藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
モエレで起きたちょっとした奇跡のお話
先週の土日、紅葉の北海道に行きました。
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報告が遅れましたが、いいことがありました、とても感動的なことが。

北海道に行ったのは、某誌の取材で滝川と札幌で開催された五十嵐威暢展の見学バスツアーに参加したからです。仕事で書く話ですから、五十嵐威暢展のことはここでは書きません。面白かった、としか。
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バスツアーには五十嵐展のほか、サービスメニューのようなかたちで札幌のイサム・ノグチの「モエレ沼公園」の見学が含まれていました。

僕は二度目のモエレです。海の噴水が完成し全面完成してからは初めて。モエレ山も初登頂です。
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日曜日の午後、たまに陽が差しましたが基本的に曇りです。しかし、絶好の天候だと思いました。以前このブログのモエレのプレイマウンテンに関する記事にいただいたver.さんのコメントに「晴れて分厚い雲がたくさん浮いている時はサーマル日和です」と書かれてあったからです。

このブログのタイトル写真は、以前モエレのプレイマウンテンで撮ったトンビとラジコングライダーのランデブーです。今度もまたいい写真が撮れるはず──そう期待に胸膨らませながらプレイマウンテンに登りました。
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トンビもグライダーもサーマル(熱上昇気流)と戯れていました。3人の方がグライダー操縦に興じています。「あそこにサーマルが……」といった会話が聞こえます。彼らには僕らの見えないものが見えている。やはり今日は絶好の日和かも、と思いつつ、連写のきかないEOS Kiss Digitalにイライラしながら必死にシャッターを切りました。
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うん、いい絵が撮れたかも、と思って、3人の方の中の一人に声をかけてみました。「今日はグライダーを飛ばすのにいい天候なのですか? サーマル日和とか言うんですよね。僕はブログを書いていて、2年前にここに来たとき、トンビとランデブー飛行の写真を撮ったんです。それをブログに載せていたら、“その操縦をしてる人は僕の仲間です”とブログにコメントをいただいた。それでサーマルのことを教えてもらいまして」と話していたら、「それ、僕ですと」と隣にいた方が……。

d0039955_23122955.jpgいやぁ〜嬉しかったです。心が震えました。正直言うと、もしかしたら、3人のうち誰かがそうかも、と根拠のない“予感”のようなもを感じていたのですが、でも、いきなり「もしかして僕のブログにコメントした方ですか?」と声をかけるわけにもいかず、だから、少し声量を大きくして回りに聞こえるように話かけてみたのです。

d0039955_1144247.jpgver.さんと握手しました。ネットのコミュニケーションに血が通いました。これこそプレイマウンテンの力。遊びの親和力です。

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モエレ山は園内で最も高い山です。プレイマウンテンは脇役になってしまったのかな、と思いきや、モエレ山に登って気づきました。これはプレイマウンテンを見るための山です。
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証拠に僕がモエレ山の頂上から撮ったプレイマウンテン(上の写真)と、1933年イサム・ノグチが最初に大地(地球=earth)を彫刻するという構想を思いついたとされる鍬のモニュメントのドローイング(リンクのページの中央)と見比べて下さい。同じ角度です。モエレ山のてっぺんからノグチが最初に思い描いたプレイマウンテンの姿を見ることができるのです。やはりモエレの主役はプレイマウンテンです。
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-29 23:30 | お気に入りの過去記事 | Comments(3)
 
心を癒すコートとは?
d0039955_12565846.jpg昨日は打ち合わせの後、展覧会巡り。
アクシスギャラリーで(11月26日)まで開催されているプレファブコート展「眞田岳彦/人を包むデザイン」が面白かったです。プレファブコートとは「震災など自然災害後に起こる“心の痛みや傷つき”(PTSD) の緩和を目的とした組み立て式コート」のことだそうです。最初は理解できませんでした。事前にハガキの告知を見たときはピクトグラムの展覧会かと思ったくらいで、会場に入っても最初はポカーンとインスタレーションを眺めてました。
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コートですが、広げると長方形のシートになります。四隅にファスナーが付いていてつなぎ合わせることができる。テントにしたり、囲いにしたり、座るためのシートにしたり、状況によってさまざまな使い方が可能です。会場ではコートがつなぎ合わされ、パーティションになったり、囲いになったり、天井から吊されていたりで、空間全体がテキスタイルによるインスタレーションになっていました。きっと災害時の避難所でテントなどに使えるだろう……そこまでは会場を歩き回っているうちに理解できました。
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しかし「心の痛みや傷つきの緩和」という点に関しては、いまひとつ理解できない。眞田さんは哲学者や精神医学者との対話や交換書簡、勉強会を通して、デザインによってPSTDの緩和をどのように図るかを考えていったそうですが、どうも机上の空論のような気がして。実際現場でどうなのか? と、つい意地悪く思ってしまうのです。

d0039955_12174984.jpg会場内のパネルを読み込み、よ〜く考えるといろいろ推察できます。他人とコートとつなぎ合わせて被災者同士の連帯感を演出できる。子どもたちの心のケアのためポケットの部分にアザラシの絵をそっと忍ばせる配慮もあります。薄くて強度が高い生地は、東レがこのコートのために製作したナイロンリップストップ生地で、他に蓄光繊維や消臭繊維も使われています。光を放つ蓄光繊維はきっと心の灯火となるでしょう。消臭効果は心の落ち着きに作用するでしょう……。

