藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
暑っ!
Schönes Wetter heute, nicht war?
で、よかったんだっけ?
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つうより暑すぎです。カメラを向ける前は38度を表示してました。
でも東京の31度のほうが体感的には暑い。
旧・東ドイツの計画都市アイゼンヒュッテンシュタットにて。
旧名スターリンシュタット。ポーランド国境沿いの製鉄所の街です。
なぜ行ったのか? 8月15日売りの『BRUTUS』アノニマスデザイン特集をお読みください。原稿書かなくちゃ。
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by cabanon | 2006-06-30 22:02 | Comments(0)
 
ユダヤ博物館
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念願のリベスキンド設計「ユダヤ博物館」@ベルリンへ。撮影の難しい建築です。向かいのビルの上にでも行かないとギザギザのプランは撮影できない。だけど、失敗した写真がこの建築の要点をうまく撮し出してくれました。常設展のある地下に降りていく階段は、表現主義絵画のよう。ホロコーストタワー(下の黒い写真)は、地上から差し込む光が希望とも絶望ともとれる、忘れがたい空間でした。
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企画展で開かれていたフロイト生誕150周年の「精神分析(サイコ・アナリシス)展」(8月27日まで)。すごく面白かったです。重厚なテーマを、ここまで親しみやすくポップにしかも内容濃く見せるか、感心させられる展示でした。学芸員とディスプレイデザイナーは必見です。
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マゾヒズム、ヒステリー、肛門期などと書かれた
文字板の裏に、それぞれの項目を解説する
テキストとインタラクティブな仕掛けがある
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フロイト生誕から現代までの150年間を、
ケーキの上の手作り人形で表現

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たぶん椅子です。上にプロジェクションされているのは

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by cabanon | 2006-06-30 19:53 | Comments(0)
 
機能はユーモアに従う!?
ベルリンから帰ってきました。ずっと取材で一人の時はホテルで原稿を書いていたので、考えてみれば一度も一人で街へ出歩かなかったです。
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アムステルダム経由だったのでスキポール空港で世界一有名?な便器を撮ってきました。ハエを描いたおかげで、命中率アップ。掃除回数が減り、コストダウンにつながったそうです。
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公共デザインってユーモアが必要のようですね。

ベルリンでは、信号機のキャラクター「アンペルマン」にも挨拶してきました。このキャラは東ドイツ時代にデザインされ、統一後撤去されたけど、このキャラに愛着をもつ旧東側の人たちの声によって最近復活。去年この話を聞いた時は、まだ限られた場所しか設置されていないとのことだったですが、行ったら、ベルリンのかなりあちこちありました。ベルリン以外の旧東ドイツの街にもあったし、帰りの飛行機ではアンペルマンTシャツを着ている若い日本人男性もいました。僕もTシャツ買ったし。
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ユーモアやかわいらしさが、視認性を向上させます。街のシンボルにもなっています。スキポールのハエもベルリンのアンペルマンも、ユーモアがファンクショナルになることを証明しています。
「機能はユーモアに従う」って世界はとても素敵です。
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by cabanon | 2006-06-29 18:14 | Comments(6)
 
ベルリンにて
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本日ベルリンに到着しました。サッカー観戦に来たわけではありませんが、ブランデンブルク門でパブリックビューイングがあるというので、ホテルでチェックインを速攻ですませて、日本vsブラジル戦を観ました。

僕たちが到着してすぐ玉田のゴールが決めてくれた。大声でガッツポーズ。周囲のいろんな国のユニホームを着たサポーターたちから「やったじゃん」という視線をもらい、かなりの優越感に浸れました。

が、しかし、それもわずかな時間でした。前半終了間際のゴール前で地蔵のように立つロナウドに誰もマークせず、ヘッドで決められたゴールで至福の時間は終了。ブラジルが4点獲った頃には、黄色いシャツのブラジル・サポーターたちが「アリガトウ、アリガトウ、サヨナラ、サヨナラ」と即興の歌を歌い出す始末。正直、ムッときました。いつかリベンジしてもらいたい。さて明日から仕事です。
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by cabanon | 2006-06-23 07:59 | Comments(2)
 
スーパーノーマル展
1950〜80年代前半に活躍したイラストレーター、挿絵画家のプロフィールを書くというえらく面倒な仕事を引き受けて、資料探しに奔走しています。都立中央図書館で、南伸坊さんのことを調べていて、著書の『モンガイカンの美術館』(1983年 情報センター出版局)を読みました。

その本に収録されている「芸術はキチガイである」という、シュルレアリスムについて書いたエッセイを読んで、7月2日までAXISギャラリーで行われている「スーパーノーマル展」のことを考えました。エッセイの締めくくりの部分を引用します。(差別用語を含みますが、当時の思考をそのまま伝えたいので原文のまま書きます)

