藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
青森、山形、新潟、富山、石川、愛知、東京。
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先週行ってきたところで買ったキティです。豆が3つ並んだ山形のただ茶豆と、名古屋のういろう(四角いの)は、究極の変身系。よく見ないとキティだと気づきません。蒲郡のミカンキティはよく見えません。透明に変身したのはガラス製金箔入り@金沢。写真が小さすぎるので、下に拡大写真を載せときます。

抱きつき系は東京タワーと新潟の柿の種。何でも抱きついちゃいます。
コスプレ系は僕の趣味じゃないのであまり買ってません。唯一、右の、笠を被ったねぶた祭りキティのみ。

かぶりもの系では青森の金魚と北陸のカニが傑作。ピンクの富山のホタルイカは、夜になると光るとか(まだ光らせてない)。イカの上の、新潟の笹団子は両眼を閉じてて素朴でなごみます。山形のサクランボ姉妹はかわいらしさの王道。エビフライはよく考えれば残酷。キティのフライ、うまいのか。
それにしてもキティほどシンプルかつ変幻自在のデザイン言語ってないかもしれません。
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by cabanon | 2006-10-31 17:53 | Comments(8)
 
気になる広告
本日、目黒駅まで乗ったタクシーにて。
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バストが小さいわけじゃありませんが、
つい、気になってパンフレットを抜き取ると、
「メスを使わず、谷間宣言」というコピーが……。
あっ、僕、胸囲110cmです。
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by cabanon | 2006-10-30 20:34 | Comments(0)
 
痴漢撲滅ポスター
おい、ふれあいコールって!?
名古屋駅にて。
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by cabanon | 2006-10-29 01:14 | Comments(3)
 
ネーミングライツ
渋谷公会堂から、渋谷C.C.Lemonホールへ。
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みんなの思い出まで売られてしまったような気がしました。「シブコウでアイアンメイデン見たんだ」が、「C.C.レモンでアイアンメイデン見たんだ」になっちゃって。
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by cabanon | 2006-10-27 16:02 | Comments(0)
 
日本海の車窓から
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青森駅6時07分発の特急で山形県酒田へ。酒田で取材して、15時52分の特急に乗り、新潟県糸魚川へ。着いたのは20時20分。9時間近く電車に乗ってました。翌日糸魚川で取材して、越後湯沢経由で東京へ。昼間の講義は休講。夜だけ講義して、明日7時に羽田で待ち合わせて、金沢へ日帰り(時間があれば富山に行く予定)。糸魚川から直接、金沢に行った方がぜんぜん近いけど、家はやっぱり落ち着きます。
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by cabanon | 2006-10-25 23:22 | Comments(2)
 
太陽 The Sun
d0039955_2245933.jpg終戦間際から敗戦直後の昭和天皇を描いたロシア映画「太陽」を観ました。監督アレクサンドル・ソクーロフは、ヒトラー、レーニンに続いて、昭和天皇を描きます。天皇を演ずるイッセー尾形は見事です。

この映画では天皇ヒロヒトがモダニストとして描かれています。皇居内の生物学研究所で海洋生物の研究をし、その建物は白い箱形の典型的な20世紀モダニズム建築、机にはダーウィンの銅像が置かれています。アルバムのチャップリンやグレタ・ガルボ(おそらく)の写真を眺めるシーンもあります。

しかし彼は神です。衆人の視線から遠ざけられ、見えざるものとなることで神性を保ちつづけます。

僕がこの映画で最も重要なシーンと思ったのは、敗戦後、天皇がアメリカ軍の報道関係の人たちの前に現れ、写真撮影されるシーンだと思います。「ミカドの肖像」が初めて自由に一般人に撮られるわけです。d0039955_23311739.jpgそのシーンで侍従長を務めた佐野史郎は、ベラスケスの名画「ラス・メニーナス」の奥の階段に立つ男と同じポーズをとります。そこでこの映画が「眼差し」を主題にした映画だということが明らかになります。アメリカ人カメラマンたちは天皇をチャップリンに似ていると言い出し、最後は「チャーリー」とまで呼ぶ始末。(そうそう、この映画、一番バカっぽく描かれているのはアメリカ人です。マッカーサーは天皇を使える人物だとすばやく見抜く抜け目ない功利主義者となっています)。
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ラス・メニーナス(女官たち) プラド美術館所蔵
拡大はここをクリック。ただし外部リンクです。