でも実証がないから説得力に欠けてしまう。お披露目の次はぜひ現場へ。実証報告をしてもらいたい。

坂茂さんの紙の建築が素晴らしいのは、最初紙管を展覧会のインスタレーションに使った後、さらになる研究を重ね、アフリカの難民のためのシェルターとして国連難民高等弁務官事務所とともに開発を進め、戸数はわずかだったけれども神戸にもトルコにも実際に紙の仮設住宅をつくった点にあるわけです。プレファブコートもそこまで行って、いいのか悪いのか評価できるわけで、今回の展覧会は、評価不能、でも試みとしては面白い。この先の展開を見てみたい、そう思ったわけです。

インスタレーションの次は、ヨーゼフ・ボイス風に言えば、アクション!
次のアクションがプレファブコートの価値を決めます。


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アクシスギャラリーの後は、森美術館へ。杉本博司展、よかったです。作品もいいけど展示もよかった。とくに入口。無の世界から立ち上がる力強いイメージの世界(ネタバレになるので説明しません)で、つかみはOK。池田亮司のサウンドインスタレーションもいい。空間系のデザイナーの方も必見だと思います。

ダヴィンチ展を見て中目黒のフィンランドカフェへ。マリメッコのテキスタイルデザイナー、マイヤ・イソラの娘、クリスティーナ・イソラさんの講演会を聞く。マイヤの生涯が見渡せて勉強になりました。100人弱くらいの聴衆のなか男性は5人くらい。男一人で来ているのはおそらく僕くらいだったと思う。あとはカップル。clamp展以来の“オジサンここにいてもいいのかな感”でした。

【関連リンク】
眞田岳彦氏のHP
・プレファブコート展についてはアクシスギャラリー
フィンランドカフェ
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-28 12:27 | Comments(3)
 
Whiteboardを読んで
プロダクトデザイナーの秋田道夫さんのWhiteboardの10月26日の記事で、このブログのグッドデザイン賞の記事についての言及がありました。話題にしていただくだけでたいへん嬉しいのですが、秋田さんのご意見に対して、きちんと僕のものの見方を表明しておく必要を感じたので、こちらで綴ります。


僕はつねに自分が面白いと思ったことを書いています。深澤さんのプレゼンはカメラを構えていた自分にとって「あっ、やられたな」と単純に思ったから取り上げたまでです。無音プレゼンはいかにも深澤さんらしい。今回の15点は出来すぎのプレゼンが多く、かえってSANAAのスタッフによる金沢21世紀現代美術館の時間オーバーになったプレゼンが素人っぽくて印象に残ったくらいです。その中での無音だったから面白いと思ったわけです。

深澤さんとは二度名刺をパーティーで交換しただけで「知り合い」なんてものではありません。去年の今頃、今はなき『Design News』の取材を申し込むため、ふだんは出かけないパーティーに行って挨拶したら、そのあと取材を断られて、ああ、あの時テンション高くしゃべりすぎたのが良くなかったのかな、とひどくヘコんだくらいですから。取材に時間を頂けなかったのはスケジュールがタイトだったからのようですが。

僕が面白い、今の自分にとって気になるということをそのまま書いているので、それが「フェアー」かどうかは正直自信が持てません。でも、それでいいのだと思っています。

デザイン界に評論がないこと。これはひとえにデザイン界が評論を欲していないからだと思っています。

美術やデザインの評論とは、評論家が自分の理論をアーティストやデザイナーの仕事を題材にして構築するものです。アーティストやデザイナーが作るときに考えていたのとまったく違う文脈で取り上げられる可能性も多々あります。なぜその作品がその形になったのか、それを十分に知っていない評論家が、自分の理論のために、作品を取り上げるのです。物を書く側は作品の出自をすべて知り尽くすのは不可能です。逆に言うと、作家はつねに自分の作品がなぜそのような最終形になったのか正確に知らない評論家に、書かれてしまう危険を孕むもの──それが評論です。

もちろん取材は重ねます。作り手と知り合いにならないと語ってくれないこともあります。でもそれは両刃の刃で、知り合いになりすぎて提灯記事を書くことになる人もよく見かけます。

辛辣な言葉を発しようと心がけたら、どうしても出自がわからないことを断定的に書いてしまうことになります。秋田さんが「知り合いのバイアス」と書かれていたように。

美術界はメディアにおける言論の評価とギャラリーでの経済的評価の補完関係で、美術家の作品の価値が決まる、前近代的なシステムがあるので、美術家は評論家に身をゆだねざるを得ない部分があります。展覧会をサクッと見て軽く作品を解説したことのある評論家に、「展評」で自分の考えていたことと全然違う解釈を書かれてしまうことがある。逆に思いもしなかった高尚な思想を流麗な言葉で書いてもらえることもある。デザイン界では評論を後者だと勘違いしている人が多すぎます。だからADCのように相互褒め合い組織のようなものが生まれる。

