藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
ちょっとショック
今夜はボッソとつぶやきます。
さきほど僕の通っているジムのロビーに置いてあるパソコンでこのブログを見てみました。WindowsのInternetExploreだとどう見えるか、チェックするためです。

結構ショックでした。MacのSafariで見るとずいぶんレイアウトが変わってしまっていて。MacのExploreではチェックしていたのですが……。僕にとってレイアウトと文章って一体なんです。レイアウトによってリズムも文体も変わる。

いちばん違ったのは、1行アキの改行がWindowsでは無効になっていたこと。Safariだと2回brタグを打てばいいところを、WinのIEだと3回brタグを打たないと、1行アキにならないようです。

※追加補足(7/31)。p、/pタグを使えばいいみたいです! 知らなかった。これから前に書いた文章にコツコツこのタグを打っていきます
※追加補足(8/1)、真の原因が判明、本文の字間詰めを設定した時のIEのバグのようです。CSS編集で字間(LetterSpacing)を指定すると連続改行ができなくなる。字間を-1から0に戻しました。pタグを打たなくて済みそうです。詰めたほうがキレイだっただけに残念。

このブログは長文が多い。少しでも“文字ばっかり”の息苦しさを軽減するため、1行アキを多用してきたのですが、なのに……、おそらくこのブログを訪れてくださる6〜7割近いWinユーザーの方に、それが今まで伝わってなかったと思うと、本当にショック。

Windowsでチェックするのを怠っていた僕のせいです。読者の皆様申し訳ありません。

ライターという職業柄、改行して一字だけ行頭に余ってしまったりする状態は許せないですが、ブラウザごとに表示が違うインターネットでは、このこだわりは通用しないようです。なんとかならないものなのか。

そのうち、このブログを発展させて、小さいけど濃いデザイン情報ポータルサイトを作ろうと現在画策中です。最近展覧会ネタが増えているのは、その予行演習です。

その時はレイアウトはこだわったものにしたい。ということで、先日Dreamweaverを購入しました。8月中にマスターしたい。
「デザインと言葉」の話でずっと頭の中でモヤモヤしていたことをそろそろ書き始めようと思っているし、8月は頑張ります。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-30 23:16 | Comments(4)
 
エンツォ・マーリの杉の家具HIDA
d0039955_6372354.jpg東京・青山のスパイラルガーデンへ、エンツォ・マーリが岐阜県の飛騨産業のためにデザインした家具の展覧会を見に行ってきた(31日まで)。良かったです。

地場産業の活性化を図るため、内外の有名デザイナーを起用してプロトタイプを発表する展覧会はもう何度も見てきた。『domus』掲載用のフォトジェニックな作品は仕上がったが、結局話題づくりだけで終わってしまったプロジェクトは山ほどある。

正直、今回も期待していなかった。が、いやいや、これはかなりガチンコ勝負。イタリアの巨匠の本気度がヒシヒシと伝わる。親善試合気分のデザインじゃない。

ブランド名はHIDA。今年のミラノサローネで発表されたもので、テーブルやイス、収納家具など20点あまりが展示されている。開発に1年半を要したという。2年前、マーリが岐阜県高山市に講演に訪れた際、飛騨産業の岡田贊三社長が、杉材を使った家具デザインの共同プロジェクトを持ちかけた。

杉は戦後の過剰の植林で、昨今は花粉症の原因として世間から悪者扱いされている。建材としてはコストがかかって輸入材に押され、家具材としては柔らかすぎ、節(ふし)が多くて見た目が悪い。飛騨産業は、杉を家具材に使えるようにプレス加工する技術を開発。それを活かし、マーリはこの逆境の素材を自在に使いこなした。
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ピンクの大理石の天板の上の花瓶も素焼きの皿もマーリの名品

