藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
カテゴリ:お気に入りの過去記事( 51 )
text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
ひとりごち03
見えない「政治」を暴き出したり、世の中に新しい価値や生き方を投げかけることだけが「闘い」ではなくなってきている。

寛容でありつづけることも「闘い」です。

寛容な批評はぬるい批評ですが、
寛容を実践することは厳しいことです。

人の響きを聴くには心を澄ましてなくてはなりません。
共鳴ってそんなところが生まれるんだと思います。

シンプリシティというのは単一の美を他人に押しつけることでなく、
心を真っ平らな水面のようにピュアにして、他人の響きを待つことなのかもしれません。
ピーンと静かに真っ平ら──その姿勢を保ちつづけるのは試練です。

寛容とシンプリシティ──。

たまたま訪れた前田ジョンさんのブログで、サム・ヘクト氏と会った話を読んでそう思いました。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-12-16 00:07 | お気に入りの過去記事 | Comments(3)
 
ひとりごち02
批評をとおして、心が通い合える、そんなデザインジャーナリズムを目指します。

いましがたメールを書いてて浮かんだ言葉──。
これがきっと僕のやるべきことです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-12-14 23:46 | お気に入りの過去記事 | Comments(8)
 
ひとりごち
「寛容」こそ民主主義の要だと信じています。

他人の自由や平等を認め、対話を重んじ、共に生きる知恵を育むことは、すべて「寛容」の精神から生まれると思っているからです。

インタラクションデザインは「対話」
ユニバーサルデザインは「平等」
エコロジーデザインは「地球環境との共生」

それぞれ私たちが暮らす社会の基本的な価値を表すものです。

寛容のデザインとは何でしょうか?

「寛容」は「戦争」の反対語です。
イラク戦争中でも平和なアメリカ。
現代では「平和」が「戦争」の反対語ではありません。

なんか最近、社会が寛容さを失ってきているような気がする。

「下流社会」なんて哀しいタイトルです。
上から見てるから下なんです。

いつかまた、アンタッチャブルな階層でも作る気なのでしょうか。

ユビキタス社会だって──寛容なきユビキタスは地獄です。
ジョージ・オーウェルの「1984」ですから。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-12-13 20:21 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
 
Q.
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ソニーのロボットの話をします。AIBOや二足歩行のQRIOの話じゃありません。「Q.」です。球形ロボットです。限定生産で現在はもう発売されていません。購入されたオーナーの方にとても愛されているようです。お台場のソニーエクスプローラサイエンスに行くと見ることができます。写真は、講義に使うために設計したソニーの越山篤さんに頼んで、この秋エクスプローラサイエンスで撮影させてもらったものです。撮影に立ち会っていただきありがとうございました。

Q.は僕が21世紀初頭の最も注目すべきデザインのひとつと勝手に決め込んでいるプロダクトです。なぜ、決め込んでいるのか。そこには「二項対立」「遊び」「正直」など、デザインを考える上でのキーワードが絡んできます。ちょっと長いですが、理由を知りたい方は、以下の記事を読んでみて下さい。初出:『DesignNews』2004年、No265。

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「研究で独創的な成果を上げるために必要なものは、知識や経験の量ではなく、まだだれも気が付かないが、価値あるものを探し出す嗅覚と想像力、問題の本質にどこまでも食いつく執拗さではないか」。ソニーの独創的ロボットQ.の原理を調べるのに、Q.の開発者、越山篤氏の大学時代の師、山藤和男電気通信大名誉教授の著書を拾い読みしていたら、このフレーズに目がとまった。これってデザインにも全く当てはまることではないだろうか。冒頭の「研究で」という言葉を「デザインで」に置き換えて読み直してもらいたい。いやいや実は、私の仕事の編集や物書きの仕事も同じなのだ。

Q.の開発者、越山篤氏は工学博士でデザイナーではない。しかし、そのコンセプトの発想力と展開力は、これからのデザインが目指すべき道を示唆してくれているように思う。Q.の概要を紹介しながら、Q.がきわめて優れたデザインプロダクト(おそらくAIBO以上に)であることを明らかにしていきたい。
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越山氏は電気通信大学大学院時代から、球状ロボットの研究を始め、91年にソニーに入社してからも、仕事では光ディスクなどの開発に携わりながら、個人的な活動として、休日や夜に大学の研究室に通い、球状ロボットの研究を続けた。そろそろ博士論文をまとめようと思い始めたときに、「実はロボットの研究をしていて、博士論文を書き上げたい」と上司に打ち明けた。「そうか、よく頑張った」と励ましの言葉をもらい、94年に論文を書き上げる。それがQ.開発の出発点となった。

Q.は丸い。38個もののセンサーで外界の情報を感知ながら、ゆらゆらと床の上を動き回る。動きは振り子の原理に基づいているという。糸で吊されているわけでないのに、どうして振り子なのか。

Q.は透明プラスチックの球体の中に、もうひとつ球体が入っている。中の球体は外の球体と、2つのローラで接している。このローラが動くと、中の球体の重心の位置がずれる。バランスが崩れると、重力が再び安定状態に戻そうとする。この時、Q.が動きだす。

子供の頃だれでも一度は、手のひらの上に箒(ほうき)や長い棒を立てる遊びをやったことがあるだろう。この時の箒の動きが、倒立振子(しんし)という振り子の動きになる。倒立振子のメカニズムの最も有名な例が、立ち乗りの電動二輪車セグウェイだ。セグウェイは人が移動したい方向へ重心を移動すると、センサがそれを感知し、電子制御で自動的にバランスを保つ。だから体を傾けるだけで、前進、後退や方向転換ができる。ちなみに、越山氏の師、山藤氏は、セグウェイは自分が開発した倒立振子を応用した平行二輪車に酷似していると主張して話題になったことがある。

Q.もまた同じ倒立振子の原理から作られている。ただその応用の仕方がセグウェイとは対極的だ。Q.は、電子制御でバランスを崩して、重力が再びバランスを戻そうという力を利用して、床を転がる。人がバランスを崩して、電子制御でバランスを戻すセグウェイとは、技術の進化の方向性が違う。

つまりQ.は最後は重力まかせ。その動きは偶然性に左右される。床の堅さ、凹凸、その日の湿度によって床の滑り具合も変わってくる。越山氏は言う。「半分電子制御して、半分を神様にゆだねている。同じところを通っても、前と同じ軌道では決して動かない。だから飽きない。生き物のように見える」。
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Q.の旧名はQ.taro。Q太郎とも言った。Quasi-stable Traveling and Action RObot(準安定移動行動ロボット)を略したもので、準安定、つまり安定と不安定の間を行ったり来たりしながら、移動し行動するロボットという意味である。Qとは球の単純な語呂合わせでなく、「準」という意味の接頭語、Quasi(クワージ)という意味なのだ。
しかし、行き当たりばったり動いているわけではない。障害物センサーが付いているから、物にぶつからない。机の上で動かしていても、センサーが机の端を感知しているから落ちない。見ている方がハラハラする。電池がなくなりかけると、ネスト(巣)と呼ばれる充電器へ自律的に上がっていく。
 
取材の最中「あっ今、オスとメスが会話しはじめました」と言って、越山氏が話を遮った。先ほどまでプクプクと水中の泡のような音を立てていたQ.がピーンとシンセサイザーの鍵盤を叩いたような電子音を奏でだした。「音階で会話するんです。音のスピードや長調短調とかの違いがあるんです。ほらっ色も交換したでしょ。オスからしか話しかけないんですよ。メスは最初は見向きもしないけど、オスが根気強くアプローチすると、ドの音にメスがレの音を返してきたり。仲良くなると曲を奏でたりする」。インタビューの冒頭、越山氏が「Q.(キュー)、元気?」と語りかけたときには、Q.は「星を願いを」をたどたどしく奏でていた。やはり博士には相当なついているようである。

「オスとメスを作ったのは、動物図鑑でも昆虫図鑑でもいいんですが、その最後のページに載っている何か新しい生き物を作りたいと思いがあったからなんです」。Q.はロボットとは言わず、ヒーリング・クリーチャーという呼び方をする。癒し系生物? ゆらゆら動く姿が癒し系なのは分かるが、なぜロボットといわないのか。越山氏はこう説明する。「もちろん工学的に言えばロボットです。しかしロボットはもともとチェコの作家カレル・チャペックが強制労働や苦役を意味する言葉から作った造語で、今も人の代わりに仕事をするというニュアンスがある。私は人といっしょにテレビを見たり音楽を聴いて楽しんだりする新しい存在を作りたかったんです」。