デザイン評論が存在しないのは、デザイナーが評論に身をゆだねることを必要ないと考えているからだと思います。「デザイン雑誌にはちゃんとした批評がないんだよね」と語るデザイナーほど、原稿をチェックさせろとか、写真やレイアウトまでチェックさせろとか編集者に注文をつけてきます。長文のインタビュー記事や座談会などをチェックしてもらうのはいいのですが、展覧会評やジャーナリストの各方面を多面的に取材するレポート記事のためにもらったコメントまでチェックさせてくれというのは、ジャーナリストの仕事をバカにしています。レイアウトをチェックさせてくれというのも編集者の仕事をバカにしています。

顔の知らない駆け出しの若い評論家に影響力のあるメディアで、自分の作品を自由に語ってもらう度量は残念ながら今のデザイン界にはありません。デザイン活動には実際に大きなお金が動いているわけで、むやみに言論に身をゆだねることが無責任になるというデザイナーの立場も、僕は理解しています。デザインの世界では別に評論家に語ってもらわなくても製品の価値向上ができるシステムができているのですから。カメラやAV機器、クルマなどそれぞれの業界に評論家がいて、その人に〝デザインも〟語ってもらえばいいわけですし。

だから、僕は評論家でなくライターなんです。デザインジャーナリストと名乗るにはあまりにデザインジャーナリズムの力が弱すぎる。ジャーナリズム側が頑張っても、肝心のデザイナーたちが本当の評論を欲していないのだから、育つわけがない。

ま、でも、最初ツマラナイと思っていたことも探れば探るほど、ものの成り立ちに深い理由があって、どんどん好奇心が刺激されていく。それがデザインの面白いところです。その「あっこれ、こんな面白かったんだ」という部分を世の中に伝えるのが僕の役割です。

注射針の大賞についてですが、トラックバックをいただいた◆びいすと日記◆で知ったのですが、深絞りの技術で有名なあの岡野雅行さんの仕事だったのですね。25日のグッドデザインのプレゼンの時は岡野工業のもつ優れた技術に関して触れられていませんでした。受賞者のリストには、岡野さんも岡野工業の名を連ねていません。いろいろな事情があるのでしょう。もしかしたら岡野さんがリストに載ることを断ったのかなあ? そのへんの事情を調べてみたいです。

グッドデザイン大賞は、受賞者リストに名の無い、アノニマスな岡野さんへ贈られた賞と言ってもいいかもしれません。ある意味このアノニマスな姿勢は「デザインのないデザイン」の究極の形のように思えます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-27 10:40 | Comments(0)
 
大失敗
本日桑沢の昼間の講義で、最後の最後に語るべき大切なフレーズをど忘れしてしまい、悔しくて仕方ありません。先週末からせっせとPowerPointの準備をしてきた講義なのに。90分間の話をコレでまとめてるぞ、という言葉がどうしても出てこない。フリーズ状態でした。

ルイス・カーン、アフォーダンス、深澤さんのCDプレイヤー、エンツォ・マーリのゴミ箱、iMac、ミス・ブランチ、風灯の話をして、岡倉天心の『茶の本』の琴馴らしの話で締めようとしたんです。琴馴らしは、どんな名人も弾きこなせなかった龍門の琴を、伯牙という名人中の名人が琴と一体化することで弾きこなす、という話。琴が奏でるままにまかせたのが演奏の成功の秘訣と伯牙が語り、このエピソードが終わります。そこまではしっかり語りました。で、教室がシーンとなったところで、天心の言葉を語ると、これまでの話の話が全部つながる──。そこで突然フリーズです。脳みそが固まり、再起動できませんでした。記憶を外部のPowerPointに頼りすぎているから奥底にある記憶に辿り着けない。あせって真っ白。なんとか話をつないで終わらせましたが、沈黙の時間が長かったので助手さんに気持ち悪くなったのかと後で言われてしまいました。みんな真剣に聞いてくれていたので、ど忘れしたとも言えず。でも、ホントは正直に言ったほうがいいんですよね。まだまだ見栄っ張りです。

で、このブログを見ていただいている桑沢の学生の皆様、訂正です。

真の芸術とは、伯牙であり、
私たちは、龍門の琴である。

と天心が語りました。ここが思い出せなかった(汗)
「真の芸術は私たちだ」とかワケの分からないことを言ってしまったような気がする(汗2倍)。ま、それも面白い解釈だけど。

琴の視点からものを見ると、芸術やデザインの要点が見えてくる。よいデザインは私たち使い手・住み手・鑑賞する側の行為を誘い、記憶を喚起し、眠っていた私たちの創造性・想像力を呼びさます。そんな話がシメだったんです。来週訂正します。