ある時は大理石やガラスなど異素材と組み合わせ、ある時は白木のようなきめの細かい表面仕上げを施し、ある時は材木のような粗い仕上げまま使い、ある時は強い木目や大きな節をそのまま活かす。
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そして家具が造形的に美しい。ソファの脚の傾き微妙な具合や、テーブルの脚の滑らかなカーブなどは、マーリだからこそ出来たもの。プロポーションや輪郭や面を決定するセンスは、それが高いレベルになればなるほど、持って生まれた才能と、生まれ育った土地の文化に帰するものという指摘する以外、論評のしようがないものだ。まさにその天賦のマーリの造形センスが飛騨産業の技術を通していかんなく発揮されている。

ローテーブルの天板にはクジラの尾の絵柄が配されていた。マーリは政治的な意見をはっきりと主張するデザイナーだ。おそらく捕鯨へのメッセージだろう。こんなところの隠し味も実にマーリらしい。
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傑作とか名品とか煽って、買い手の優越感を刺激して売るプロダクトではない。作り手の意識は売り場でなく生活の中に向いている。使う中で良質さが味わえる製品のような気がした(使ってないから、あくまでそういう気がしただけだが)。

写真じゃ分からない良さがあるので、日曜日までだけど、興味がある人はぜひその眼で確かめるべきでしょう。

********
【関連リンク】
・このプロジェクトや飛騨産業に関してはHIDA
・「エンツォ・マーリが取り組む100万の1万倍もの日本の杉の木」展  7月27日〜31日 11:00-20:00 会場に関してはスパイラル

【おまけ】
エンツォ・マーリの略歴
Enzo Mari 1932〜
1932年イタリア・ノヴァラ生まれ。ミラノのブレラ芸術アカデミーを卒業。1950年代初頭から視覚心理学を研究。その後デザインに関心をもちはじめ、ダネーゼではブルーノ・ムナーリと並ぶ看板デザイナーとして日用品や遊具、アートオブジェを制作。生み出した作品は1600点を超える。近年ではドリアデ、ザノッタ、カルテル、マジス、ロボッツ、無印良品、復活したダネーゼと幅広い活動を展開。長崎の波佐見焼や岐阜・高山の飛騨産業など、日本の地場産業とのコラボレーションも積極的に進めている。
まさにデザインの鬼。強欲が生む理不尽で軽薄な世界には般若のごとく怒り、無垢な子どもや共に闘う者にはやさしく真剣に進むべき道を示してくれる。(初出『BRUTUS』2005年4月15日号・一部改変)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-30 06:26 | Comments(2)
 
世界最小デザインプロダクト?
万博の入場券をバラバラにして、ミューチップを取り出してみた。
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2004年度グッドデザイン賞のインタラクションデザイン賞受賞プロダクトをこの眼で確かめるためだ。日立製作所のミューチップは、間違いなくグッドデザイン賞史上最小のGマーク製品だろう。

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ミューチップは、0.4ミリ角の超小型ICチップ。無線自動認識なので、非接触──つまりJR東日本のSuicaのように、かざすだけでデータを飛ばせる。当初は読み取り専用だった、現在は書き換え可能のチップも製品化されている。

ミューチップは、ユビキタス情報社会を積極的に推進する日立の元気の源である。トヨタ館に並ぶ人気を誇る万博の日立グループ館では、入場券に埋め込まれたミューチップを活用した仕掛けが用意されている。ミューチップは「技術の日立」のブランドイメージ向上に大きく貢献している。

とにかく小さい。このサイズならカードや商品やパッケージだけでなく、人の体にも埋め込める。明るいユビキタス情報社会も、グレーな監視社会もどちらもそう遠くない。買い物とか便利になりそうだし、物流管理は効率化され、迷いネコは減り、警察は犯罪捜査が楽になるだろう。

こうした技術のポジティブな使い方を提案するのが、デザインの役割だと思う。ケータイやインターネットが人と人とのコミュニケーションをガラリと変えたように、極小ICチップが人とモノとの関係を大きく変えそうな予感がする。どうせなら楽しく使いたいのだが……。

*****

ベランダで蟻といっしょに撮影したら、蟻に触ろうとした指がミューチップに当たり、チップは地面に。10分くらい探したが結局あきらめた。これか、と思ってもゴミばかり。コンタクトレンズを探すより数百倍難しいです。