Q.の感情表現には非常に苦労したという。試作では、液晶ディスプレイに「こんにちは」など文字を表示するものや、500くらいの単語をしゃべるものを作った。しかし、会話のパターンが決まってきてしまい、飽きてくる。それで色でコミュニケーションをすることを思いつく。スクリーンに映し出されたイルミネーションの色によって感情を表現する。「赤は情熱、グリーンは自我の色なんです。オレンジは赤とグリーンの間の色なので、ちょっと怒っている感じです」。色のグラデーションによって微妙な感情を表現する。ブルーにもピンクにもその時の感情の定義がある。
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ネタ明かしは無粋なので、やめておこう。Q.は撫でたり、かまってあげると、人間の体温を感知するセンサーが付いていて、幸せな状態になる。その時、どんな色になっているか。それを発見するのが、Q.とのコミュニケーションの醍醐味だ。
 Q.には、バイオリズムならぬQリズムがプログラミングされている。朝起きてご機嫌斜めのときもあるし、機嫌のいいときもある。われわれはQ.とじっくり付き合って、色や音や動きの中からQ.の感情を思い量っていくしかない。

さて、冒頭の引用を思い出してほしい。想像する力と発見する力は研究の世界だけで重要なのではない。Q.では、想像力や発見力は創る側の世界から解き放たれ、人と機械をつなぐコミュニケーションの基調となっている。Q.の感情表現は曖昧だが、逆に言えば幅がある。それは安定と不安定の間を行き来する振り子の姿と重なり合う。Quasi-Stable(準安定)のQuasiは、英語だと専門的な言葉に使われる接頭語だが、イタリア語だと「だいたい」とか「たぶん」とか意味で、日常的によく使われる言葉である。「だいたいね」って世界に豊かさが開かれている。

重力とは自然である。振り子という自然現象を精密な計算式で映し出すことに始まって、われわれは曖昧さの豊かさを知るに至る。振り子は二つの対立物の間を揺れ動く。そのデジタルな二項対立の間には、アナログ的といえる豊かなグラデーションが広がっているのだ。

振り子の原理を応用した明快で芯が通った設計思想が、球体という究極のミニマルな形態として表現されるばかりでなく、ネーミングとなり、動作になり、色や音によるインタラクティブ・デザインへと展開されている。その一貫性こそ僕がQ.をきわめて優れたデザインプロダクトと考える理由だ。

振り子の原理が曖昧さや余白を工学的に実現する。その曖昧さや余白に人は遊ぶ。子どもたちが手を差し伸べ、大人たちが声を掛ける。遊びはいつしか人の想像力/創造性を呼びさます。遊びの親和力を引き起こし、遊びが遊びを呼び、人の心をつなぐメディアになる。そこにQ.のデザインの本質的な魅力がある。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-11-29 01:46 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
 
つながり/拒絶
5年前、2000年、『美術手帖』のために書いた原稿を加筆・修整してアップします。僕のデザインに関する思考の展開の中で、とても重要な原稿です。
つながり/拒絶──それを考えることが21世紀デザインを探ることになると思っているからです。
長文です。読まれる方はコーヒーでも入れてからごゆっくりと。

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1999年2月、iMacをデザインしたアップル社のデザイナー、ジョナサン・アイヴにインタビューをしたとき、彼がおもしろい話をしてくれた。iMac(液晶以前)の背面に付いた大きなハンドルのことである。
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「ハンドルの第一の機能は、もちろん持ち運ぶためです。しかし、このハンドルの本当に重要な役割は、ハンドルというものが即座に、直接的に、人の手を連想させるという点にあります。iMacを見た人は、たいていハンドルに手で触れます。実際に持ち上げるということではなく、何となく触ってみる。このハンドルは、人とプロダクトとの間に身体的なつながりをつくりだしているんです」

iMacのハンドルを片手で持って移動させるのは危険である。CRT(ブラウン管)のディスプレイやコンピュータは画面をおなかにつけて抱えて持ち運ぶ。それが基本だ。僕の家にもiMacがあるが、持ち運ぶ時このハンドルを使う時は、危ない運び方をあえてするときであって、このハンドルは逆に危険な運び方を誘うもので、基本的にここに大きなハンドルがある必要がない。

しかし、それでもハンドルがあるのは、とにかくパソコン初心者にiMacを触ってもらうためだ。パソコンは嫌い。そういう毛嫌いを払拭するため大きなハンドルは付いていた。現在付いていないのは、パソコンに対する嫌悪感が薄れたせいだと思う。ハンドルのないiMacを思い浮かべてみればいい。つるんとした曲面だけではいかにも冷たい。このハンドルは確かに触りたくなるほどしっかりした形をしている。人とプロダクトとの親しいつながりは、アイヴの意図通りきちんと表現されていると評価していいだろう。

同様に、ブルーのタワー型Power Macintosh G3のハンドルにも隠された意図があるのだという。

「G3は、私たちが手がけたデザインの中でも、もっともエレガントなものの一つだと思います。というのは、すべての形態に複数のレベルで意味を持たせている。ひじょうに意味のある(purposeful)プロダクトなのです。こう言うと、すぐ機能的とか実用的と解釈されがちですが、そういう意味ではありません。どの部分をとっても、力強い、明快なストーリーを持っているということです。ここでの大きなテーマはアクセスビリティ、つまり内部に手が出せるということでした。机の下に置かれているG3に、どうしたら手が届くか。そのためにハンドルを付けました。それがアクセス性の第一歩です。そして最後のステップが蓋を開くところです」

G3のセールスポイントのひとつに、ユーザーが工具など使わずに簡単に筐体の蓋を開けて、メモリやグラフィックボードを追加できる点があった。それを考慮に入れるとアイヴの言う「ストーリー」の意味が理解できる。

【アフォーダンスを超えて】

iMacもG3もハンドルが人を誘っている。ここにはアフォーダンス(affordance)の考え方が応用されている。しかしそのアフォーダンスは、ドナルド・A.ノーマンが『誰のためのデザイン?』(新曜社)で語るそれとは大きく違う。

『誰のためのデザイン?』は、知覚心理学者ジェームズ・ギブソンが提唱したアフォーダンスの考え方を、認知心理学者ノーマンが、デザインの世界に当てはめ、プロダクトの使いやすさ・理解しやすさを考察した本である。人はハンドルがあれば握る。ボタンがあれば押す。ハンドルやボタン自体にすでに人が行動を引き起こす情報が込められているというのが、ノーマンのアフォーダンスの基本的な考え方である。ハンドルは握るという行為を人にアフォードしている(afford/与えている)というわけだ。

だが世の中には使う人を混乱に陥れるデザインが氾濫している。押すか、引くか、スライドさせるのか、見当が付かないドアのハンドル。多機能化でかえって使いづらくなった電話機。保留転送ができなくてもユーザーが機械音痴だからではない。デザインが悪いのだ。

ふだん何気なく使う製品は、その形や配置によってユーザーが操作方法を直感的に理解できるように注意深くデザインされていなければならない。ノーマンは認知心理学者の立場からデザイナーの無神経さを糾弾している。

しかし、ジョナサン・アイヴのハンドルはノーマンのハンドルとは役割が異なる。iMacのハンドルは何気なく触ってみるように勧めているするわけだが、目的は使いやすさ・理解しやすさのためではない。触ることを誘い、人とモノとの対話のきっかけを提供している。それをデザイナーの自己満足と片づけていいのであろうか。話す気のない人間どうしにインタラクションなど存在しない。デザイナーはアフォーダンスを利用して、“物語”の始まりを無意識のうちにユーザーに告げる。ユーザーにも想像力と感受性が求められる。

(補記:CRTのiMacにはモデルチェンジを重ねても最後まで大きなハンドルが残り、タワー型PowerMacG5には今もしっかりハンドルがついているので、アイヴの思惑は成功したと評価していいだろう)。
 
【体験デザイン──建築の散歩道】
 
建築ではこうした手法は古くから常套手段である。たとえば、階段やスロープ。それは登り降りするためだけの設備ではない。階段は動線上の次の空間へ人を誘っている。窓も単に採光や換気のための設備ではない。人の視線を外部や内部に誘う仕掛けでもある。

