藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
新旧インターナショナル
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三内丸山遺跡の復元された茅葺き屋根の家を見て、建築史家の藤森照信さんが著書『タンポポハウスのできるまで』(朝日文庫)に「建築の歴史の始原あたりにもう一つのインターナショナルがある」と書いていたことを思い出しました。「世界の民家を見ていると、地球の裏表なのにあまりに似た姿をしていて驚嘆させられることがある」というのです。僕もデンマークで茅葺き屋根の古い民家を見て、何か妙な懐かしさを感じたことがあります。考えてみれば、三内丸山の縄文住居は、写真だけ見ると、どこの国の住居かわからない。フランスのノルマンディー地方の伝統的民家ですとか、インドネシアですよ、と言われても頷いてしまいそうです。
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遺跡に隣接する青木淳設計の青森県立美術館も、フランスにあってもアメリカにあってもおかしくないような建物です。こちらもインターナショナル。「縄文インターナショナル」との対比を意識して、あえて20世紀のインターナショナルスタイルの王道である「白い箱形」の外観にすることで、時を超え地域を越えた建築の力を顕在化させたのかと、深読みしてしまいました。エントランスの上の円弧を描く大きな庇も、キャンティレバーを好んだ20世紀モダニズム建築の王道的表現ですし。

この白さ、雪景色で見たら、えらくきれいでしょう。物体感が消え、浮遊しているようになっているかもしれません。そして、ますますどこの国の建物か、分からなくなるでしょう。でも、逆にそれがランドマークになって、青森を変えていくことでしょう。
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三内丸山遺跡には元祖タンポポハウスもありました。
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by cabanon | 2006-09-25 09:52 | Comments(0)
 
第三項
昨晩(というか今朝早く)、デザイン概論用のパワポをつくっていて、二項対立に、第三項を設定し、そこを徹底的に掘り下げることが、現代デザインにとっていかにアクチュアルな問題かを再確認。アウフヘーヴェン不要の三項目です。
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でも、学生の反応は薄かったなあ。パワポを使って机に座って講師が一方的にしゃべってるだけですから、当然眠くもなります。
二項対立を考えると問題設定しやすいよ、くらいの話で止めとけば、わりやすいのでしょう。でも、それじゃあ当たり前の話だし。モダニズムという用語を使わないポストモダニズムの説明への試みだったりするわけです。もっともっとリファインさせなくちゃいけません。
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by cabanon | 2006-09-22 16:40 | 二項対立 | Comments(6)
 
手動ワイパー
青森に行ってきました。弘前の奈良美智のAtoZ展、青森県立美術館などを見てきました。
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八戸まで新幹線に乗り、特急スーパー白鳥に乗り換えて、青森まで。スーパー白鳥の先頭車両には、前方を見渡せる小部屋があります。
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d0039955_1475183.jpg手動ワイパーも付いてます。「いや〜、手で動かせるところがマニア心を突いてるんですよね」とこの部屋に陣取っていたJR運転手志望という青年といろいろ会話しました。「上で運転手がレバーとか操作している音が聞こえるんですよ」とか。雨より雪を想定した手動ワイパーでしょうが、雨の日も十分楽しめました。電車を愛する人へのちょっとした贈り物──電車のデザインって深いです。
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by cabanon | 2006-09-20 02:12 | Comments(2)
 
高根台のテラスハウス
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高根台団地の中央に配置されたテラスハウス(低層の庭付き連続住宅)群も立ち退きが進んでいました。東隣に下の投稿の中層住宅の敷地があります。
ほとんど空き家で、わずかにまだ住まわれている方がいます。立ち退きが住んだテラスハウスは殺風景です。設計した津端さんは2戸で1棟のセミデタッチドハウスのテラスハウスを望んでいましたが、公団上層部はそれを理解せず「貧乏長屋のイメージを脱却できない」連続住居を建てざるを得ませんでした。結局セミデタッチドハウスはほとんど実現できないまま、昭和30年代後半(1960年代前半)には公団はテラスハウスをつくる方針を変え、公団住宅は中高層棟が中心となっていきます。
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テラスハウス周辺のコモンの豊かさは圧倒的に阿佐ヶ谷住宅のほうが上です。配置計画のせいが大きいように思います。長方形の箱を平行して並べてあるだけで、阿佐ヶ谷にあるようなうねうねと曲がる道路はありません。起伏ある敷地の高台に建てられ、眺望がいいのですが、獣道のような鬱蒼とした緑の中にある路地はありません。コモンもありますが、コンクリートブロックで舗装され、四角四面。「個で公でもない得体の知れない緑の共有空間」の「得体の知れない」という感覚はほとんどなく、平板で無機質です。「カスパ・テラス」と津端さんは呼んでいますが、退去した連続住宅には「カスパ」のドライさだけが強く残り、迷宮のイメージからは程遠いものです。
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しかし人の住まい方はそんなドライを一気に吹き飛ばしてしまいます。まだ立ち退いていない家の庭は森のようになってました。下の写真と見比べて下さい。
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退去が完了した隣の棟をほぼ同じアングルで撮影しています。森が空間を一変させています。一戸一戸は狭いテラスハウスですが、庭が自然と人を繋げるインターフェースとなって、住み手の個性がそこに反映され、均質に分割されたドライな建築空間をがらりと変えてしまっています。
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この家のエントランス側も大きな木が。