【関連リンク】
日立製作所のウェブサイト内ミューチップのページ
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by cabanon | 2005-07-27 16:32 | Comments(0)
 
こちら機長
d0039955_259184.jpgローリー・アンダーソンのアーティスト・トークに行ってました。ICCで開催中の彼女の日本初の回顧展に併せて催されたものです。内容は断片的にして覚えていません。なぜって彼女の透き通った声に聞き惚れていたからなんです。言葉が弦楽器のように空間に響き、抑揚が耳に心地よい。最近の仕事をとりとめもなく話しているだけなのですが、トークがもうパフォーマンスとなっていました。

ローリーの初来日公演の記憶が生々しく蘇ってきました。1984年(えっそんな前だったけ、大学4年か)。会場はラフォーレ飯倉(なんか自分が場違いのオシャレな場所に思えたなあ)。パフォーマンスの名は「ミスター・ハートブレイク」(今でもこの公演に併せて発表された同名のアルバムを聴き続けてる。名盤です)。

ローリーは21年前より美しかったです。お世辞じゃありません。創造活動に生きる充実感が、身体から漲っているのが分かるのです。鳥のさえずりを聞いているような気分で、NASA初のアーティスト・イン・レジデンスに招待されたことや愛知万博での仕事、ギリシアの旅の話などに耳を傾けていると、突然、その瞬間がやって来ました。

講演中に地震が──。すごく揺れました。震度5ですから。会場は4階とはいえ、オペラシティ自体が超高層ビルのせいでしょう、ぐらーりぐらーりと今まで体験したことないほどの振幅で大きく揺れます。

会場は騒然としました。が、ローリーはしゃべり続けます。慌てることはありません。「あら、飛行機が(気流で)揺れてるみたいね」と言って、両手を広げて翼が揺れているような身振りをした後、こう続けました。

“This is your captain.”

声をグッと低くして「こちら機長」と──。まだ揺れはおさまりませんでしたが、みんなの心はおさまります。僕の隣に座った白人は手を叩いて喜んでいました。

その瞬間、今起こった出来事と21年前の記憶がピタッと重なり合いました。“This is your captain.”と発した男性のような低音の声が、「ミスター・ハートブレイク」の時にローリーが発した声のようだったのです。

一瞬の機知が、観客の不安を笑いに変えました。そして予感に変わります。
予感とはこうです。将来きっとこの地震は何らかの形で彼女の作品の題材になるであろう──。多くの観客はそう感じたはずです。だって彼女は地震に全く物怖じせず、好奇心すら示していたのですから。

「私、初めて地震を体験したわ」

観客は、ローリーにとっての特別な出来事を、今この瞬間いっしょに共有できてよかったと思ってしまうわけです。

「場を作る」という表現は、まやかしみたいな部分があります。美術評論家に「アーティストのパフォーマンスが場を創出する」とか言われれば、そうかもしれないと思うけれど、本当にそこに特別な“場”があったかなど誰も証明できません。だけどローリーが地震を呑み込んだ瞬間に、ローリー・アンダーソンというアーティストが放つ強烈な磁場を肌で実感できたのです。パフォーマンスとは何ぞや?という問いの回答を、21年目にして彼女から直接教えてもらったような気がしました。

で、講演会が終わり、1時間ばかり展覧会を観て新宿駅へ。京王線は動いてましたが、JRは全線運休。復旧のメドが立たないとのこと。新宿駅は人でごった返していました。ローリーのおかげで、たいした地震じゃないような気になっていたので、そんなにすごい地震だったのと改めて実感。メシ食って映画観て時間潰してやっと家路に。ま、とにかく僕にとっては、21年の前の過去と現在をぐらぐらッと共振させる特別な地震体験だったわけです。

【関連リンク】
・7月22日〜10月2日 東京・初台のICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で行われるローリー・アンダーソン『時間の記憶』展
Laurie Anderson.com 最近更新されていないようです。
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by cabanon | 2005-07-24 01:38 | Comments(0)
 