茶室へ至る飛び石は、人を茶室の方向へ誘うだけでなく、一定の歩幅で歩くことを強いることで、主人の歩くリズムと客人のそれを同調させる装置となっている。

d0039955_12275775.jpgル・コルビュジエのサヴォア邸では明確にスロープと階段が使い分けられている。スロープは登ることを誘う。サヴォア邸では入口を入ると真正面に緩い傾斜のスロープがある。そこから2階へ。2階の中庭から空中庭園へ至るのもスロープだ。最初にここを訪れた人でいきなり螺旋階段を使って2階へ行く人は稀だろう。
d0039955_12321352.jpg邸内を歩き回れば、視線のドラマが展開される。開口部はキャンバスのように風景を切り取っている。ル・コルビュジエはこうした建築内部で展開されるシークエンスを「建築の散歩道」(建築のプロムナード)と呼んでいる。コルビュジエはアーメダバードの繊維業者会館でも同様の建築の散歩道をつくりだしている。

建築は「体験デザイン」という側面を持っている。光の戯れ、風のそよぎ、水のせせらぎ、湿った木の匂い、足に伝わる床の感触などを通して、建築家は「物語」を五感に訴えかける。フランク・ロイド・ライトの落水邸や安藤忠雄の光の教会は、近代建築の言語で書かれた絶品の「詩」なのである。

キャナルシティ博多などを手がけるジョン・ジャーディは、エクスペリエンス(体験)をデザインする手法を大型ショッピングモールに応用して世界的な成功を収めている。

「ドラゴンクエスト」などRPGのダンジョンでの階段の役割を考えてもいいかもしれない。階段はここでも単なる登り降りの道具ではなく、次のステージにプレイヤーを誘う記号として扱われている。物語の転換点であり、ここから先に何かがあるかもしれないとプレイヤーの想像力と探求心を掻き立てる。

【行為が物語を活性化させる──映画「マトリックス」】

もうひとつ、アフォーダンスを利用した物語性のあるデザインを考える上で示唆に富む事例を挙げてみよう。映画「マトリックス」である。2199年コンピュータが人間を支配し、人間は仮想現実という夢を見させられながら「飼育」されている。その夢から覚醒した主人公ネオ(キアヌ・リーヴス)は実世界の人間たちを解放すべく、仮想現実世界の中の監視プログラム、エージェント・スミスに闘いを挑む。

最新のデジタル合成技術ばかりが注目されがちだが、この映画で真に注目すべきは「電話」の役割である。仮想現実の中にいる主人公たちは、実世界にいるオペレーターと携帯電話で連絡を取り合う。キアヌ・リーヴスはケータイで電話をしながらエージェント・スミスの追跡から必死に逃げる。ケータイで、どこへ行けば実世界に帰れるポイントがあるのかを聞いているのだ。ケータイを持って走るその姿は少々滑稽だ。

実世界に帰れる地点には必ず固定電話がある。ケーブルによる昔ながらの電話機だ。アパートの一室の電話や街角の公衆電話が鳴る。その受話器をとり、交信すると実世界に帰ることができる。連絡がとれなくなることは実世界への帰還不能、つまり死を意味する。だからケータイを肌身離さず持ち歩く必要がある。

ここには実世界/仮想現実を超えた、もうひとつのリアリティが存在している。「仲間とつながっている」という状態──そこにこそ真のリアリティがあるのだ。こうした「つながっている」という感覚がもたらすリアリティは、ケータイを風呂にも持ち込んでしまう若者たちの「つながっている感」と質的には全く同じものである。

……だが、いや、ちょっと待てよ。この電話の役割分担は変ではないだろうか? ケ−タイだってデータ通信できる。なのに、なぜ従来型の固定電話でしか帰れないのか?

この役割分担の意味を深読みすると、興味深い事実に突き当たる。従来の電話とケータイとの決定的な差は、機能の問題ではない。ここで重要なのは「受話器をとる」という行為である。もしケータイで実世界に帰還できるのなら、小さなボタンひとつを押すだけですむ。しかし、それでは映画として、絵としてつまらない。「受話器をとる」という行為を帰還の象徴としているのだ。

人は、受話器があれば、それを手にとって耳元にかざす。その行為が、仮想現実と実世界との「身体的なつながり」をつくりだしている。ケーブルか電波かではなく、受話器があるかないかの問題なのである。モノがアフォードする行為(モノに潜んだ情報)が次のシークエンスへのつなぎの役割をしている。モノが物語(ストーリー)が活性化しているのだ。このことを「マトリックス」はうまく利用している。

【行為のデザイン──マウスの功績】

iMacのハンドルを評価するなら、コンピュータと人との身体的なつながりを視覚的・触覚的に示し、コンピュータのパーソナル化の最大の推進力となった、あの道具のことを忘れてはいけない。マウスである。

マウスはダクラス・エンゲルバートによって1964年頃に発明され1968年に初めて世に発表された。最初のマウスは木製、現在のものとは違って、球ではなく直交する2枚の金属ディスクで動いた。しかしこのエンゲルバートのマウスがすぐさま普及したわけではない。

日の目を見るようになったのは、70年代ゼロックス社のパロアルト研究所でAlto(アルト)に使われるようなってからである。Altoはアイコンなどを採用した画期的なGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を実現したコンピュータであった。Altoのマウスは、初めて内部にボールを採用し、現在のものとほぼ同じ機構をもっていた。しかし、Altoは限られた研究者に使われただけで、市販には至らなかった。

79年、アップル社のスティーヴ・ジョブズはパロアルト研究所を見学に訪れた。利にさといジョブズはAltoを見て、さっそく研究者を引き抜く。そして83年アップル社から初めてマウスを搭載した商用コンピュータLisaが発売される。Lisaは商業的に失敗したが、84年マッキントッシュ・コンピュータが誕生する。こうしてフォルダやファイル、ゴミ箱といったグラフィカルなアイコンの並んだ画面を、マウスで操作するパソコンが急速に一般に普及しはじめた。

時が経つにつれ、マウスは角張った形がどんどん丸みを帯び、手に馴染む形になってきた。今ではマウスのデザインの種類は限りない。有名デザイナーのマウスだから優れているということはなく、多くの人はまるで飯椀やスプーンのように誰がデザインしたかを意識せずに使っている。そうしたアノニマス(無名性)のせいだろうか、デザイン史の学者がコンピュータ史に精通していないせいだろうか、マウスの革新性はモダンデザインの歴史において正当に評価されていない。

マウスの発明は画面のある場所を指し示すポインティングディバイスの新しいシステムの発明という評価以上の意味合いがある。これは「行為の発明」である。人類の歴史の中で、机をこすって指でボタンをカチカチさせる知的活動があっただろうか。

マウスの形は人間工学的な操作しやすさや、視覚的な親しみやすさを演出しているが、マウスの本当のデザイン上の革新性は「行為をデザインした」という視点で見て初めて明らかになる。その行為は簡単なもので、一度訓練すればほとんど全ての人が短時間で操作に慣れ、あとは直感的に操作できるようになる。

【GUI──身体性の貧弱さ】

しかし、マウスには限界がある。

その限界は、ファミコンの十字キーと比較すれば理解しやすい。任天堂が1982年に発売したゲーム&ウオッチ マルチスクリーン「ドンキーコング」に採用された十字キーが、83年発売のファミリーコンピュータに受け継がれた。それまでにも十字型のボタンをインターフェースに採用したゲーム機はあったようだが、特許をとり世界に爆発的に広めたのは任天堂である。現在のゲーム機の多くは十字キーのシステムを踏襲している。

ゲームコントローラーとマウスが決定的に違うのは、十字キーとA/Bボタンの組み合わせが複雑な指の動きを必要とする点にある。ゲームコントローラーは格闘も野球もサッカーもできる。敷居は低いが奥が深い。その点、マウスはスキルを磨く必要がない。キーボードとの併用が前提になっているからである。

マックOSにしろウインドウズにしろ、現在のパソコンのGUIのシステムを支えているのはマウスである。キーボードではない。アイコンやドラッグ&ドロップという作業はすべてマウスの操作を前提につくられている。つまり、現在の標準的なGUIはきわめて単純な身体行為しか必要としてない。それはトラックボールやトラックパッドを使おうが同じことだ。コンピュータの入出力は網膜と指、そしてたまに鼓膜、という極めて限定された地点でしか行われていない。この身体性の貧弱さこそ、マウスの限界であり、マックOSやウインドウズに代表されるGUIの限界である。