ところで「キチガイ」の人が何故モテルのかというのも、研究の結果、私はわかってしまった。そのワケは、「キチガイ」の人はフツーが身について、自分の奥底を忘れてしまった人より、正直に奥底が表に出ているので、「なつかしい」ような「永遠的」なような魅力を感じさせるからなのだ。(中略)シュルレアリスムの対象のアンドレ・ブルトンは精神病のお医者の卵だったので、こういう魅力に早めに気がついていたのではないだろうか。


時代が変わったようです。スーパーノーマル展、つまり超フツー展に出品されている展示物は、どれも「正直」なデザインです。深澤直人、ジャスパー・モリソン両氏がセレクトした200以上のプロダクトはいずれも、消費者やクライアントに媚びたり、奇をてらったり、インパクトだけで勝負したプロダクトではありません。

しかし南伸坊さんがこのエッセイを書いた70年代末では、「フツー」が身に付いた人は、自分の奥底が「正直に」出せない人たちなのです。むしろ「キ×ガイ」つまり「アブノーマル」こそ「正直」というわけです。

「なつかしい」ような「永遠的」なような魅力を持つものが、アブノーマルからスーパーノーマルへ変わってしまったのでしょうか。かつてダリのグニャリと曲がった時計に「永遠」を感じていた感性が、マックス・ビルがデザインした真円の時計に「永遠」を感じる感性に、いつの間にか入れ替わってしまったのでしょうか。

スーパーノーマル展は、「フツー」に徹することによって、現代の「フツー」の人たちが忘れている生活文化の奥底にある正直なモノのあり方を提示したものです。アブノーマルにならなくても、フツーであることを徹底的に実践すれば、フツーを越えられる。それがスーパーノーマルの境地だってわけでしょう。

ダリにもブルトンにも、ヘンリー・ダガーにもマルキ・ド・サドにもなるわけにはいかない人たちにとっては魅力的な方法論です。

「平常心是道」。これは南泉という中国・唐代の有名な禅僧が、仏心は平常心にある、と説いた言葉です。追い求めても悟りの道は開けない。ただただ平常心をもって日々の務めをこなすこと。スーパーノーマルという発想は「平常心是道」に通じます。

しかし、スーパーノーマル展は、フツーの極意に達せんがため、「フツー」を意識的に追い求め過ぎです。南泉の境地からむしろ遠ざかっている。一堂に会した204点の展示品すべてが「ノーマル、ノーマル」「平常心、平常心」と念仏を唱えているため、かえって平常心を忘れている。フツーに徹してフツーを越えるのは本当に難しい。その禅の公案のような逆説性まできちんと表現できないで、「ノーマル」に「スーパー」を冠するのはふさわしくない。僕はそう思います。

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あっ、でも、面白い展覧会でした、とフォローしておきます。「今」を知り、「デザイン」を語り合うために、見ておかないといけない展覧会です、ハイ。

それと余談をひとつ。この話を書こうと思って、昨日、南泉のことを調べたんです。するとその夜恵比寿の焼鳥屋で「南泉」という種子島の芋焼酎に遭遇。えらく美味かったです。
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by cabanon | 2006-06-21 17:51 | Comments(5)
 
傘立て
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買いました。浅野泰弘さんデザインの「スプラッシュ」。
濡れた傘を傘立てに入れると、ウチの奥さんに怒られて、
なんで傘立てなのに傘を入れちゃいけないだ!と逆ギレしつつ、
二人暮らしには多すぎる傘がぎゅうぎゅう詰めの傘立てを見て、
ここに、濡れ傘を入れるデリカシーの欠如を顧みて、
おっしゃることはごもっとも、と、
濡れ傘はいつも玄関先に立てかけていたんです。
でも、傘が倒れたりしてえらく美観を損ねる。

傘立てというのは、二種類必要なものです。
家にある傘を保管しておく傘立てと、濡れた傘を置いとく傘立て。
後者は必需品なのに、意外とないんです。

で、最初にこれを見た時から買おうと思っていました。
ただ、4200円と、かなりしっかりしたお値段なので躊躇してたんです。
降り続いた雨が、エイッと肩を押してくれました。
六本木のギャラリー・ルベインに行った時、
向かいの「MITATE」という名のショップで見かけて衝動買い。
そのあと、ネタ探しに行った原宿のAssistOnのほうが、
いろんなカラーバリエーションを扱ってたけど、
ま、でもこのピンクが好きです。

汚れのことを考えたらブラックとかダークブラウンとか買うべきのでしょうが、ラバーの上に水滴が、花弁の雫を思い起こさせますから。
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by cabanon | 2006-06-17 00:42 | Comments(0)
 
