるように、頭の中で地球を空洞にしてひっくり返す。「全部ひっくり返さなくても、どうなるかわかる。だから途中でやめた。寸止め。地球が裏返る直前の風景なんです。でも、そのことは見事に誰も分かってくれなかったですね(笑)」

人を圧倒したのは、土の塊の力でした。「土の塊が出来上がった時、私も驚いた。ものの力に地球を裏返すというコンセプトが一瞬飛んじゃった」と。円筒と丸穴は、マッス(量塊)とヴォイド(空洞)、ポジとネガの対比をなし、「もの」の存在と非存在がエネルギーを放ちます。
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この作品を契機に「もの派」が生まれます。素材を何かをつくる手段でなく、素材を主体として現前させる現代美術の運動です。1960年代末、関根さんと問題意識を共有する現代美術家たちが、新宿の喫茶店トップに集まり、1年以上かけて「西洋近代主義をいかに超克するか」というテーマを中心とした議論を重ねた末に、「もの派」が起ち上がります。理論面でリードし、もの派のプロパガンダ役を務めたのは李禹煥さんだったそうです。もの派という名は、彼らが自ら命名したわけではないそうです。「ついちゃったものはしょうがない」と関根さん。

それにしても、地球を裏返すという思考実験をやってみて、結果的に、「思考」とは対極の位置にある「物質」のエネルギーを顕現する作品が生まれたのは、面白いことです。しかもそれが「もの派」の誕生の契機になったという話は、「もの」って一体何だろうということまで考えさせられます。「ものは単に物質でないところが日本語の深いところ」と関根さんもおっしゃってました。
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再制作も迫力がありました。憧れていたスターを実際この眼で見る気分。けど正直、実物を見たら幻滅すると思ってました。んなことは、ありませんでした。何がスゴいのか、作品を見て、話を聞いて、少し分かった気になりました。

明日月曜日に穴を埋め、元に戻してしまうそうです。ものだけど、ものであることにこだわっていない。物質というか、現象。物の怪とか物悲しいとか、日本語の「もの」って、ファントム的な現象とか、場の空気みたいなものまで指すんですよね。

40年前の写真は、ものの力を捕らえていたのだと思います。物質的な土のエネルギーだけでなく、地球がひっくり返える直前の、一瞬歪んだ場の力まで捕らえた証拠写真だったから、この作品は神話化されたのかもしれません。

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8日後、元に戻ってしまっていました。葉っぱが色づき、光はもう晩秋のそれでした。11月17日追加。
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-11-09 20:36
 
コメントありがとうございます。
秋田寛様
コメントありがとうございます。いささか長文になりますので、字数制限のあるコメント欄でなく、こちらに返事を書きます。

ネットの片隅で、ジャーナリストがいささか煽り気味に書いた批判的な意見に対して、真摯にコメントしていただき、器の大きさに感服いたします。

僕が実名で、作家の名前を挙げて批判的意見を書くより、自分に対する批判的意見に実名で対応するほうが数倍勇気のいることだと思います。

当該記事の、onishiさんからのコメントを読んで、「INADA Stone Exhibition」のプロジェクトが、稲田みかげ石の石材業者の方々に喜びを与えてることを知りました。デザインの力だと思います。

今回は事務方との、ボタンの掛け違いがあったようですね。残念ながら、今年の六本木の展示では、著名なデザイナーたちとコラボレーションすることによって生まれた「ものづくりの楽しさ」が、うまく伝わらなかったと思います。次回はガツンとそれを伝えてもらいたいです。

僕はデザインの力を信じています。しかし、信じすぎはよくないと思っています。「3歩進んで2歩下がる」くらいのペースで、デザインの力を世の中に広めていければいい。

今、デザインは広がっています。デザイナーの社会への影響力も大きくなる一方です。しかし、今は前へ前へどんどん進んで、多くのデザイン関係者が、2歩下がることを忘れがちになっているような気がします。

デザインという言葉は濫用ぎみです。3歩進んだはずが、ブームが去ればデザインという言葉は胡散臭い響きになり、3歩下がって進歩なし、ということになりかねません。4歩下がってしまう怖れすらあります。

みんなが前へ前への時に、2歩下がるのは勇気がいります。デザインジャーナリストの役割は、デザインの広がりを世に伝え、さらなる拡大のお手伝いをすることだけでなく、言葉の力で、熱した拡大欲に冷や水を浴びせ、みんなが立ち止まって、考えたり議論するキッカケをつくることだと考えています。2歩下がって、持続可能なデザインの領域拡大を図る──。最後はデザインもアートも科学も工学も総動員して、創造の力で世界を変えたい。

そう思っていますから、ネットの片隅の批判的意見に、立ち止まって、しっかり耳を傾けて、レスをいただけたことに、深く感謝します。ともに力を合わせて、デザインの力を盛り上げられることができれば、とても嬉しく思います。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-11-09 00:52


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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