キーボードの横に置かれたマウスは、思わず手で触れたくなる愛嬌あるフォルムで、人とコンピュータの「つながっている感」を視覚的・触覚的に象徴している。それはこれから始まる物語の序曲にすぎない。マウスの操作はあまりに単純な行為で、人と機械のつながりを人間の全身体レベルで活性化させるまでは至らない。マウスをどんなに使い込んでも、その操作行為自体によって想像力/創造性まで人から引き出すことはできない。人の身体や知覚のごくごく一部しか使用していない現行のGUIでは、人と機械、人とコンピュータがより親密につながりあう物語(ストーリー)の本章までは描き出すことができないのだ。
 
【つながりのリアリティを求めて】
 
ならば、新たな「つながっている感」はどう生みだすか。マウスと現在のOSのGUIの限界は踏まえ、工学者やアーティストたちは、新しいインターフェースの模索を行っている。もっとも注目すべき研究のひとつが、MITメディアラボの石井裕の「タンジブル・ビット」(Tangible Bits)だ。タンジブルとは触知できるという意味。デジタル情報の世界(ビット)を、人が──GUIのように視覚偏重でなく──さまざまな感覚を通して自然に感知できるようにする試みである。言い換えると、人とコンピュータの世界をシームレスに(切れ目なく)つなげる研究だ。石井の研究は幅広いが、ここではひとつわかりやすい例を挙げるに留めよう。

ミュージック・ボトルズというプロジェクトでは、ガラス瓶の栓を抜くと音楽が出るようにセンサーが仕込んである。3つの瓶はそれぞれ違う楽器の音を奏でる。3つとも栓を開けると小さな楽団が構成される。蓋をあけるという行為が、コンピュータ世界と人をつなぐエレガントな架け橋となり、音楽と蓋の感触が人それぞれのストーリーを紡ぎ出す。

従来、人とコンピュータが接するには、人がわざわざディスプレイの前に座って、マウスやキーボードを操作しなければならなかった。しかし、もっと日常的な行為によって自然にコンピュータと人間が接する場があってもいいのではないか。「タンジブル・ビット」の研究には、部屋の中の光の変化や風のそよぎまで、インターフェースに利用するものまである。

こうしたアプローチは岩井俊雄のメディアアート作品にも通じる。岩井の作品は複雑な技術を使っていても解説書を必要としない。いじっているうちに使い方がわかる。その作品を体験する人は穴に落ちたアリスのように、手探りの状態でコンピュータ・テクノロジーに触れるうちに、あっこうすれば音が出るんだ、映像が変わるんだ、といった不思議な発見に誘われる。

プロダクトデザインが、インタラクションデザインやヒューマンインターフェースといったソフトウェア的な新しい視野を持つことは、人とモノとの「つながっているというリアリティ」を生み出すことである。1999年グッドデザイン大賞を受賞したソニーのAIBOは、美しさや機能性が評価されたのではない。疑似ペットを通して、モノと人のつながりに新しいリアリティを生んだ点が評価されたのだ。

人とモノ、人とテクノロジー、人と人、その「つながりのリアリティ」を考えることは、明らかにプロダクトデザインといった狭い枠組みを超えている。デザイン、工学、メディアアートなどが新たに統合される必要がある。デザインの未来を語るなら、「すべての造形活動の最終目標は『つながりのリアリティの表出』である!」とバウハウス風に宣言する必要があるのかもしれない。
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※初出:『美術手帖』2000年3月号。特集「メイド・イン・ジャパン──20世紀日本のデザイン・コンセプト」内、「すべての造形活動の最終目標は『つながりのリアリティの表出』である!」を加筆。
※ジョナサン・アイヴのインタビューは『日経デザイン』1999年4月号に収録。

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長文を読んで下さって、ありがとうございます。

さて、この原稿は、続きを書かねばなりません。「拒絶」に関してです。

つながりのリアリティには拒絶が必要です。言い換えると、つながりと拒絶の関係の中にリアリティが生まれる。

映画版「エヴァンゲリオン」の最終シーン、アスカは「気持ち悪い」とシンジにつぶやいて人と人との融合を拒否します。映画では、人類に理想的進化をもたらすはずだった「人類補完計画」が“巨大綾波”が出てくるなど滑稽かつ荒唐無稽なものとして描かれています。

「個」の尊厳は「拒絶」から生まれるのです。

ワタシは父でもない、母でもない、そう意識して子どもはオトナになります。アンドロイドは人に従属する道具であることを拒否して、「自我」に目覚めます。

「つながり」だけを求めても、みんな仲良し、お友達という幼稚園レベルのコミュニティの理想しか描けません。みんないっしょにという志向は全体主義をも引き起こします。「拒絶」を認めるから多様性が尊重される。無限の差異はつながりと拒絶の補完関係から生まれるものです。

「嫌いだ」「付き合いたくない」「つながりたくない」──そう言える自由がないと、「つながり」に本当の「リアリティ」が生まれない。つながりのリアリティとは、他人や世界や環境とのつながりを通して「私という個が生きている」と実感すること。つながっていると感じるのは「個」なのです。

デザインに引き寄せて語りましょう。
椅子は座ることを誘います。倉俣史朗の椅子Miss Blancheにおいては、座る行為はアフォードというより明らかに誘惑として現れます。なぜならその椅子は座ることを誘うとともに、座るなと拒絶するからです。美しきものだけができる誘惑の甘美な罠。その罠の詳細はこのブログの5月の記事で書きました。

ウォークマンは拒絶の道具です。ヘッドフォンステレオがヒットしたのは、屋外で簡単に周囲を拒絶した自分だけの世界をつくることができたからでした。電車の中でおばちゃんの世間話を聞く必要もなく、音楽を聴きながら本や雑誌を読んでいれば、オヤジのエロい視線(オレかっ)も気にしないで済む。

最近ソニーは「コネクト」というキーワードを使って、iPodに対抗する新しいウォークマンを売り出しています。

「コネクト戦略」もいいのですが、「拒絶の力」も忘れないでほしい、と思うわけです。無理やり投げ出された周囲の環境を拒絶して、好きな世界につながる。それがウォークマンの力です。ユーザーは「つながれる」ことだけを求めていない。拒絶するからつながりのリアリティが実感できるのです。コネクトだけの人類補完計画は幼稚で滑稽な理想でしかありません。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-11-12 18:47 | お気に入りの過去記事 | Comments(8)
 
モエレで起きたちょっとした奇跡のお話
先週の土日、紅葉の北海道に行きました。
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報告が遅れましたが、いいことがありました、とても感動的なことが。

北海道に行ったのは、某誌の取材で滝川と札幌で開催された五十嵐威暢展の見学バスツアーに参加したからです。仕事で書く話ですから、五十嵐威暢展のことはここでは書きません。面白かった、としか。
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バスツアーには五十嵐展のほか、サービスメニューのようなかたちで札幌のイサム・ノグチの「モエレ沼公園」の見学が含まれていました。

僕は二度目のモエレです。海の噴水が完成し全面完成してからは初めて。モエレ山も初登頂です。
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日曜日の午後、たまに陽が差しましたが基本的に曇りです。しかし、絶好の天候だと思いました。以前このブログのモエレのプレイマウンテンに関する記事にいただいたver.さんのコメントに「晴れて分厚い雲がたくさん浮いている時はサーマル日和です」と書かれてあったからです。