申し訳ありませんでした。

とにかく僕は伯牙の領域にぜんぜん達していないようです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-26 16:10 | Comments(2)
 
今年は注射針でした
2005年度グッドデザイン大賞はテルモの注射針です。
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本日グッドデザイン賞表彰式に行ってきました。会場で決定した大賞はテルモのインスリン用注射針「ナノパス33」です。

世界最細の先端径0.2mm。従来のインスリン用注射針より20%細いそうです。針は細いほど痛みを軽減できるが、薬の注入がしにくくなる。細さと注入しやすさという相反する条件を、根元を太く先端に行くほど細くなる構造を開発して両立させたのがポイントです。

この眼で見ましたが、ホント細かったです(写真はルーペ越し)。
毎日数回注射をしなければならない糖尿病の患者さんたちの喜ぶ顔が見えるプロダクト。それを支える画期的構造と日本の微細加工技術。笑顔とものづくりをつなぐのがデザイン──そんな「プロジェクトX」みたいなわかりやすさが支持されたのでしょう。ベスト15から5点に絞られた2回目の審査投票で407票を獲得。2番目に票を獲った松下の「電池がどれでもライト」が215票ですから、ダブルスコアに近い圧倒的な差をつけての受賞です。

d0039955_2010363.jpg審査投票前に、大賞候補15点の各3分間のプレゼンテーションが行われたのですが、その中でいちばん印象深かったのは深澤直人さん。最初自分の名を名乗り、その後は全く声を発しない。映像も完全サウンドオフ。スクリーンに画像と文字が交互に映し出されるだけ。いつしゃべりだすかと思って見ていたら、映像が終わって挨拶しただけ。僕はステージ最前列でカメラを構えていたのですが、深澤さんはずっとスクリーンを眺めているだけなのでシャッターチャンスなし。見事な無音プレゼンでした。ですが、±0の加湿器自体は審査員の票をあまり集められず。深澤さんはいまやニッポンデザインの顔なのだからグッドデザインMIPとかあげればいいのに。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-25 19:50 | Comments(5)
 
最近のお気に入り
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エンツォ・マーリがダネーゼのためにデザインしたイン・アテッサ(1971年)。買ってほぼ1か月経ちますが、イイです! 近所のインテリアショップで8925円。斜めに傾いていてゴミ箱にゴミを放り投げるのが楽しいです。買うまで気づかなかったけど、開口部がやや開いている。この微妙なカーブがゴミをやさしく誘います。明日から北海道です。
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-22 00:28 | Comments(3)
 
新しい友達です
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買っちゃいました。ブルーノ・ムナーリのZIZI。講義でジジの話をしようといろいろ調べてたら、つい欲しくなってしまって。hhstyle.comで9030円。ちっとも高いと思いません。iPod ZIZIとか出ないかな。肩に乗せて持ち歩くけど。スケジュール管理なんかもしてくれて。メールが来たのを教えてくれたり──。(2008年2月で5775円です。EURO高なのに、ずいぶん下がりました)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-18 19:27 | Comments(9)
 
モダニズムという怪物
Yanagimotoさんから再びコメントをいただきました。ありがとうございます。僕も長文で返事します。
>モダニズムはもっと自由で人間的であったのだと思います。戦後、自分たちは自由であると錯覚した頃からモダニズムのボタンはかけ違えられてしまったのかもしれません。
というコメントについて考えたことです。

僕のモダニズム観を書きます。
僕はモダニズムを、自我の確立だの、科学と合理主義に基づいた社会の建設だの、標準化だの、普遍化だの、機能主義だの、鉄とコンクリートとガラスの建築だの、伝統の拒絶だのとは捉えていません。モダニズムの基軸となるのは理性でなく欲望です。

たしかに20世紀初頭の人たちがめざした近代化とは、社会が個人を基盤に形成され、ひとりひとりが高い人間性を発揮して暮らせる社会を作ることでした。ひとりひとりが高い人間性を発揮するには自由と平等が必要です。そのために合理的精神に基づいた社会システムが整備され、科学技術がそれを下支えします。

しかし実際には、自由や平等、より良き社会建設という標語のもとに、人がどんどん殺されていきます。アメリカ人の自由を予防接種的に守るために、犯人のいそうな場所にミサイルを撃ち込むことが許される。僕にはそれがモダニズムの真の姿のように思えます。

モダニズムとは、欲望を無限に解放するシステムが世界を覆い尽くすプロセスです。20世紀前半の人たちは、モダニズムという理想の中で本当の怪物がどんどん大きくなっているのを気づかなかったのです(浦沢直樹の『MONSTER』風に)。ヒトラーやスターリンは怪物の絶好の隠れ蓑になってくれました。


建築で言えばモダニズムの歴史はこうです。

産業革命が起こり、都市は労働者で溢れ、鉄筋コンクリートなどの新しい材料や工法が生まれ、新しい建築や都市のあり方が必要となります。にもかかわらず19世紀西欧のアカデミックな建築界は過去の様式を真似るだけの建築ばかりを繰り返していました。

