藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
遊び心(6)大地の戯れ、遊びの親和力
このブログのトップの写真、何だか分かりますか?

ラジコン・グライダーとトンビが戯れているんです。
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一昨年の11月の終わりのこと。初北海道。日帰り。CasaBRUTUSのイサム・ノグチ特集で原稿を書くため、どうしてもノグチが基本設計したモエレ沼公園を見たくなって、締め切りが迫っていたのにもかかわらず、思い立ったように自腹を切ってモエレに行ってきた時に撮ったものだ。
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モエレ沼公園にはプレイマウンテンという人工の山がある。角度によって巨大なピラミッド見えたり、なだらかな丘に見える。山の頂には土で盛った小さなピラミッドがある。ピラミッドの上にあるもうひとつのピラミッド。その最頂部には祭壇のような四角い石壇が載っている。プレイマウンテンといっても遊具が置かれているわけではない。ただ山に登るだけ。頂上へ至る道はゆるやかな傾斜で、犬を散歩させている人たちもいる。
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下から眺めると、頂上に立つ人たちが豆粒のように見える。道は大きな弧を描いているので、歩を進めるたびに、眼前の光景は変わる。しかし頂上が視界から切れることはない。頂上の人は次第に大きくなり、気づくと空が近づき大地が遠ざかる。今度は眼下の人々が豆粒のようになっている。

頂上の石壇に立って360°広がるホッカイドーな雄大な光景を堪能していると、後から登ってきた人がラジコングライダーを飛ばし始めた。助走をつけて力いっぱいグライダーを天空めがけて投げて、ラジコンで操作する。
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これはいい写真が撮れそうだとレンズを向けていると、近くを飛んでいたトンビがやってきてグライダーと戯れだした。併走したり追走したり、近づいたり遠ざかったり。雲ひとつない青空でトンビとグライダーが即興の舞いを演ずる。グライダーを操作する人の意図なのか、トンビの遊び心なのか、おそらくその両方だろう。プレイマウンテンの斜面は、空を舞うものたちにとって最適の上昇気流を作り出していた。

その時、プレイマウンテンの意味がわかったような気がした。
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プレイマウンテン頂部のピラミッド。人が立っている。
ピラミッドの形はメキシコ型。最頂部には石壇がある


そもそも最初にプレイマウンテンをイサム・ノグチが考案したのは1933年頃にまで遡る。この頃ノグチの頭に新しい彫刻の概念が浮かびはじめていた。大地/地球を彫刻する──。その発想はまず鍬のモニュメントと題された作品案になって形になって現れる。ゆるい傾斜の稜線をもつピラミッド型の丘で、頂にはアメリカの開拓精神を象徴する鍬(くわ)が置かれる壮大なモニュメント案であった。鋼鉄の鍬がアメリカ建国の功績者ベンジャミン・フランクリントーマス・ジェファーソンが手紙のやりとりの中で考案され、その後の西部開拓に多大な役割を果たした逸話から想を得たものであった。

30年代アメリカは世界大恐慌の真っ只中。失業者対策の一環として政府機関WPAが芸術家の作品買い上げを行っていた。鍬のモニュメントはWPAに提出されたが却下。次にノグチがWPAに提出したのがプレイマウンテンであった。こちらはモニュメントでなくニューヨークに作られることを想定した遊び場であった。鍬のモニュメント同様、なだらかなピラミッド型の丘だが、背後にモエレのプレイマウンテンにあるような頂部に至る大きな弧を描いた道があり、水遊びする場所なども設けられた。プレイマウンテンでは「大地を彫刻すること」に加えて「遊び」が大きなテーマとなっていた。しかし、これもWPAに却下された。

ノグチは遊び場だけでなく遊具もデザインした。1939年ハワイ・ホノルルのアラモアナ公園のための遊具はその時は実現しなかったが、そのデザインは後の遊具の原型となった。1952年にはニューヨーク国連本部のための遊び場を提案し、1961年〜66年には建築家ルイス・カーンと協働でリーヴァーサイド・ドライヴ公園を計画し、ニューヨークのハドソン川に面した敷地に「遊び場」を作り出そう試みるが、いずれも実現には至らなかった。

60年代後半になるとようやく時代がノグチに追いついてくる。建築家大谷幸夫とのコラボレーションで実現した横浜のこどもの国のプレイグランド(1965〜66年)が最初に実現したノグチの「遊び場」だった。1970年代半ばにはアトランタのピードモント公園の一角に、ノグチの遊具を設置したプレイスケープ(1975-76年)が作られた。1979年から計画が始まるマイアミのベイフロント・パーク(-93年)も「遊び場」的な要素を備えた28エーカーの大きな公園設計だった。

噴水も遊び(play)をテーマにしたものと言える。「play」とは「戯れ」であり同時に「操作」や「演出」であることは、遊び心(4)の投稿で述べた。大阪万博の噴水(1970年)もフィリップ A.ハート・プラザ(1972-79年)の中心に位置する巨大噴水ホーレス E.ドッジ・ファウンテンも、水の動きはコンピュータ制御されていた。ノグチの作品に限らず、そもそも噴水とは、水の戯れを華麗に演出する精緻なプログラミングに他ならない。