このブログのタイトル写真は、以前モエレのプレイマウンテンで撮ったトンビとラジコングライダーのランデブーです。今度もまたいい写真が撮れるはず──そう期待に胸膨らませながらプレイマウンテンに登りました。
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トンビもグライダーもサーマル(熱上昇気流)と戯れていました。3人の方がグライダー操縦に興じています。「あそこにサーマルが……」といった会話が聞こえます。彼らには僕らの見えないものが見えている。やはり今日は絶好の日和かも、と思いつつ、連写のきかないEOS Kiss Digitalにイライラしながら必死にシャッターを切りました。
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うん、いい絵が撮れたかも、と思って、3人の方の中の一人に声をかけてみました。「今日はグライダーを飛ばすのにいい天候なのですか? サーマル日和とか言うんですよね。僕はブログを書いていて、2年前にここに来たとき、トンビとランデブー飛行の写真を撮ったんです。それをブログに載せていたら、“その操縦をしてる人は僕の仲間です”とブログにコメントをいただいた。それでサーマルのことを教えてもらいまして」と話していたら、「それ、僕ですと」と隣にいた方が……。

d0039955_23122955.jpgいやぁ〜嬉しかったです。心が震えました。正直言うと、もしかしたら、3人のうち誰かがそうかも、と根拠のない“予感”のようなもを感じていたのですが、でも、いきなり「もしかして僕のブログにコメントした方ですか?」と声をかけるわけにもいかず、だから、少し声量を大きくして回りに聞こえるように話かけてみたのです。

d0039955_1144247.jpgver.さんと握手しました。ネットのコミュニケーションに血が通いました。これこそプレイマウンテンの力。遊びの親和力です。

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モエレ山は園内で最も高い山です。プレイマウンテンは脇役になってしまったのかな、と思いきや、モエレ山に登って気づきました。これはプレイマウンテンを見るための山です。
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証拠に僕がモエレ山の頂上から撮ったプレイマウンテン(上の写真)と、1933年イサム・ノグチが最初に大地(地球=earth)を彫刻するという構想を思いついたとされる鍬のモニュメントのドローイング(リンクのページの中央)と見比べて下さい。同じ角度です。モエレ山のてっぺんからノグチが最初に思い描いたプレイマウンテンの姿を見ることができるのです。やはりモエレの主役はプレイマウンテンです。
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-29 23:30 | お気に入りの過去記事 | Comments(3)
 
モダニズムという怪物
Yanagimotoさんから再びコメントをいただきました。ありがとうございます。僕も長文で返事します。
>モダニズムはもっと自由で人間的であったのだと思います。戦後、自分たちは自由であると錯覚した頃からモダニズムのボタンはかけ違えられてしまったのかもしれません。
というコメントについて考えたことです。

僕のモダニズム観を書きます。
僕はモダニズムを、自我の確立だの、科学と合理主義に基づいた社会の建設だの、標準化だの、普遍化だの、機能主義だの、鉄とコンクリートとガラスの建築だの、伝統の拒絶だのとは捉えていません。モダニズムの基軸となるのは理性でなく欲望です。

たしかに20世紀初頭の人たちがめざした近代化とは、社会が個人を基盤に形成され、ひとりひとりが高い人間性を発揮して暮らせる社会を作ることでした。ひとりひとりが高い人間性を発揮するには自由と平等が必要です。そのために合理的精神に基づいた社会システムが整備され、科学技術がそれを下支えします。

しかし実際には、自由や平等、より良き社会建設という標語のもとに、人がどんどん殺されていきます。アメリカ人の自由を予防接種的に守るために、犯人のいそうな場所にミサイルを撃ち込むことが許される。僕にはそれがモダニズムの真の姿のように思えます。

モダニズムとは、欲望を無限に解放するシステムが世界を覆い尽くすプロセスです。20世紀前半の人たちは、モダニズムという理想の中で本当の怪物がどんどん大きくなっているのを気づかなかったのです(浦沢直樹の『MONSTER』風に)。ヒトラーやスターリンは怪物の絶好の隠れ蓑になってくれました。


建築で言えばモダニズムの歴史はこうです。

産業革命が起こり、都市は労働者で溢れ、鉄筋コンクリートなどの新しい材料や工法が生まれ、新しい建築や都市のあり方が必要となります。にもかかわらず19世紀西欧のアカデミックな建築界は過去の様式を真似るだけの建築ばかりを繰り返していました。

ようやく20世紀になってル・コルビュジエやグロピウスをはじめとするモダニズムの闘士が反旗を翻します。こうしてモダニズムは世界的な潮流となり、より多くの人が平等に衛生的で快適な暮らしを享受できる、機能的で経済効率の高い建築や都市の新しいシステムが、建築家によって次々と提案されていきます。建築に夢を見たのです。

過去の様式の意匠に頼らず、世界のどこでも同じように使える鉄やガラスやコンクリートといった工業的材料をその素材特性や構造に正直につくっていくと、世界中の町に同じような形をした建築が建つことになります。インターナショナルスタイルとちやほやされたのも束の間で、人間の暮らしを型にはめることへの懸念のほうが強くなります。

大衆は機能主義に息苦しさを感じはじめ、デベロッパーたちはモダニズム建築の劣化コピーを量産します。欧米では郊外の中高層集合住宅がスラム化しました。欲望が理想を喰らい、モダニストたちの抱いたビジョンは閉塞します。建築家たちは次々とモダニズムの旗を降ろしました。夢の続きを新しいポストモダンの旗のもとで見ようとした人たちもいます。が、その旗は10年もたなかった。

90年代以降の建築をひと言で括る言葉はありません。建築が多様化したからでしょうか。いや僕はそう思いません。建築家や建築史家が言説の上で勝手にモダニズムの時代を終わらせてしまったからです。
建築家がモダニズムの旗を降ろしたからモダニズムが終わったと考えるのは、建築家や建築史家の傲慢です。錯誤です。


モダニズムは聖人ではありませんでした。怪物だったのです。60年代くらいには先端の建築家はみんなうすうす気づいていたと思います。自分たちが追い求めた理想の中で途轍もなく大きくなった怪物の正体に。

怪物が大きくなったのは建築家たちの責任ではありません。エリート建築家たるものがその巨大化をまったく阻止できなかった、と恥じ入る問題でもありません。もっと根深い問題です。

止めようがないことを知っているから手を結ぶ。現在、銀座や表参道や青山に建つ内外の有名建築家が手がけたファッションビルなどはまさにモダニズムの進行形です。いいとも悪いとも思いません。

ただ確実に言えることは、どんなに建築的に時代の先を行く仕事を仕掛けても、ここには建築家がどうすることもできないモダニズムがあって、建築家はその怪物の手のひらの上で建築の可能性を追い求めていくことから逃れられない、ということです。

建築の話になりましたが、デザインも全く同じです。欲望を無限に解放するシステムを加速するのがデザイナーの仕事になっています。デザインだけじゃありません。科学も工学も欲望拡大ツールになってます。いまさらモンスターを目の前にして「小さくなれ」とか「Less,but better」と叫んでも無力感しか伝わらない。正直、ディーター・ラムスの講演を聞いてそう思いました。だけど、それでも叫ぶ。「ヤツは怪物だ」と。

今は怪物の存在を認め、どうやったら手なずけられるか、どう節度をもって共に生きるか、どのように膨張のスピードを抑えるか、を真剣に考える時代です。理想論を語るためにその存在を無視したり、完全に消し去ることができるという安易な希望をもつ時代じゃないと思います。

建築家や建築史家たちは建築界で語られるモダニズムを初期モダニズムと言い換えるべきです。デザイン界もそれに準じるべきです。初期モダニズムと言えば、70年代後半から80年代のポストモダンのムーブメントが現在の剥き出しのモダニズムの単なる通過点であったことがきちんと見えてきます。私たちはモダニズムの本番に生きているのです。



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あ、それから別館のDP Annexにラムス展@建仁寺で見つけた小ネタをアップしました。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-14 00:55 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
 
デザインオタクはどこにいる?
野村総合研究所が発表したオタク消費市場の分析がおもしろい。
国内主要12分野のオタクを分類して、その人口と市場規模を推計している。
コミック、アニメ、鉄道のほか、旅やファッション、芸能人、携帯型IT機器といった分野もあり、マニア消費者=オタク層としてオタクの再定義をしている。

野村総研の推定によると、コミックが35万人、アニメ11万人、ゲーム16万人、芸能人28万人、AV機器6万人、旅行25万人、ファッション4万人、鉄道2万人。マニア人口というだけあって絞り込まれた数字のようだ。

ならば、デザインオタクや建築オタクというのはどのくらいの人口だろうかと考えた。デザインと建築を合わせて、鉄道に勝てるか。たぶん勝てない。デザイン好きや建築好き、カーサが好き、talbyのデザイナー名が言えるというレベルならかなり裾野は広がっていると思うが。