ピアチェーレの今
秋葉原に行ってきた。
D-秋葉原テンポラリーの記者発表のためです。D-秋葉原テンポラリーとは統廃合で閉校した千代田区練成中学校を利用した期間限定の仮設ミュージアム。来年秋、秋葉原駅前のUDXビル内に開館する「デザイン・ミュージアム秋葉原」(仮称)にさきがけて今年9月にオープンする。
最初の企画展は9月6日〜10月23日のジャン・プルーヴェ展。いい展覧会だけど鎌倉の神奈川近美の巡回展なので、立ち上げにしては新鮮味に欠ける。9月27日〜10月23日の「スモール&ビューティフル:スイスデザインの現在」展は面白そう。
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D-秋葉原テンポラリーを務める三宅理一慶応大学教授。

「デザイン・ミュージアム秋葉原」のほうが気になるので、質問してみた。
コレクションを持つのか? YES
専属のキュレーターはいるのか? YES。
ミュージアムとは名ばかりのデッカいギャラリーみたいなことにはならないよう。ホッとしました。
ヴィトラデザインミュージアムとパートナーシップ関係を結んでおり、現在ポンピドゥーセンターとも交渉中だとか。
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矢印がデザインミュージアムが来年開館するUDXビル。
ちょっと意地悪な写真の撮り方ですが、これがアキバですから

で、久々のアキバ散策。フィギュア屋に立ち寄った後、ヤマギワソフト館の火事で閉鎖された倉俣史朗の「ピアチェーレ」がどうなってるか見に行った。火事は2004年2月、1年半も前。何もないかと思いきや、イスもテーブルもまだ置かれている。どうする気なんだろう。さすがデジカメ、真っ暗だったのにはっきり撮れた。デザインミュージアムができるのだから、再開してほしい。このカフェ自体をコレクションにするなんてどうですか? 実行委員会の皆様。
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【関連リンク】
D-秋葉原テンポラリー
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-22 20:01 | Comments(0)
 
ヒューマンインタラクションラボの実力
日立グループの展示会「uVALUEコンベンション2005」に行ってきた。ユビキタスをテーマに日立の最新鋭技術が結集した展示会。東京国際フォーラムにおいて7月20・21日に開催された。

日立のヒューマンインタラクションラボで開発されていた技術が2つ製品化されて展示されていた。
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ひとつはミラー型情報端末「ミラグラフィ」。鏡をディスプレイにしてしまうもの。ブティックなどで鏡として使いながら、ミューチップ(日立の開発した超小型ICチップ)が内蔵された正札をかざすと、ミラーに商品に関連した情報が映るといった応用が考えられている。環境映像を流すだけでもいい。鏡の中にもうひとつの世界があるように見えて不思議な雰囲気をかもし出す。
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もうひとつは「シルエットカウンター」。テーブルの上がディスプレイになっていて、手をかざすと手の影を感知して画面の操作ができる。影を検知するのでテーブルに物を置いても反応する。たとえばディスプレイ上を右から左へ流れる文字が物に遮られて流れの向きを変えたりといったデモンストレーションが行われていた。
ショールームや飲食店で、情報の流れるカウンターテーブルとして使えるし、画像が映し出されたテーブルの四方に人が立ち、まるで将校たちの作戦戦略会議をするように、ディスプレイを指さしたり触れながら討論するといった使い方ができる。

日立ヒューマンインタラクションラボは、2002年秋、日立の若手デザイナーとエンジニア、マーケッターの有志が集まって日立製作所デザイン本部内に結成された組織。発想の次元からデザイナーと技術研究開発者がコラボレーションすることは、ありそうで、実現しないものだ。たいていは研究者の生んだ新しい技術が先にあって、それにデザイナーが形を与えるというバケツリレー型の開発が多い。

この組織では、デザインの発想が最初から技術開発に活かすことができる。マーケッターもいるので市場分析/技術開発/デザインの3つの発想が開発の最上流でタッグを組んでいるわけだ。ヒューマンインターフェイスのように人寄りの技術を開発するには理想の状態と言える。