「庭のない住宅は住まいとは言えない」。津端さんの言葉が心に響きました。建築家のマニュフェストとして、住宅の内部空間の分節化の独創性だけを、住宅の個性と考えた時代は終わりを告げなくてはいけません。住み手のマニュフェストは、外に開かれた庭に最も強く現れます。
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by cabanon | 2006-09-14 00:11 | コモン | Comments(1)
 
高根台団地
阿佐ヶ谷住宅(1958年)の設計を、当時住宅公団に在籍して携わった津端修一さんのお話をうかがって(いま出てるCasaに載ってます)、津端さんの関わった他の団地も見に行きたくなりました。

高根台団地(1960年)は船橋市にあります。最寄り駅は新京成線・高根公団駅。街をまるごと作ったような大規模な団地です。ここも再開発計画が進行中です。すでに工事が始まり大きな新築マンションになっているエリアもあります。
東側の敷地はまだまだ現役ですが、西側のテラスハウスや中層棟では住民の退去が進んでました。工事が来年には始まるようです(情報ソース=ヤマザキパンのおばちゃん&鳩にエサをやってたおじさん)。

見に行くなら今だと思います。
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退去が進み最上階の一戸が残るのみです
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Google Mapsの衛星写真

コモンの話の続きとして、高根台の話をまとめて紹介しようと思ったのですが、忙しいので、ちょっとずつ小出しにしていきます
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by cabanon | 2006-09-12 18:28 | コモン | Comments(0)
 
コモン=縁
時間にも「コモン」がある。公私の2つで時間を分けると、仕事で自己実現するか、プライベートの時間をいかに充実させるか、の二者択一になってしまう。しかし趣味に生きても人との繋がりはでき、仕事の付き合いから大切な友人が生まれる。同人誌を作るコモンから、ボランティアするコモンまで、コモンの幅は広い。公と私の間に、もうひとつの「他人と共有する時間」を設定して、仕事やプライベートと二分した時間を再構築することが、新たな人との「繋がり」や「縁」を生む。

都市空間からコモンが消えかかっているから、ネット空間にコモンが現れる。ブログを書くのもコモンだし、ミクシィに時間を費やすのもコモンと言える。長屋や路地や里山や入会地など、かつてコモン空間が育んだ「地縁」のかわり、ネットが新しい「縁」を生んでいる。

2つの対立するものの間に、あえて、あいまいで得体の知れない3つめの軸を設定する。そしてそこから世界を眺める。その力がいま問われている。たとえば『陰翳礼讃』で言えば、光と真っ暗闇の中間に位置する翳り。色で言えばピンク。建築で言えば内と外を繋ぐ縁側。遊びや余白もそこに生まれる。

二項対立の「フチ」を作り、「エン」となす。

コモンとは縁です。

【関連の過去記事】
縁/インターフェース(2006年2月)
二項対立(1)(2005年5月)


コモンとは遊びの親和力を呼び起こす時空間のことかも。
遊び(6)大地の戯れ、遊びの親和力(2005年7月)
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by cabanon | 2006-09-07 18:09 | コモン | Comments(0)
 
コモン
個でもない公でもない空間。個人の所有物でもなく、国や地方公共団体など「お上」が管理するわけでもない、共有の空間──「コモン」が気になって、「コモンシティ船橋」を見に行きました。『コモンで街をつくる』という著書もある宮脇檀建築研究室が、積水ハウスのために基本計画を行い、1984年に竣工したもの。ごく普通の住宅街の中にある小さな一画です。簡単な計画概要とプランは【こちら】を見て下さい。
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非常によい状態です。コモンを作ることで、住民の美しく住まうことへの意識が高まるようです。
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駐車スペースをいかに美しく見せるかが現在の一戸建ての街並みづくりにおける最大の問題ですが、駐車場とコモンとの関係が非常にうまく解決されていました。。
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ベンチもあって、なんか憩いの空間です。
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でも変な人がウロウロするのでしょう。あっ僕もそうか。長髪の中年がカメラを持って歩いてるんだから。現代の都市空間では、外に開かれたコモンは成立しづらいのかもしれません。


下は別の通り抜けです。
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「ここはコモンです。通り抜けの際にはマナーをわきまえていただけるようお願いいたします。」という看板で、みんなが理解しあえるような世の中になればいいのに。でも、今は無理ですね。コモンとか言っても「?」ですから。「私有地です」という立て看板で、住民が自分の環境を守るのは仕方がないことだと思います。
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by cabanon | 2006-09-06 19:16 | コモン | Comments(0)
 
どっちがどっちに含まれるのか
デザインは性能の一部だし、性能はデザインの一部。
不思議な関係です。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-09-02 12:40 | Comments(0)
 
ある意味、クリスト
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雨の新宿駅ホームにて。
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by cabanon | 2006-09-01 13:21 | Comments(0)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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