雨に消える椅子
消えないじゃん。
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吉岡徳仁さんの「雨に消える椅子」(2003年)。たまたま六本木けやき坂の近くまで行ったので、今日はしっかり降ってるし本当に消えるのか、見に行きました。

失敗してハレーション気味になってしまった写真の中では消えかかってます。夜なら消えるんでしょうか。それとも豪雨のみ。だったら、そう注釈を入れといて欲しいものです。
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補足:吉岡さんのオフィシャルサイトでは「雨の日に消える椅子」。椅子の右横の地面にある金属プレートには「雨に消える椅子」。ふたつ呼び名があるみたいです。
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by cabanon | 2006-06-15 21:22 | Comments(6)
 
決死の覚悟で乗りました
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A誌の連載記事のため東工大すずかけ台キャンパスへ行ってきました。
取材の帰りに、新聞にも載っていた、あのシンドラー社製エレベーターを見に行きました。ちゃんと無事に使われているのだろうか?
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ひときわ高い20階建ての「J2棟」内へ。昨年完成したばかりでまだ真新しい建物です。そこに高速エレベーターが3基あります。

d0039955_1945637.jpg学生も清掃のおばちゃんもふつうに使っていました。学生いわく「研究室のモーターのほうがよく暴走しますから」。そんな問題じゃないけど。

で、乗りました。大丈夫でした。「ひやかしのフリーライター、閉じこめられる」なんて記事にならなくてよかったです。
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by cabanon | 2006-06-09 19:12 | Comments(0)
 
昭和のくらし博物館へ
d0039955_3531985.jpg図書館でこの本を見つけて「この博物館、ウチの近くだわ」と思い、先週水曜日に訪ねてみました。大田区南久が原にある「昭和のくらし博物館」。最寄り駅は東急池上線・久が原駅か東急多摩川線・下丸子駅。僕は下丸子駅から歩きました。環八を渡り、多摩川の河岸段丘の坂を登ります。住宅街の中に緑が残り、都心より少しばかりゆったりした時間が流れています。

木造二階建ての住宅が「昭和のくらし博物館」です。館長は小泉和子さん。日本の家具、日用品研究の第一人者です。著書も多く、僕も何冊か持っています。あの小泉さんの博物館だというので、ぜひ行ってみたかったのです。

博物館は小泉さんが生まれ育った家です。1951年(昭和26年)に建てられたもので、設計は建築技師だった小泉さんの父によるものです。敷地が55坪、1階と2階を合わせた建坪面積は18坪。戦後復興期の庶民の生活を伝える私設ミュージアムとして1999年にオープンしました。

d0039955_3543963.jpg門をくぐると、左手に受付があります。誰もいないのでベルを鳴らして学芸員の方を呼び出す。そこで入場料500円を払い、まずは2階からご覧下さいなどと簡単な説明を受けて、家の中へ入ります。ガラガラって開ける玄関の曇りガラスの木枠の引き戸も絶滅危機種のひとつです。

二階の子ども部屋は文机やタンスの引き出しの中にまで展示品がいっぱい詰まっていて、全部見終わる頃には四帖半の部屋のスケール感に身体が馴染んできます。隣の部屋には衣服の展示がありました。こちらも資料がみっちりです。

下へ降りて、玄関から入ってすぐの書斎兼応接間へ。窓に向かって小泉さんの父が仕事をされていた机が置かれています。窓越しに人の出入りも知ることができたはずです。背中越しには、奥の茶の間にいる家人の様子も感じ取ることができたでしょう。

4帖半の洋間ですが、奥の茶の間への通路でもあるので、書斎部分はもっと狭く感じます。狭くても心地よいのは光と風通しのせいでしょう。しばし椅子に座ると時が経つのを忘れます。僕はどんな生活資料より、この部屋の風通しに惹かれました。往時は風だけでなく気配も流れていたでしょう。奥からNHKのAMラジオのニュースが流れていました。光と風と音と気配がこの家を巡るリズムに身を任せれば、きっと仕事にも集中できたでしょう。

奥へ入ると、卓袱台の置かれた茶の間。その脇の1帖半ばかりの台所には、氷冷蔵庫、釜など、さまざまな調理用具が置かれています。

道具は、実際そこで使われていた空間の中にあることによって、スケール感や存在感、使う人との関係性、そしてどんな使われ方をしていたかを、見る人に伝えてくれます。ガラスケースの中の展示ではそれを伝えるのは難しいし、鉄筋コンクリートの博物館内に再現された仮設のジオラマでも、光や風や音や気配といった身体全体で感じる重要な部分が欠落します。道具の記憶は空間の記憶とともにある。