東京・国分寺の日立の研究所内でその活動の一端を見せてもらったことがある。若手の研究者とデザイナーがアトリエで自由にメディアアート作品を作っているという雰囲気。ヒューマンインターフェイスの取材でよく大学の工学部の研究室を訪れるが、ほとんどの研究室はよれよれのTシャツを着たサンダル履きの学生がモワーンとした空気を漂わせている(特に夏)。ヒューマンインタラクションラボ専用室はインテリアも特注で、工学系にありがちの雰囲気は皆無。人と機械の接点の技術は、こういう空気の中で生み出すべきだと思ったものだ。

ヒューマンインタラクションラボのプロジェクトが製品化されることは、デザインの新しい地平を切り拓くことに他ならない。頑張ってもらいたい。


他に「uVALUEコンベンション2005」では、電子ペーパーが面白かった。ディスプレイの表示を変えるときだけ電気を使い、表示中は電気不用。バッテリーが長持ちするので、バスや駅の運行表示などに使えるというもの。表示はモノクロ。カラーも将来対応していきたいと説明してくれた方が言っていた。
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にしても、私たちの行動がどんどんログとして残る社会に変わりつつあることを実感。ユビキタス環境とは人の行動のログが残る環境ということ。もちろん個人情報保護でたいていのログは消えていくが、しかし、誰かが行動を監視しようとすれば、精細に人の行動をスキャンし解析できる。どこで誰が見てるか分からない社会、それがユビキタスの暗黒面だと思う。

【関連リンク】
日立ヒューマンインタラクションラボ
・9月30日から発売されるミラグラフィ
・ミラグラフィの機構についてはヒューマンインタラクションラボのサイト内のここ。
シルエットカウンター
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-22 13:58 | Comments(0)
 
ティー&コーヒー・タワーズ
d0039955_14252684.jpgアレッシィの「ティー&コーヒー・タワーズ」がカッシーナ・イクスシー青山本店で展示されている(8月7日まで)。昨日オープニングレセプションに行って早速チェックしてきた。いや〜、写真で見るよりずっと良かったです。

「ティー&コーヒー・タワーズ」は、アレッシィが世界の20名(組)の建築家、デザイナーにティーまたはコーヒーセットのデザインを依頼して、2003年春ミラノサローネで発表したもの。ジャン・ヌーヴェル、ドミニク・ペロー、伊東豊雄、フューチャー・システムズ、MVRDVらが参加。どれも99点限定制作。販売もされているが、目の玉が飛び出るほど高い。最高価格は798万円。一番お安いもので115万5000円。

「ティー&コーヒー・タワーズ」は、デザイン史に残る1983年の「ティー&コーヒー・ピアッツァ」の、20年の時を経た第二弾。前回同様アレッサンドロ・メンディーニが企画を手がけた。
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メンディーニの作品。モリゾー系? 1,942,500円 
外側はペアウッド(梨材)を彫ったもの、内側はシルバー

作品はどれもハジけている。「これぞテーブル上のポストモダン建築」と世界を驚かせた前回の企画が地味に思えるほど。前回は銀器であることが前提で、しかもポストモダンという、時代のひとつの大きなうねりを各建築家・デザイナーが表現していた。一方、今回は“シルバー優先”というお願いがあっただけで、磁器やガラス器をデザインした人もいる。しかも、ひとつの思想が建築界を覆い尽くす時代じゃなくなった。

縛りがなくなった分、個々の創造性がいかんなく発揮されている。建築家にプロダクトデザインを依頼する企画展は、結局やっつけ仕事ばかりが並ぶというケースが多いだけに、彼らの個性を最大限に引き出したアレッシィの力は感服に値する。
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ザハ・ハディッド。絶句……。3,990,000円

ザハ・ハディッドや最高額のトム・コヴァックの作品はどうやって使うのっという感じ。個人的な趣味で言うと、一番欲しいのはジャン・ヌーヴェル、飾るならSANAA、使うならメンディーニといったところ。ま、贅を尽くした製法と素材を見れば目が肥えるし、見といて損ない展覧会です。
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ジャン・ヌーヴェル。金メッキの鏡面仕上げ。
トレイの文字がポットやカップに映り込む。3,255,000円