野村総研はオタク層の分析にあたって、一般的な企業のマーケティングフレームである「4P」(Product:製品、Price:価格、Place:販売チャネル、 Promotion:プロモーション)に加えて、今回、新しいマーケティングフレームとして「3C」を提唱した。
ニュースリリースから引用すると、
・ 収集 (Collection):商品やサービスにコレクション要素を付加することにより、継続的な消費を促す。
・ 創造 (Creativity):改造や使いこなしの余地のある商品を投入し、ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供することにより、商品への愛着を強める。
・ コミュニティ(Community):情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供することにより、消費活動を促進する。


市場規模の拡大を考えるなら、おそらく収集という要素が大切なのだろう。でも、マニアの強度、マニアのコアさ加減を決めるのは、収集でなく、創造とコミュニティだと僕は思う。

さて、僕のオタクの定義を披露しておこう。

あるコミュニティの中で、その人が持っている情報の多さと精度によって人格が判断されるようにまでなった人たちのこと。性格がいいとか悪いとか、容姿や身なりなどで人格が判断されない。人付き合いが悪くて、嫌みなヤツでも、人の持ってない情報を集め、組み合わせ、披露できればいい。一般の人たちに分からなくても、その情報の重要性を理解してくれるコミュニティに属していればいい。オタクの人格は情報の量と質で判断される。だからオタクは情報を得るために必死になる。そこにコアな市場が生まれ、それが時代をリードする。

作り手側の人間、つまりデザイナーや建築家、アーティスト、マンガ家、ゲームクリエイター、小説家、映画監督などの場合は、「情報の量と質」でなく、「作品」で人格的評価が決まる。(ちなみに作品にも量と質がある。量は作品数でなく売り上げ)。

作り手の創造は、野村総研の3Cの内の「創造」とは異質のものだ。3Cで定義された創造は受け手側の創造である。「ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供する」と書かれている通り、企業がマニア消費者へ仕掛けるマーケティング戦略の方向性を示したものだ。「改造や使いこなしの余地」とは、与えられたものをいかに改造するか、使いこなすか、カスタマイズするか、着こなすか、住みこなすかであって、ゼロから創造ではない。

しかし、ゼロから創造なんてあり得るか、という根本問題がある。既存の情報を集め、状況に合わせた情報を選択し、組み合わせ直し、新しい価値を生み出す。リノベーションやリデザイン、リミックスといった手法はまさにオタク的創造といえる。別にRe××と付かなくても、デザイン自体そうした手法から離れられない。膨大な情報の海から情報を集め、削ぎ落とし、整理し、組み合わせ、さまざまな制約の中で時代に最もふさわしい問題解決策を探るのがデザインなのだから。

そうした才能は、デザイナーだけでなくミュージシャン、アーティスト、いや現代のあらゆるクリエイターに問われている。作り手の創造と受け手の創造を隔てる古びたボーダーを気軽に飛び越えられる才能が必要とされているのだ。

問題は創造の種類ではない。コミュニティの有無だ。創造はそれを評価できるコミュニティが形成されて初めて価値を持つ。ここが真のオタクの地平だ。本人の性格がかなり歪んでいても、創造性を評価してくれるコミュニティがあればいいわけだ。学校や会社で一生懸命デザインして、個人の創造性を育てても、コミュニティが育たないと、自己満足で終わってしまう。創造の強度はコミュニティの強度に保障される。

企業のマーケティング戦略主導でオタクのコミュニティを作れるのか、という疑問がある。野村総研が「コミュニティ:情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供する」とあっさり書いているところに、マーケティング屋さんの慢心が見え隠れする。2ちゃんねるを電通が作れるとでも思っているだろうか。

コミュニティはマーケットとは違う。どうしても自然発生的な部分に頼らざるを得ない。マーケットを作るには消費者を見つければいい、増やせばいい、育てればいい。マーケットは受け手の問題だが、コミュニティは情報の作り手、送り手、受け手すべてを含む。

問われるのはコミュニティの創造だ。ここが本当に難しい。従来のやり方は通用しない。大手出版社から雑誌を創刊しました、テレビで情報流しました、ポータルサイトを作りました、渋谷でイベントしました、といったレベルでは、強度のあるコミュニティを作るのは不可能だ。

クリエイターは真性オタクであり、オタクはプチクリエイターだ。現役アニメーターが最高のアニメオタクであり、アニメーター予備軍や同人誌を作ったりコスプレしたりする創造する受け手がアニメオタクの中核と重なり合う。コミックも同様。作り手であり受け手である最もコアな人たちが出没するコミュニティこそ、最先端マーケットに変身する可能性がある。

デザイナーというのは学校で教わった作品主義が染みつきすぎて、コミュニティ創造をおろそかにしてきた面がある。いいものを作ればいつか世の中が分かってくれると思うのは作品主義者の幻想にすぎない。

実際は現役デザイナーがいちばんのデザインオタクであるわけだが、それを横につなぐコミュニティに強度がない。幅も深さもない。ジャンル別になりすぎていたり、先生と呼ばれる人たちが集まるサロンになってしまったり、現在のコミュニティは機能不全に陥っているものが多い。

デザイナーの創造が、漠たるマーケットの中で計測された「量」だけで評価されるのは哀しいことだ。権威ある先生方の審査によってデザイナーの創造の「質」を評価する仕組みを否定するつもりはない。逆にコンペや賞はもっともっと必要なくらいだ。が、同時に、お互い顔は知らなくてもデザインへの思いで通じ合う人たちが、デザイナーの創造の「質」を語りあい評価しあえるコミュニティを作る必要がある。デザインの知恵が今後さらに社会に対して力を持つには、そこが重要だ。このコミュニティこそ、時代の最先端を行く鋭い感性を持つ住人が暮らすマーケットになるポテンシャルを持っているわけだから。もちろん、そこがデザインオタクの棲み処でもある。

デザインや建築の学校に入学し、バリバリのモダニストとして教育を受け、デザインの仕事に就いたが、何らかの事情でデザインや建築の仕事から離れることになった隠れモダニストはたくさんいるはずだ。会社組織などの都合で満足のいく仕事ができないデザイナーもたくさんいるだろう。もちろん、デザイン教育は受けてないけれども、何らかの形でデザインに関わり、デザインの深みにハマってしまった人もいるだろう。僕のように。

そうしたデザインへの熱い思いを抱く人たちと、第一線のデザイナーとがジャンルや年齢を超え、同じ目線で語り合えるコミュニティを作ること。そこに真のデザインオタクが生まれ、その層がデザインの力の底上げの基盤となるはずだ。サロンは要らない。有名デザイナーのセミナーを会社の経費だから払えるような高い受講料を払って聞きに行く時代はもう終わった。知を囲い込んで商売する連中がいる業界には未来がない。
マーケットよりコミュニティを! 創造と同時にコミュニティを!

野村総研の推計だとカメラオタクは5万人で市場規模180億円。デザインオタクはその倍以上はあってもいいと思うのだが。


【関連リンク】
ITmediaニュース:オタクは遍在する
野村総合研究所(NRI)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-10 01:48 | お気に入りの過去記事 | Comments(12)
 
六角堂見聞す
イヅラ。──地中海の島のような響きがします。
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五浦(いづら)に行ってきました。岡倉天心の六角堂を見るために。上野から常磐線で約3時間。茨城県の北の果て。隣はもう福島県いわき市です。

ちょうど100年前のこと。1905年、岡倉天心はこの地に自ら設計して邸宅を建てます。六角堂は、敷地の中の海に突き出た断崖に建つ東屋(あずまや)です。これも天心の設計です。天心はここで瞑想にふけり思索を重ねました。
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この夏、僕はずっと岡倉天心の『茶の本』を読んでいました。今も読みつづけています。『茶の本』は天心が英語で書いたものなので、文庫だけで4冊、いろんな翻訳本が出ています。その翻訳を代わる代わる、何度も繰り返して読むうちに、無性に六角堂を見たくなりました。天心の見たもの/感じたものを自分の感覚に重ねてみたくなったのです。
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『The Book of Tea』 (茶の本)がアメリカで出版されるのは1906年です。当時、天心はボストン美術館の東洋美術品収集の仕事のために、アメリカと日本をほぼ半年ごとに行き来する生活を送ってました。『茶の本』はおもに1905年10月から3月アメリカ滞在中にまとめられました。