ようやく20世紀になってル・コルビュジエやグロピウスをはじめとするモダニズムの闘士が反旗を翻します。こうしてモダニズムは世界的な潮流となり、より多くの人が平等に衛生的で快適な暮らしを享受できる、機能的で経済効率の高い建築や都市の新しいシステムが、建築家によって次々と提案されていきます。建築に夢を見たのです。

過去の様式の意匠に頼らず、世界のどこでも同じように使える鉄やガラスやコンクリートといった工業的材料をその素材特性や構造に正直につくっていくと、世界中の町に同じような形をした建築が建つことになります。インターナショナルスタイルとちやほやされたのも束の間で、人間の暮らしを型にはめることへの懸念のほうが強くなります。

大衆は機能主義に息苦しさを感じはじめ、デベロッパーたちはモダニズム建築の劣化コピーを量産します。欧米では郊外の中高層集合住宅がスラム化しました。欲望が理想を喰らい、モダニストたちの抱いたビジョンは閉塞します。建築家たちは次々とモダニズムの旗を降ろしました。夢の続きを新しいポストモダンの旗のもとで見ようとした人たちもいます。が、その旗は10年もたなかった。

90年代以降の建築をひと言で括る言葉はありません。建築が多様化したからでしょうか。いや僕はそう思いません。建築家や建築史家が言説の上で勝手にモダニズムの時代を終わらせてしまったからです。
建築家がモダニズムの旗を降ろしたからモダニズムが終わったと考えるのは、建築家や建築史家の傲慢です。錯誤です。


モダニズムは聖人ではありませんでした。怪物だったのです。60年代くらいには先端の建築家はみんなうすうす気づいていたと思います。自分たちが追い求めた理想の中で途轍もなく大きくなった怪物の正体に。

怪物が大きくなったのは建築家たちの責任ではありません。エリート建築家たるものがその巨大化をまったく阻止できなかった、と恥じ入る問題でもありません。もっと根深い問題です。

止めようがないことを知っているから手を結ぶ。現在、銀座や表参道や青山に建つ内外の有名建築家が手がけたファッションビルなどはまさにモダニズムの進行形です。いいとも悪いとも思いません。

ただ確実に言えることは、どんなに建築的に時代の先を行く仕事を仕掛けても、ここには建築家がどうすることもできないモダニズムがあって、建築家はその怪物の手のひらの上で建築の可能性を追い求めていくことから逃れられない、ということです。

建築の話になりましたが、デザインも全く同じです。欲望を無限に解放するシステムを加速するのがデザイナーの仕事になっています。デザインだけじゃありません。科学も工学も欲望拡大ツールになってます。いまさらモンスターを目の前にして「小さくなれ」とか「Less,but better」と叫んでも無力感しか伝わらない。正直、ディーター・ラムスの講演を聞いてそう思いました。だけど、それでも叫ぶ。「ヤツは怪物だ」と。

今は怪物の存在を認め、どうやったら手なずけられるか、どう節度をもって共に生きるか、どのように膨張のスピードを抑えるか、を真剣に考える時代です。理想論を語るためにその存在を無視したり、完全に消し去ることができるという安易な希望をもつ時代じゃないと思います。

建築家や建築史家たちは建築界で語られるモダニズムを初期モダニズムと言い換えるべきです。デザイン界もそれに準じるべきです。初期モダニズムと言えば、70年代後半から80年代のポストモダンのムーブメントが現在の剥き出しのモダニズムの単なる通過点であったことがきちんと見えてきます。私たちはモダニズムの本番に生きているのです。



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あ、それから別館のDP Annexにラムス展@建仁寺で見つけた小ネタをアップしました。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-14 00:55 | お気に入りの過去記事 | Comments(2)
 
Yanagimotoさま
建仁寺のディーター・ラムス展の記事に長文のコメントをいただきました。Yanagimotoさんって、もしかしてGryph.の柳本さんですよね? はじめまして。間違ってたらごめんなさい。コメントへの返信も長文になりそうです。ですから、こちらに書きます。

Yanagimotoさま

コメントをいただき、すごく考えさせられました。

最近カーサの仕事をしてませんが、僕はあの雑誌ではどちらかというと巨匠&大御所担当で、すでに亡くなった巨匠をこの世に呼び戻したり、還暦、古希、米寿の大建築家・デザイナーからお話を聞くという仕事をしてました。そこで憶えたインタビューのテクニックに、大御所に「でも」と言うな、というのがあります。インタビューの最中、その話、ちょっと違うなと思っても反論してはいけない。「でも、最近はこうじゃないですか」などと言うと、その時点で話の興に乗り始めていた彼らの気持ちが冷めてしまいます。話が脱線しても、とにかく「うん、うん」と聴き続けること。百戦錬磨の老人たちは話を横道にそらしながら、コイツはどれだけオレの話を聞く度量があるか探りを入れてきます。そこをクリアして一生懸命聞いていると彼らはちゃんとインタビュアーにとっておいしいコメントを言ってくれます。聞いてて良かったという話をしてくれます。
相手の懐に入らないと大切なメッセージはもらえない。たしかに彼らは「最近の若いもんは……」「昔は良かった」と聞こえる言い方をするときがあります。だけどそれは入口です。その向こうに大切な言葉がある。僕はそう思ってます。