※カッシーナ・イクスシー青山本店/7月20日〜8月7日
※カッシーナ・イクスシー大阪店/8月10日〜21日

【関連リンク】
カッシーナ・イクスシー。青山本店の場所などはこちらでご確認を。
Alessiのウェブサイト。Tea & Coffee Towersの全容を見ることができる。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-21 13:41 | Comments(0)
 
新デザインブランド、METAPHYS(メタフィス)
プロダクトデザイナー村田智明(ちあき)氏による新デザインブランド「METAPHYS(メタフィス)」の記者発表に行ってきた。
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ろうそくの揺らぐ光をLEDで再現した「hono」。
息を吹きかけるとライトが消える。

電子キャンドルや卓上照明、掃除機、パーティション、プランター、マイナスイオン発生器などが10月頃から順次発売されるという。
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コードレスサイクロン掃除機「uzu」。シルバー精工が製造。

中でもサイクロン式の掃除機が気になった。「すごいです。期待してください」と村田氏は自信たっぷり。試用も触ることもできなかったので総合的なデザイン評価は下せないが、見た目だけで言えば、縦置きの佇まいがよい。折りたたみ方、ホースの取り付け位置など機構的にもユニーク。コードレスで、高さ60センチで写真の印象よりずっとコンパクト。値段は未定。「ダイソンよりは安くなるでしょう。量販店の大手メーカーの掃除機よりは高いですが」。

欲しいかも。ちょうど、先週コードレス掃除機を買ったばかりだけど、排気口の位置が悪く、顔に空気が直撃して喉が痛くなって、やっぱサイクロン式だったと後悔していたところなんで。
ビジネス的にもこの掃除機の成否が、このブランドの今後を決めることになるだろう。
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手で触れると点灯する「uro」。器型でモノを置いておける。
メガネなどを置いておくベッドサイドの卓上照明に使えそう。

シンプル&ミニマムで作法や行為をデザインするという点で、「±0」と競合するブランドだろうが、ビジネスモデルとしてはずいぶん違う。「METAPHYS(メタフィス)」は複数の企業が共同参加するブランドだからだ。とすると似ているのはむしろ「WiLL」ブランドか? 
「WiLLはデザイン思想を持たなかった。デザイン思想でブランドをつなぐのがMETAPHYSです」と村田氏は言い切った。トヨタや花王などが集ったWiLLと違い、有名大手企業が参加するわけではない。
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会見する村田氏。

参加する企業はシルバー精工、森田アルミ工業、コスモ建材工業、山口工芸、松屋漆器など、耳に馴染みのない名前の企業が並ぶ。シルバー精工は一部上場企業だが、他は中小企業。規模も業種もまちまちの企業を一人のデザイナーがリードして、ともに研究開発しながらブランドを構築するというビジネスモデルだ。それだけに村田氏の手腕が問われるところ。「次年度は協賛30社以上、50品目を目指す」。実現なるか。

ひとつ気にかかったのが、今のところMETAPHYS専門のショップを持つ具体的計画がないということ。「空気のデザイン」というのをデザインコンセプトのひとつに掲げているのなら、やはりこのブランドが製品が一堂に会したときに発する独自の空気を体験できる空間を作るべきだ。

★7月26日まで五反田の東京デザインセンター1FTDCスペースにてMETAPHYSを展示。11:00〜19:00


【関連リンク】
・METAPHYSのオフィシャルHP
・村田智明氏が主宰するハーズ実験デザイン研究所
・掃除機「uzu」や照明「hono」「uro」の開発を担当したシルバー精工
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-21 01:12 | Comments(12)
 
巨匠の飽和状態
画伯って言葉、いまだに画家の世界では普通に使われてるようだ。先ほどフジテレビで、日本画の○○画伯の展覧会があると告知CMをやっていた。

ゴッホ画伯とかダ・ヴィンチ画伯とは決して言わない。ま、日本の画壇は先生と呼ばれる人だらけなので、ランク上位の画家だけに付けられる敬称ってことだろう。だけど画伯という言葉はどこかレトロで響きがいい。文豪とか楽聖とかを連想させる。そういや日本に現役の文豪はいない。小説家の世界に先生よりランクの上の敬称ってあるのだろうか。