ですが、天心が五浦に土地を買うのは1903年。『茶の本』の構想が生まれたのはアメリカ滞在中の1904年秋頃だといわれています。天心は1905年3月日本に戻り、6月に六角堂と邸宅を完成させます。六角堂は『茶の本』とほぼ同時に構想され、本に先立ち天心の思いを先に実現した空間なのです。

天心は完成したばかりの六角堂で、波音や松籟を聞きながら、茶を通して東洋文化の神髄を語る『茶の本』の構成をあれやこれやと練り上げていったに違いありません。
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天心の邸宅
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セザンヌの絵のような松
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天心のお墓

三連休の中日ということで、六角堂には絶え間なく人が訪れていました。しかし、往時の六角堂は近寄る者を怖じ気づかせる鬼気を発した建物ではなかったのか。そんな想像を巡らしました。海に孤高に向かい合う姿は凛々しく神々しい。

物見遊山の観光客にとって六角形の建物は目新しいものではありません。法隆寺の夢殿みたい、と言ってしまえばおしまいです。訪れる人はみな建物よりも海をバックに記念写真を撮っていました。ディテールも精妙とはいえません。ですが、六角堂の中で2、3時間、本でも読みながら一人で過ごすことができたら最高でしょう。波はワイドパノラマ映像のような窓に打ち寄せます。しかも自然のサラウンドサウンド付き。六角形は外の景色をパノラマのように眺めるのに適した形です。窓越しにしか写真を撮れませんでしたが、いつかこの中で日の出か秋の月を味わってみたいと思いました。

d0039955_15192474.jpg海につかり、崖に登りながら六角堂の写真を撮っているうちに、数年前訪れたカプリ島のマラパルテ邸を思い出しました。断崖の家です。人を寄せ付けない孤高の姿が通じ合います。六角堂のほうが観光化が進み、痛ましい状態でしたが。

マラパルテ邸は、イタリアの作家クルツィオ・マラパルテが建築家アダルベルト・リベラの案をもとに自ら設計した別荘です。1940年竣工。ブリジッド・バルドー主演、ゴダールの映画「軽蔑」の舞台になったことでも知られています。


マラパルテ邸は船のかたちです。黄泉へ向かうのか、冥府から辿り着いたのか。限りなく青い地中海の海と、燦々とした陽光、めいっぱい生命感が溢れる世界の中で、断崖の家が死を感じさせます。

d0039955_20553244.jpg僕はこの感覚をル・コルビュジエのカップマルタンの休暇小屋(cabanon)でも強く感じたことがあります。カップマルタンはモナコ公国の隣にある、南フランスのこぢんまりしたリゾートの町です。1952年コルビュジエはその地に小屋を建て、65年に亡くなるまで夏のバカンスやクリスマス期を過ごしました。ちなみに僕のハンドルネームcabanonは、この家への思いから付けたもの。cabanonとはフランス語で東屋とか小さな別荘のことです。コルビュジエの休暇小屋は、マラパルテ邸や六角堂のように海に突き出た場所にはありませんが、地中海に面した急な崖に建っています。

子宮のような家でした。コルビュジエがそこにいるときだけ母なる世界に戻れる家──。コルビュジエはスイス生まれでしたが、自分の祖先は地中海人だったと信じていたといわれています。コルビュジエは休暇小屋のすぐ近くの海岸で海水浴中に亡くなっています。でも、だから死の予感がするのではありません。

断崖の家が予感させる死は絶望の死ではない。生命の源へ還る死です。とても大建築家の別荘とは思えないみすぼらしい小屋は、よく生きた者だけが知る死の予感を今もかすかに宿しています。

断崖とは死の淵です。同時に生の淵でもあります。岡倉天心もマラパルテもル・コルビュジエも、断崖の家に隠れ、死の際(きわ)から生を見つめようとしたのでしょう。その視線は温かく厳しく、若干の狂気を含みながら、時代を超えます。生への讃歌を歌うのにこれほどふさわしい場所はありません。
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にしても、五浦は天心だらけでした。お昼は六角堂ちかくの船頭料理天心丸という店で30分並んで海鮮丼をいただく。うま〜。1365円。隣の人が食べてた天ぷら定食がすごかった。3人前はありそうでした。
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天心丼ではありません。

岡倉天心が設立した日本美術院の跡地に行きました。何も残ってません。ですが、断崖がいい。六角堂の前の海に比べ、波は猛々しく断崖はマッチョです。そのあと、内藤廣設計の茨城県天心記念五浦美術館へ。天心に関する展示室が充実してます。横山大観らの収蔵品も良質です。
で、美術館から歩いてすぐの天心の湯という温泉につかって、その日のうちに東京に戻る。いい旅でした。
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天心記念五浦美術館
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大人800円。大衆浴場のようなので、すべてがそこそこ。でも歩き疲れた後の、温泉はいいもんです。タオルは持参しましょう
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最寄り駅のJR大津港駅にて

【関連リンク】
茨城大学五浦美術文化研究所。岡倉天心の住居跡。六角堂もここにあります。
茨城県天心記念五浦美術館。五浦へのアクセスなどの参考に。
北茨城市のHP

※参考文献 『岡倉天心と五浦』 中央公論美術出版 1998
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-09-19 16:30 | お気に入りの過去記事 | Comments(4)
 
ケータイのデザインについて
GDP2005で「ケータイデザインミーティング2」のナビゲーターをやりました。出席者の方々に助けていただいてなんとか乗り切ったという感じです。出席者の方、それに熱心に聞いていただいた観客の皆様に感謝します。
内容は「ITmediaモバイル」にレポートがありますので、そちらを見て下さい。
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このシンポジウムの冒頭で、僕なりの問題提起をしてみました。
舌足らずで、しかも時間の関係で言いたいことをはしょったので、うまく伝わらなかった部分があると思います。
それで、その問題提起を原稿化しました。長文です。
(何度も手を加えているうちにシンポジウムの場で語ったことよりだいぶ深い話になっていると思います@10/15)

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《デザインの最前線としてのケータイとファッション》

【ファッションデザインの立ち位置】

ケータイのデザインを考えるとき、ファッションが大きな鍵となる。これはある建築評論家から聞いた話だが、1960年東京で世界デザイン会議が開かれたとき、ファッションデザイナーに参加してもらおうか、どうかと話しあっていたとき、丹下健三が冗談めいて「アクセサリーのデザイナーと何を話せばいいんだい?」と言ったという。

三宅一生のような一部の人の仕事を除き、巷のファッションデザインは春夏/秋冬と業界全体で流行を作り出し消費のサイクルを早めているシステムであって、流行という名の下であの手この手でうわべを飾るものを生み出すだけのデザインは、工業デザイン、グラフィックデザイン、建築が目指すべき正しき道とは違うものであると考えられてきた。

その証拠にグッドデザイン賞にモードとしてのファッションデザインを審査する部門はない。ウラハラで売っているジャケットや高円寺で売られているTシャツもGマークにエントリーされることはない。ネクタイやハンカチも一般の人は「デザイン」で選んでいるのに、そのデザインは決してグッドデザイン賞で審査されることはない。

イッセイミヤケのA-POCは2000年度グッドデザイン大賞をとっている。しかしそれは糸づくりに始まる製法までデザインし、服作り方法論の既成概念を打ち破ったものだという、あくまでインダストリアルデザインの枠組みの中で評価されたものだった。

【着こなすこと──ファッションへの視線の変容】

冷めていたファッションへの眼差しが熱く変わってきている。
私たちはもはやモードの世界が作り出す流行にあまり左右されなくなっている。古着でもいい。ミュージアムショップで買ったTシャツでもいい。アオザイやバティックのようなエスニックな服でもいい。それらを最新のモードとコーディネイトしてもいい。ユニクロやMUJIと組み合わせてもいい。

どんな組み合わせにするかで個性が表現される。どんな人生を送っているか、どんな生活観を持っているか、まで分かってしまう。

シチュエーションにあわせて、どんな服や靴や時計を選ぶか。流行に背を向けるのも自己表現だ。公式の場にTシャツで現れるのも自己表現だ。衣服によって、同じ価値観を持つ人どうしが精神的なつながりを強めたりもする。

膨大な選択肢から、自分の世界観にあったものを引き寄せて、着こなす。ファッションは他人に自分が何者であるかを伝えるコミュニケーションの媒体となっている。言い換えると、衣服やアクセサリーはサンプリング感覚で気軽に編集できるツールとなっている。
が、それらは単なる情報や記号ではない。服は体を包み込む。触感に直に訴える。記号なのに身体に密接な関わりを持っている。そこが面白い。