ディーター・ラムスの時代はあの時代なりの混沌があったと思います。ナチスの傷痕がまだ癒えず、ユダヤ人虐殺の呵責にさいなまれながらも、東西冷戦に突入し、国家は完全に分断される。第二次大戦の敗戦がドイツ人に与えた精神的な傷は非常に大きかったと思います。第一次大戦でもドイツは敗戦しました。経済的にも破綻しました。しかしあの時はワイマール共和国ができ、新しい時代の希望が見えていた。バウハウスも、新しい憲法が制定され共和国の名に冠された町に設立されるわけですし。

しかし第二次大戦の敗戦はドイツの精神的な基盤を根本から揺るがしました。ドイツ的なるものへの信念が崩れ、もはやワーグナー的世界だけを安住の地にして生きていくことができなくなった。そんな状況の中でのウルム造形大学だったと思います。ブラウン社のデザインだったと思います。

ラムスが「ビジョンが必要だ」というのは、戦後ドイツの時代精神(Zeitgeist)の混沌の中から生まれた叫びだと思います。ドイツ機能主義の息苦しさは、過去を拠り所にできなくなった人たちが、未来の展望(ビジョン)に拠り所を見つけようと、もがき苦しんだ必死さの現れだと思います。ナチスに対峙したバウハウスの思想は未来だったはずです。ラムスにしろハンス・グジェロにしろオトル・アイヒャーにしろ、彼らはそこに分裂したドイツ精神の未来を見たはずです。

今の時代の混沌は、彼らの時代の混沌とはかなり異なります。もっとグローバルなものになっている。貧富の格差が広がる世界、深刻化する環境汚染、マーケティング屋さんの理論と分析にデザイナーが返す言葉のない現状、そうした新たな混沌と闘うのは、新しい世代の仕事です。老兵に「こちらを歩め」と道を指し示してもらうのは虫の良すぎる話です。「ビジョンを示せ、前を見ろ」のメッセージだけでいい。僕は彼らが決して反対意見ばかり述べているのではないと思います。

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次にラムスと侘び寂びに関してです。
桂離宮か、東照宮か。ブルーノ・タウトは東照宮を酷評しました。その背景には戦前の日本人のモダニストたちの思惑がある、と井上章一氏は『つくられた桂離宮神話』で詳しく分析しています。岡倉天心の隠れた影響まで書いてます。たしかに利休は秀吉のために超ゴージャスな黄金の茶室をつくっているわけですし。建仁寺からも近い八坂神社横の、伊東忠太が設計した個人専用展望台「祇園閣」(写真)とか、ああした元祖?とんでも建築まで含めて日本文化ですからね。

ま、おっしゃるとおりドイツ人はケチです。かつて南仏だったかスペインの観光地で、ドイツ人はキャンピングカーでやって来てビーチパラソルからなにからすべて自前で用意してぜんぜんお金を落としていかない、とホテルのオーナーが嘆いていたのを聞いたことがあります。

でも、ケチだから侘び寂びの表層を受けとめてるだけというのはいささか暴論だと思います。あの時代のドイツ人、その中でもバウハウスが示したビジョンに未来を求めた人々が、「生きることすなわち芸術」という境地に至るために、雑然や混沌を削ぎ落とし、空に本質を見た茶人の美学に惹かれるのは、当然の成り行きのような気がします。

僕はラムスの美学が侘び寂びとつながるのが悪いことだと思いません。彼らには彼らの必然があったわけですから。

しかし、モダニズムと侘び寂びのつながりが一面的であることを感じていた人もいました。ウルム造形大学で教鞭を執った杉浦康平氏は、西洋人の侘び寂びだけの東洋思想の理解に強い違和感をもったのだと思います。ドイツから帰国後、杉浦氏はチベットの曼陀羅などアジアの図像研究の深めている。1954年桂離宮にミースのレイクショアドライヴ・アパートメントとの類似を見た写真家の石元泰博氏も、やはり曼陀羅の美に魅せられました。石元氏は1981年修復後の桂離宮の再撮影の際、桂に侘び寂びでない煌びやかな美を見出したという話を直接聞いたことがあります。

欧米のデザイナーや建築家が単にイメージとして東洋でなく、東洋の文化の陰陽の共存の哲学を積極的に受け入れるようになったのは、これは僕の推測ですが、1970年代後半くらいからだと思っています。90年代になるとジャン・ヌーヴェルが『陰翳礼讃』からの影響を公言したり、安藤さんが世界的に受け入れたり……。