懐かしさだけじゃない何かがある博物館です。人と道具と空間の関係に思いを馳せるのには絶好の場所だと思います。

【関連リンク】
昭和のくらし博物館のHP

博物館へ行く前に、下丸子駅の龍華という店でメンチカツ定食を食しました。どうです! 食品サンプルのような美しさ。ハレーション気味になってますが、レタスの下にキャベツが、その奥にパイナップルです。彩りが見事。で、美味かった。昭和っぽさ全開です。
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by cabanon | 2006-06-05 04:03 | Comments(2)
 
阿佐ヶ谷住宅のセミナー
d0039955_1454753.jpg6月3日、第1回成田地域まちづくりセミナー「建築家・前川國男と阿佐ヶ谷住宅」に参加しました。講師は松隈洋さん。京都工芸繊維大学助教授で、元・前川國男建築設計事務所の所員。前川國男研究の第一人者です。

当初予定されていた集会所が急遽使えなくなり、主催者の住まいが会場になりました。阿佐ヶ谷住宅テラスハウスの一室です。40名近く集まりずいぶん窮屈でしたが、前川國男設計の住宅の中で、その歴史を第一人者から聴くことができるという素晴らしい機会になりました。
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前川國男がル・コルビュジエのもとで「最小限住宅案」を担当し、1929年CIAM(国際近代建築家会議)でコルビュジエの代わりに発表したという話に始まり、第二次大戦中上海で手がけた集合住宅、戦後のプレファブ工業化住宅「プレモス」や晴海高層アパートの話となり、前川が標準設計を手がけた阿佐ヶ谷住宅テラスハウス(1958年竣工)に至ります。この設計が生まれるまでの経緯と背景がきちんと整理され、建築関係以外の聴き手にもこの住宅の歴史的な重要さが伝わる内容だったと思います。
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最後に前川の功績だけでなく、当時、日本住宅公団に勤め、阿佐ヶ谷住宅の全体計画を手がけられた津端修一さんの話になりました。「前川の標準設計も大きな要因ですが、その住戸がどう配置されたかという計画がこの阿佐ヶ谷住宅の素晴らしい点です」

津端さんは「コモン」という概念を阿佐ヶ谷住宅で試みたというのです。コモンとは共有スペースです。が、国や自治体が管理する道路や公園とは違います。「個人のものでもない、かといってパブリックな場所でもない、得体の知れない緑地のようなものを、市民たちがどのようなかたちで団地の中で共有することになるのか、それがテーマだったのです」。松隈さんは、『住宅建築』1996年4月号にある津端さんの言葉を引用されました。

当時、公団の住宅には一戸あたり13坪という上限があったそうです。しかし阿佐ヶ谷住宅では庭を含めて20坪。しかもコモンの緑地がゆったり配置されている。役所のさまざまなしがらみやノルマをかいくぐり、津端さんはこの理想にこだわり、実現に漕ぎつけたといいます。松隈さんは最後にこう締めくくりました。「こうした先達たちが作り上げたかけがいのないものを、私たちはつまらないことで失おうとしている。このことに気づけるかどうか、今問われているのだと思います」
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コモンって個と公の間の波打ち際なのかもしれないと僕は思いました。干潟ような波打ち際は、海でもなく陸でもなく、光と大気と水と大地が混じり、微生物から鳥や魚などさまざまな命が育まれる豊穣な空間です。個と公の境目にコモンという「緑の波打ち際」を作ったのが阿佐ヶ谷住宅です。そこで子どもたちが遊び、大人たちが声を掛け合う。

現在の敷地いっぱいまで建てられた住宅や要塞のようなマンションって、護岸工事して砂浜を失ってしまった海岸のようです。干潟を守る必要があるように、再開発計画の持ち上がっているこの住宅地を守る必要がある。

経済性の論理だけでは「コモン」という発想は生まれません。日本は自由主義経済の国家ですが、それ以上に民主主義の国家です。が、最近はそれが逆転している。阿佐ヶ谷住宅は戦後、先達が民主主義社会の新しい個と公の関係を実験的に空間へ置き換えたものです。「資本主義のかたち」ばかりになりつつある日本で、すっかり忘れかけている「民主主義のかたち」を私たちは次の世代へ語り継ぐ責務があるように思います。
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昨年6/14当ブログに書いた阿佐ヶ谷住宅の記事

【関連リンク】
成田地域まちづくり協議会。阿佐ヶ谷住宅の再開発を考える杉並区民による協議会。

講談社BOX『舞台は阿佐ヶ谷住宅』近藤光(リンク追加:09年10/13)
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-06-04 15:05 | コモン | Comments(2)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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