こうした敬称というか、天才幻想を煽る尊称で、他の分野から一歩抜きん出ているのは、音楽界だ。巨匠、マエストロ、天才、名手は古今東西ごろごろいる。歴史を紐解けばベートーベンは楽聖、モーツァルトは神童、バッハは音楽の父、ヘンデルは音楽の母……。男なのに。僕は小学校の時、カツラ姿のヘンデルの肖像を見て女性だと信じていた。なんかウルトラの父、ウルトラの母みたい。だからバッハにもヘンデルにも妙な親しみを感じていた。

デザイナーで使われる尊称は、せいぜい巨匠くらいだろう。原稿を書くときソットサスやマジストレッティのようなイタリア人にはマエストロと使うが、ドイツ人デザイナーにマイスターとは使わない。なんか職人ぽいというそれだけの理由だ。バウハウスでは教師をマイスターと呼んだが、これを親方と訳している本を見るとえらく違和感を覚える。が、さすがにブロイヤー親方やカンディンスキー親方とまで書いたものは見たことない。

大げさな言葉を付けてデザイナーを呼ばないのは、作家性に固執しないのがデザイナーの美徳とされていることが大きい。せいぜい会話で年配の実績あるデザイナーに先生という敬称を付ける程度だ。

建築家だと巨匠、天才は結構いる。けれど建聖、建豪、建築王なんて言葉はないし、建築の父、建築の母と呼ばれる人もいない。ま、ル・コルビュジエが近代建築の父で、ミースが近代建築の母とか呼んでもいいかもしれないが、そしたらライトが黙ってはない。オレは神だ王様だと言いそうで。グロピウスも苦虫を噛み潰したような顔でボソッとつぶやく。「ミースが母なら私こそ本当の父だ」と。泥沼の親権裁判になりかねない。まあまあ、じゃあ、大げさな言い方は止めときましょうって。

ゲーテやバッハやベートーベンへのあの尊称は、ドイツのロマン主義が生んだ天才幻想が背後にあることを忘れてはならない。選ばれし者たちだけが神の特権行為である創造行為を許され、神から天賦の才能を与えられ、神の崇高さに近づくことができる。文豪も楽聖も神童も音楽の父も音楽の母もその呼称には歴史的な必然性があるのだ。

だから今の時代は巨匠どまりでちょうどいい。デザインも建築も保守化傾向が強いので、革命児なんて言葉も今はあまり使われない。なので、巨匠ばかりが増え続ける。でも、あっちもこっちも巨匠でいっぱい、というのもなんだかなあ。巨匠に代わるいい言葉ないだろうか。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-18 13:37 | Comments(0)
 
品という言葉にハッとしたことがある。昨年末だったか、あるデザイナーに彼の著書に関する話を聞くという仕事の時のことだ。本では「品のある広告」「品格のあるデザイン」といった表現がキーワードのように使われていて、インタビューの際にも彼の口から「品」という言葉が何度も出てきた。
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そう言えば品という言葉は他のデザイナーからはあまり聞かない。よくよく見ると3つの口が並んだ、実に奇妙な形をした漢字だ。この口は何かを語るのか。考えていくうちに品という言葉の不思議な力に引き寄せられていった。品とは、品質でもあり品物でもある。英語のQUALITYより意味の幅が広い。goo辞書で調べてみた。
ひん【品】
(1)人や物にそなわる性質のうち、自然と外にあらわれる、好ましい、洗練された様子。品格。風格。「—がよい」「—が悪い」「—がある」「—がない」 以下略。

しな【品】
(1)形があって、人の生活に何らかの役割を果たし、持ち運びのできる程度のもの。また、売買の対象とするもの。「記念の—を贈る」「よい—をそろえた店」「これはお勧めできる—です」
(2)質のよしあしなどで区別した、物の等級。内容などの違いによる、物の区別。種類。「あれとは—が違う」「—が落ちる」「手を変え—を変え」 以下略。 三省堂提供「大辞林 第二版」より