日本人は外国人に「日本美の再発見」してもらって喜ぶことをそろそろ卒業したほうがいい──と主張するのは簡単です。たしかに物知り外人を連れて日本のデザインを評価させれば雑誌記事ができちゃうってのはなんか情けない。ですが、一方で、外からの視線を尊重するからこそ、日本人は変化に対応できて繁栄を享受できているというのも事実です。他人を見下す優越感より、劣等感をもっていたほうが、人は伸びます。ラムスはまだ私たちの知らない日本文化を見ているかもしれません。

ラムスがSONYを意識していたことに関してですが、大賀典雄さんのように、芸術全般に深い造詣のあり、デザイン室長を務めた経営者のいた会社が、世界中のデザイナーから尊敬を集めてるのは当然だと思います。今で言えばアップル。ジョブスのデザインへの理解があって、はじめてジョナサン・アイヴの才能が生きる。『Design News』『AXIS』の80年代のバックナンバーで大賀さんのインタビューを読むと、その懐の深さに感動させられます。僕はホント、今のソニーのデザイナーに頑張ってもらいたい。サッカーでたとえれば、監督が明確なビジョンを示せずに、ただ各々の才能あるプレイヤー(デザイナー)がフィールドで自分の頭で解釈したチームの伝統的戦術をバラバラにプレイしている感じです。

d0039955_20572465.jpg本音のコメントをいただき、こうやって考えを膨らませることができて嬉しいです。本当に有り難うございます。

ちょっと付け加えます。ラムスの姿勢を擁護してきましたが、僕自身のデザインの好き嫌いは別です。遊び心が欲しいというか。ミニマムにデザインをまとめあげるにしても、ちょっと狂気が感じられるエンツォ・マーリあたりが好みですね。でも、やはり語り継がなくちゃいけないデザインだと思います、ブラウン社のデザインは。
アクシスギャラリーのブラウン展、硬派な展示がよかったです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-12 20:44 | Comments(4)
 
デザインオタクはどこにいる?
野村総合研究所が発表したオタク消費市場の分析がおもしろい。
国内主要12分野のオタクを分類して、その人口と市場規模を推計している。
コミック、アニメ、鉄道のほか、旅やファッション、芸能人、携帯型IT機器といった分野もあり、マニア消費者=オタク層としてオタクの再定義をしている。

野村総研の推定によると、コミックが35万人、アニメ11万人、ゲーム16万人、芸能人28万人、AV機器6万人、旅行25万人、ファッション4万人、鉄道2万人。マニア人口というだけあって絞り込まれた数字のようだ。

ならば、デザインオタクや建築オタクというのはどのくらいの人口だろうかと考えた。デザインと建築を合わせて、鉄道に勝てるか。たぶん勝てない。デザイン好きや建築好き、カーサが好き、talbyのデザイナー名が言えるというレベルならかなり裾野は広がっていると思うが。

野村総研はオタク層の分析にあたって、一般的な企業のマーケティングフレームである「4P」(Product:製品、Price:価格、Place:販売チャネル、 Promotion:プロモーション)に加えて、今回、新しいマーケティングフレームとして「3C」を提唱した。
ニュースリリースから引用すると、
・ 収集 (Collection):商品やサービスにコレクション要素を付加することにより、継続的な消費を促す。
・ 創造 (Creativity):改造や使いこなしの余地のある商品を投入し、ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供することにより、商品への愛着を強める。
・ コミュニティ(Community):情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供することにより、消費活動を促進する。


市場規模の拡大を考えるなら、おそらく収集という要素が大切なのだろう。でも、マニアの強度、マニアのコアさ加減を決めるのは、収集でなく、創造とコミュニティだと僕は思う。

さて、僕のオタクの定義を披露しておこう。

あるコミュニティの中で、その人が持っている情報の多さと精度によって人格が判断されるようにまでなった人たちのこと。性格がいいとか悪いとか、容姿や身なりなどで人格が判断されない。人付き合いが悪くて、嫌みなヤツでも、人の持ってない情報を集め、組み合わせ、披露できればいい。一般の人たちに分からなくても、その情報の重要性を理解してくれるコミュニティに属していればいい。オタクの人格は情報の量と質で判断される。だからオタクは情報を得るために必死になる。そこにコアな市場が生まれ、それが時代をリードする。

作り手側の人間、つまりデザイナーや建築家、アーティスト、マンガ家、ゲームクリエイター、小説家、映画監督などの場合は、「情報の量と質」でなく、「作品」で人格的評価が決まる。(ちなみに作品にも量と質がある。量は作品数でなく売り上げ)。

作り手の創造は、野村総研の3Cの内の「創造」とは異質のものだ。3Cで定義された創造は受け手側の創造である。「ユーザの消費活動において創造性を発揮する場を提供する」と書かれている通り、企業がマニア消費者へ仕掛けるマーケティング戦略の方向性を示したものだ。「改造や使いこなしの余地」とは、与えられたものをいかに改造するか、使いこなすか、カスタマイズするか、着こなすか、住みこなすかであって、ゼロから創造ではない。