体に最も近いところで展開される人のぬくもりを持った情報。住空間もその延長線にある。

ファッションを「流行」と捉えるのでなく、「着る人の個性を編集的感覚で表現する人間の体に一番近いツール」と考えるとき、建築家やインテリアデザイナー、プロダクトデザイナーにとって、ファッションは21世紀デザインの指標として立ち現れる。

着る人(使う人)が主役、という意味で、ファッションはプロダクトデザイン一歩も二歩も先を行っている。「ケータイがファッション化している」という意味は、流行の中でただ消費される軽佻浮薄なものになったというネガティブな意味では決してない。

【住みこなすこと──衣服に近づく住空間】

「着こなす」のように「住みこなす」というのもあるだろう。
20世紀デザイン史でいえば、たとえばイームズ邸──。20世紀的な価値基準で評価すれば、十分な採光、空間の自由な使い方、海が見え緑多い傾斜地という敷地の十分生かしきっている。特筆すべきは、そうした近代建築の理想をカタログで発注した工業化されたパーツだけで作っていること。それが傑作の理由だ──となるだろう。

が、もし今、中が空っぽのイームズ邸を見たら、モンドリアン風に彩色されている四角い倉庫としか映らないだろう。そこにチャールズ&レイ・イームズ夫妻がお気に入りの民芸品やモダンアート、それに自分たちがデザインした家具を置き、コレクションと日々の暮らしを一体化させ、30〜40年かけて彼らのライフスタイルを表現したから、その家は今も訪れる人の心を打つ。

住みこなされているからだ。建築もオブジェも家具も民芸品もすべてがイームズ夫妻の世界観の証しとなっている。住みこなされた家は外部記憶装置であり、拡張された身体である。

【使いこなすこと──関係性をデザインする】

もう、誰かがこれは押しつけがましく「良いデザインはこれです」と啓蒙する時代は終わっている。ケータイもまず自分になりに「使いこなせる」道具になれば、使い手にとってのグッドデザインになる。使いこなすとはメーカーが用意した機能を全て使うという意味ではない。自分なりの使い方をすることだ。カスタマイズといっていい。

機能も個性の表現である。Photoshopの何の機能を使いこなしているかでその人のデザインスタイルが分かる。パソコンをメールでしか使わない人もいる。それもライフスタイルだ。使う機能で自分らしさを表現する人もいれば、見た目や触り心地のデザインで自分をこっそり表す人もいる。

安さだけで選んで、別にケータイで個性を表現しようと考えない人もいるだろう。が、それもその人の生き方だ。着るものはすべて近所のジャスコで奥さんが買ってきたものっていう生き方があるのと同じように。

形態は機能に従わない。それが21世紀だ。機能は使う人が選ぶもので、モノの内奥に先験的に存在するものではなくなっている。極端な話、電話機能のないケータイだってありえるのだ。実際ケータイでメールができるようになって重い聴覚障害を持つ人たちは手話でなくても他人とコミュニケーションがとれるようになり、彼らの活動の幅は格段広がっている。

19世紀のジョン・ラスキンの思想あたりに端を発する20世紀モダニズムの正統的なデザイン哲学はこうだ。良いデザインとは偽りのないデザイン。つまり用途、機能、構造、素材、製法といった物の内部にあるものとその製作工程を正直に形に表したもの。

だから機能をシンプルに形にしたものは美しいと考える機能美という発想が生まれる。が、今や「機能美」を売りにした製品は、20世紀モダンデザインを愛する使い手のために用意する選択肢のひとつでしかない。

ケータイなどの電子機器では、メーカーが用意した機能をユーザーが想定外の使いこなし方をする可能性がある。本当の機能はモノに内在するのではなくユーザーとの関係性の中に生まれる。だから機能に完全に従った形態をデザイナーがあらかじめ作り出すなど不可能なのである。

ユーザーとの関係性に対して偽りのないものをいかに作り出すか。ユーザーが製品を楽しく自分なりに使えこなせる環境を作ることや、ユーザーのブランドへの信頼感を育てることなども含まれる。デザインを完成させるのは使い手という確信の中に、21世紀のグッドデザインのグッドがあるのではないだろうか。

【デザインをデザインする知恵】

スタンダードな機能を選ぶのも個性、牛みたいなケータイを選ぶのも個性、有名デザイナーが手がけたスタイリッシュなデザインを選ぶのも個性。ざらりとした触感を選ぶのも個性、auにするかDoCoMoにするかも個性。待ち受け画面も着メロもどんなコンテンツを利用するかも個性。ケータイでテレビを見るのも音楽を聴くのも個性。

さあ、アナタなり使いこなしができるように選んでくださいと、語りかけること自体がデザインなのだ。機能も形も価格もサービスも総合的に見渡しながら、ユーザーとの関係をデザインする。なにもデザイン性の高いケータイをデザインすることだけがデザインではない。

もちろんこの次元のデザインは、必ずしもデザイン系の学科を卒業して周囲からデザイナーと呼ばれる仕事に就いている人がしなくてもいい。しかし、さまざまな互いに相反する条件をひとつの「形」にまとめることでエレガントな解答を出すノウハウを知っているデザイナーの知恵は、この次元のデザインにおいても十分活用できるものだ。デザイナーには形に落とし込める強みがある。

ただしキャリアにとって、形が商品の最終的な形態でないところが、ケータイデザインを考える上で家電などと大きく違うポイントだ。だからこそ、関係性のデザインの重要性がより浮かび上がり、デザインのフロンティアとなっているのだ。

【良いデザインを決めるのは誰だ】

着こなす、住みこなす、使いこなす──デザインの良し悪しを選ぶのは生活者だ。使いにくいインターフェイスでもこれが自分のために便利と思えばユーザーは使いこなす。ユーザビリティの観点から言えば、ありえないほど使いづらいケータイの文字入力を、みんなメールが必要だから使いこなしているわけだ。

いまケータイの世界では、過剰にデザインしすぎることがユーザーのためになる。使いこなすには、過剰なデザイン、過剰なサービス、過剰な機能が用意されていたほうがいい。1980年に生まれた無印良品は、田中一光らのデザイナーの知恵によって、デザインをしないことをデザインする製品を生んだ。デザインをしすぎることをデザインすることもアリだと思う。

人が服なしには家なしには暮らせない。現代ではケータイなしでに暮らせない人が増えつつある。もはや身体から切り離せない道具を自分を表現するメディアとして使いこなすのは人の本能的な欲求に近いものがある。10年も20年も使いつづける製品への愛着と、人がケータイに感じる愛着は違うものとして考えたほうがいい。

そういう意味でケータイはTシャツ化し、もはやGマークの従来の枠組みでデザインの良し悪しを判断できないプロダクトになっている。実際、今年パナソニックデザイン社はカスタムジャケットのケータイを新領域部門にエントリーしてきたわけだし。

パーソナルコンピュータの概念を提唱したアラン・ケイは、近年パーソナルなテクノロジーからインティメートなテクノロジーへの移行を語っている。コンピュータテクノロジーは、マーク・ワイザーが提唱したユビキタスコンピューティング環境が現実化するにつれ、もはや人の外部に存在し必要なときに助けてくれるマシーンでなく、洋服のように身体の一部となり、24時間身体を保護したり活動をサポートすると同時に、編集感覚で個性や人格を表出できるインティメート(intimate)なメディアになっていく。

マシーンからメディアへ。パーソナルからインティメートへ。着こなす、使いこなす、住みこなす、履きこなす、乗りこなす──こなすとは道具がインティメートなものなった時の言い方といってよい。ケータイは機能もデザインもユーザーが同等に使いこなすものになって、初めてパーソナルな通信マシーンから真のインティメートなメディアに変わっていく。ファッション化は必然だ。なぜならファッションは最先端のインティメートメディアなのだから。

そのうちわざと通常の3倍のデカいケータイを使うとか、古いケータイを使って塗装のはげ具合を競い合うとか、そうした使い方まで出てきて、初めてケータイのデザインは豊かになるといっていいだろう。今はその過渡期かもしれないが、ユーザー主体のデザインの最前線にケータイデザインが位置することは間違いない。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-08-29 12:41 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)


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藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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