「ひん」と読むと、質の良し悪しを表す。品質、品格、品位、品性、品評、品行、気品、上品、下品。「しな」と読むと、品物、品数など、モノを指す意味合いが強くなる。

が、「しな」でも「品が違う」「品定め」のように質を言い表す場合もある。逆に「ひん」と読んでも、品目、物品、商品のようにモノを指す場合もある。読みはあくまでニュアンスの目安でしかない。
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要は「品」が二面性を持っていることだ。「品」は質と物理的実体という全く違う次元を軽々と行き来する。これはもう量子力学的事態である。素粒子は「粒」と「波」の2つの顔があるとされる。電子や光子は一個一個独立した粒子であるが、水面の波紋のようにエネルギーを伝える波動でもある。

品物、商品、製品、品数という使われ方をしても、品はただ物理的な実体だけを指すのではない。

価値を交換するから「商品」である。名前が定められ、値段が決められ、価値が交換される。「品物」も「商品」もモノではあるが、意味や価値を持った記号としてモノというニュアンスが付随する。
「品数」とは商品の総数でなく、商品の種類のことだ。「品数」「品目」「品種」とは、モノを整理するために人が定めたひとつのまとまり、つまり概念上のグルーピングである。

「しな」を『広辞苑』を引くと、【品・科・階】とあり「層をなして重なったもの」というのが最初の語義として出てくる。階段、階層、地位、身分……。「何かの用途にあてる、形のある物。特に売買の対象になる商品」というのは2番目の語義だ。
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この「品」は阿弥陀仏の地位を示す。九品仏浄真寺にて

「品がある」とは位の高いものが本来持っているものが、じわっと染み出し、人やモノを包み込み、オーラにまでなる状態のことだ。位が高いといっても社会階層だけを指すのではない。潜在能力や器量の大きさのようなものまで含まれる。

人なら、性格、知性などが滲み出る。モノなら質の良し悪し、価値や用途が染み出して品(ひん)となる。モノを定義し分類し項目づけするなど、モノを概念的に扱うときは、品(しな)という言葉が使われる。

言い換えると、本来あるべき概念が、形に重なり合ったとき、「品」という言葉が立ち上がる。概念上のグルーピングと物理的実体であるモノが重なれば商品や品物になり、人やモノが内に持っている優れた性質が外観や容姿と重なるとき、品は「しな」から「ひん」となる。

デザイナー向けに語るとこうなる──。
品(ひん)とは、優れたクオリティや志の高いコンセプトが、偽りのないデザインとして素直に表現された時に生まれるもの。デザインの上手下手とは「内にそなわる好ましい性質」をいかに品として自然に外へ滲み出させるかで決まる。

ただしデザイナーがどんなに苦労しても、商品や広告のコンセプトが曖昧であったり、クライアントが企業としての志を欠いていれば、品のあるデザインは生まれない。デザイナーは、企業文化を大切にし企業倫理に厳しい志の高い会社との出会いがないと、品格のあるデザインを生むことは難しい。もちろんデザイナーが企業の志を育てるという道もあるが、こちらの道は相当険しい。

ブランディング戦略も「品」の表出という言い換えることができる。製品やサービス、広告や店舗から、いかに「品」を滲み出すか。押しつけるのでなく受け手が自ずと気づくように。

品質、品格、品位、品性、気品……これほどブランドの高い価値を語るのにふさわしい言葉はない。製品に品あり、商品に品あり、である。
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そうそう、冒頭のあるデザイナーとは細谷巖氏のことである。『細谷巖のデザインロード69』(白水社)が出版されて著者インタビューを『デザインの現場』に頼まれた。

一連のキユーピーの企業広告など細谷氏の仕事は、まさに「品」の真義の迫ったデザインだ。細谷氏はブランドやブランディングといった言葉を一切使わず、もっぱら品を黙々と表現することで、日本の広告デザイン史に残る優れた企業広告・商品広告をいくつも生み出してきた。品にこだわれば、自ずとデザイナーのなすべきブランディング戦略が見えてくる。細谷氏の仕事を振り返って、そんなことを強く感じた。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-07-18 03:49 | Comments(0)


Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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