ノグチが亡くなる年の1988年に設計が始まったモエレ沼公園は、ノグチが地球を彫刻し、遊び場を作り出すという仕事の集大成であり、原点に立ち帰る作品でもあった。原点こそプレイマウンテンである。
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モエレ沼公園の遊具
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札幌・大通り公園にあるブラック・スライド・マントラ

プレイマウンテンは遊び山とも訳される。子どもたちが山を駆け上がり、滑り降り、無邪気に遊び、遊びの中から他人や自然との関係を身につけ、生きる術や世界の理を学び、創造の種を発見する。それもノグチの狙いのひとつだったはずだ。ノグチの遊具や札幌大通り公園にあるブラック・スライド・マントラなどは、まさに遊びながら学ぶ子どもたちのためにデザインされている。

が、プレイマウンテンで戯れるのは人だけに限らない。
むしろ戯れの主役は大地 (earth) である。

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金属の作品がテトラマウンド。
背後がプレイマウンテン。側面から見るとピラミッドのよう

大地が戯れる。地球が遊ぶ。プレイマウンテンでは視点の変化が完全に計算されている。緑の草で覆われたなだらかな山が、側面に回ると石段のあるピラミッドに見える。そのピラミッドは見る位置によって、横に設置された巨大金属パイプのピラミッド「テトラマウンド」に比べて大きくなったり小さくなったりする。山の上に立つ豆粒のように見える人が、どんどん近づき自分と等身大となる。人は最頂部の石壇の上に立つと、天と語らう崇高な存在に見えてくる。
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視点によってスケール感が変化する。上の写真と比べてください

形やスケール感や遠近感が徐々に変化したり豹変したりする。光や水や風がゆらめくように、大地がゆらめくのだ。どうすれば卓上の模型の段階で、これほどの規模の丘の周辺を歩き回るときに人が感じるスケール感やプロポーションのダイナミックな変化を想定し得たのか、不思議なくらいである。(たしかノグチは僕は模型の中に小さくなって入れてしまうんだ云々ということをどこかで語っていたはず)。

大地がゆらめき、その上をラジコン・グライダーとトンビが戯れる。ノグチは風の戯れまで計算に入れたのだろうか。斜面を昇る気流が空を舞うものの最高の遊び場になることを知っていたのだろうか──。

ノグチにとってのプレイグラウンドやプレイマウンテンとは、人の手で作り出された、光、水、大地、風が遊ぶ場であり、人はその遊びに接して自らも遊ぶ。

多くの遊びが重なり合うと、どこからがあらかじめ計算されたもので、どこからが即興なのか、判断がつかなくなる。大地の変化は偶然なのか必然なのか。トンビがグライダーと舞う姿は偶然なのか必然なのか。

遊びの時空間のどう作り出すか。その方法を探ることが、アートでありデザインとも言ってもいい。ここではジャンルの違いなど考える必要がないだろう。なぜならそれはスポーツや賭け事、映画や演劇、エンターテインメント、茶道や中国武術など他のジャンルにとっても共通する課題なのだから。

人は遊び場を緻密に計算して作り出す。時に光や水や風や人の動きの効果を演出し、時にその場にだけ通用する厳格なルールを決め、時にユーモアやウィットを織り込み、時にごっこ遊びや演劇やロールプレイングゲームのように何かの役割を演ずることで、特別な時空間を創出する。

が、本当に優れた遊び場においては、事前にプログラミングされた戯れが、予測を超え、他の戯れを引き寄せる。必然の遊びが偶然の遊びを呼び込む。遊びが共鳴し合う。遊びのシナジー効果と言えるものだ。
仕込まれた驚きや作りものの感動を超えた「発見」や「創造」は、こうした「遊びのシナジー効果」から生まれる。

戯れが親和力をもつ場──。それがノグチの目指したプレイグラウンドやプレイマウンテンではないだろうか。科学において親和力とは、化学反応の際、物質間に働くお互いを結びつける力のことをいう。遊びにも親和力がある。遊びの親和力を呼び起こし、遊びを重ね合わせ、共鳴させれば、遊びは“化学反応”を起こし、人智を超え、創造力の翼を大きく広げる。そのことをノグチは知っていた。僕はそう思う。

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【関連リンク】
・イサム・ノグチの作品や略歴に関しては、ニューヨークのノグチ・ミュージアムの公式サイト(英語)The Noguchi Museum
・エクサイトismのイサム・ノグチ特集
・イサム・ノグチファンによる充実の個人運営サイト。日本語です。ISAMU NOGUCHI PRIVATE TOUR
モエレ沼公園の公式サイト。この春、海の噴水が完成し、7月1日グランドオープンする。
・現在モエレ沼公園園長の山本仁さんが語るモエレ沼公園建設の経緯
・モエレのグランドオープンに合わせ札幌芸術の森では「イサム・ノグチ展 ゼロからほとばしるエナジー」展が7月2日〜8月28日まで開催。 札幌芸術の森
・香川県牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館。元ノグチのアトリエです。いいですよ、ここも。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-06-27 23:49 | お気に入りの過去記事 | Comments(4)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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