しかし、ゼロから創造なんてあり得るか、という根本問題がある。既存の情報を集め、状況に合わせた情報を選択し、組み合わせ直し、新しい価値を生み出す。リノベーションやリデザイン、リミックスといった手法はまさにオタク的創造といえる。別にRe××と付かなくても、デザイン自体そうした手法から離れられない。膨大な情報の海から情報を集め、削ぎ落とし、整理し、組み合わせ、さまざまな制約の中で時代に最もふさわしい問題解決策を探るのがデザインなのだから。

そうした才能は、デザイナーだけでなくミュージシャン、アーティスト、いや現代のあらゆるクリエイターに問われている。作り手の創造と受け手の創造を隔てる古びたボーダーを気軽に飛び越えられる才能が必要とされているのだ。

問題は創造の種類ではない。コミュニティの有無だ。創造はそれを評価できるコミュニティが形成されて初めて価値を持つ。ここが真のオタクの地平だ。本人の性格がかなり歪んでいても、創造性を評価してくれるコミュニティがあればいいわけだ。学校や会社で一生懸命デザインして、個人の創造性を育てても、コミュニティが育たないと、自己満足で終わってしまう。創造の強度はコミュニティの強度に保障される。

企業のマーケティング戦略主導でオタクのコミュニティを作れるのか、という疑問がある。野村総研が「コミュニティ:情報交換や情報発信、自己の創造活動を発表する場を提供する」とあっさり書いているところに、マーケティング屋さんの慢心が見え隠れする。2ちゃんねるを電通が作れるとでも思っているだろうか。

コミュニティはマーケットとは違う。どうしても自然発生的な部分に頼らざるを得ない。マーケットを作るには消費者を見つければいい、増やせばいい、育てればいい。マーケットは受け手の問題だが、コミュニティは情報の作り手、送り手、受け手すべてを含む。

問われるのはコミュニティの創造だ。ここが本当に難しい。従来のやり方は通用しない。大手出版社から雑誌を創刊しました、テレビで情報流しました、ポータルサイトを作りました、渋谷でイベントしました、といったレベルでは、強度のあるコミュニティを作るのは不可能だ。

クリエイターは真性オタクであり、オタクはプチクリエイターだ。現役アニメーターが最高のアニメオタクであり、アニメーター予備軍や同人誌を作ったりコスプレしたりする創造する受け手がアニメオタクの中核と重なり合う。コミックも同様。作り手であり受け手である最もコアな人たちが出没するコミュニティこそ、最先端マーケットに変身する可能性がある。

デザイナーというのは学校で教わった作品主義が染みつきすぎて、コミュニティ創造をおろそかにしてきた面がある。いいものを作ればいつか世の中が分かってくれると思うのは作品主義者の幻想にすぎない。

実際は現役デザイナーがいちばんのデザインオタクであるわけだが、それを横につなぐコミュニティに強度がない。幅も深さもない。ジャンル別になりすぎていたり、先生と呼ばれる人たちが集まるサロンになってしまったり、現在のコミュニティは機能不全に陥っているものが多い。

デザイナーの創造が、漠たるマーケットの中で計測された「量」だけで評価されるのは哀しいことだ。権威ある先生方の審査によってデザイナーの創造の「質」を評価する仕組みを否定するつもりはない。逆にコンペや賞はもっともっと必要なくらいだ。が、同時に、お互い顔は知らなくてもデザインへの思いで通じ合う人たちが、デザイナーの創造の「質」を語りあい評価しあえるコミュニティを作る必要がある。デザインの知恵が今後さらに社会に対して力を持つには、そこが重要だ。このコミュニティこそ、時代の最先端を行く鋭い感性を持つ住人が暮らすマーケットになるポテンシャルを持っているわけだから。もちろん、そこがデザインオタクの棲み処でもある。

デザインや建築の学校に入学し、バリバリのモダニストとして教育を受け、デザインの仕事に就いたが、何らかの事情でデザインや建築の仕事から離れることになった隠れモダニストはたくさんいるはずだ。会社組織などの都合で満足のいく仕事ができないデザイナーもたくさんいるだろう。もちろん、デザイン教育は受けてないけれども、何らかの形でデザインに関わり、デザインの深みにハマってしまった人もいるだろう。僕のように。

そうしたデザインへの熱い思いを抱く人たちと、第一線のデザイナーとがジャンルや年齢を超え、同じ目線で語り合えるコミュニティを作ること。そこに真のデザインオタクが生まれ、その層がデザインの力の底上げの基盤となるはずだ。サロンは要らない。有名デザイナーのセミナーを会社の経費だから払えるような高い受講料を払って聞きに行く時代はもう終わった。知を囲い込んで商売する連中がいる業界には未来がない。
マーケットよりコミュニティを! 創造と同時にコミュニティを!

野村総研の推計だとカメラオタクは5万人で市場規模180億円。デザインオタクはその倍以上はあってもいいと思うのだが。


【関連リンク】
ITmediaニュース:オタクは遍在する
野村総合研究所(NRI)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-10 01:48 | お気に入りの過去記事 | Comments(12)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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