現人神であることをやめ、人間であることを宣言した天皇は、見えざるものから見えるものへ変わっていくのです。「ラス・メニーナス」は、画家がスペイン国王夫妻を描いている部屋の様子を描いたものです。しかし国王夫妻の姿は、画面中央の鏡の中に映っているだけ。国王夫妻がこの絵の前に立ったとき、正面の鏡に自分たちの姿を認め、虚像の世界の中心に自分たちがいることを体験できるように仕掛けられた不思議な絵画です。国王は見るものとなりながら見られるものとなるのです。「ラス・メニーナス」の階段に佇む男はその眼差しの循環を一歩引いた所から眺めています。

天皇は見えざるものでしたが、侍従たちによって四六時中見守り続けられます。佐野史郎演ずる侍従長は、アメリカ人によって眼差しの劇場に引っ張り出される姿を不安な面持ちで見守ります。しかし天皇はモダニストであり、すでに視線に晒されていた存在であり、飄々と自然体で衆人の眼差しの中心に立ちます。

見えるけれども見えないもの、それが太陽です。誰も直視できないものだが、あらゆる眼差しを成立させるもの。見えないものが眼差しの中心というのは「ラス・メニーナス」の国王夫妻の立ち位置と重なり合います。

ただあの戦争では、太陽を岩戸の影に隠し、ミカドの肖像を都合のよいように管理しようとした者たちが裁かれた。天皇は誰よりも早く近代の眼差しを受け入れていたのです。
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by cabanon | 2006-10-22 23:04 | Comments(0)
 
大橋晃朗展
ギャラリー間で開催されている「タッチストン 大橋晃朗の家具」展(〜11/18)、とてもよかったです。是非、足を運んでみてください。
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僕にとって大橋晃朗(おおはし・てるあき/1938〜1992)さんは思い出深い人です。1986年美術出版社に入社して『デザインの現場』編集部に配属され、最初の号で上司に連れられて取材に行ったのが大橋さんでした。いただいた原稿は、デザインに関してほとんど知識がない新入社員の僕にとってチンプンカンプンなものでした。今は少し理解できます。
皮膜は家具をいっきょに官能や快楽という人間の身体に揺れ動く、非定形的なところまで膨らんでゆくように思われるのです。家具は身体をどう置くか、あるいは身体のある場所全体をどう眺めているかという、身体のありようへの感性を根元にしています。(デザインの現場86年6月号)
建築の自律した内なる皮膜──それが大橋さんの後期の家具群だと思います。人の身体はあいまいでうつろいやすく、規律や道徳と、官能と快楽の間を行ったり来たりして、時にはなはだ非合理に振る舞います。建築が、そうした理性と感情と気分と欲望が入り交じる身体と真っ向から接し合う場所を欲するとき、そこに「家具」が立ち現れるのです。
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『デザインの現場』の大橋さんの記事。椅子はハンナンチェア


多くの建築家にとって、骨格と皮膜という二項対立を語る時、その皮膜は外皮であって、内臓の皮膜ではありません。「ハンナンチェア」に代表される大橋さんの後期の椅子は内なる皮膜です。人間と建築の間を繋ぎながら自律的に作動するインターフェースと言っていいでしょう。
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「ハンナンチェア」は鉄管でできたフレームに布皮膜を張り、座部はクッションを笑点の座布団状態にただ積み重ねているだけです。ここでは骨組みも皮膜化されています。20世紀デザインの名作椅子と呼ばれるものの多くは、たとえばキャンティレバーなど最新の構造を使い、先端の建築の流行や実験を家具で実現した、いわば建築のミニチュア版と言えるものです。しかし大橋さんは、家具を皮膜化することで、家具を小さな建築として見る視点から解放し、建築と身体のインターフェースとしての家具という方向性を示しました。
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インターフェースということは、建築の鏡であると同時に、身体の鏡でもあります。ですから「ハンナンチェア」が華やげば華やぐほど、そこに翳りが生まれます。エロスはタナトスと隣り合います。家具が人間の身体に近づき、同化し、その官能性をはっきりと映し出せば出すほど、そこに祝祭の終わり──死を感じさせるものになることは、倉俣史朗の「ミス・ブランチ」と同様です。二人が同じ頃亡くなったからというわけではありません。本質的に何か共通しているところがあると思います。
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昨日映画「太陽」を観ました。昭和天皇を素晴らしく演じたイッセー尾形が大橋さんになんとなく似ていました。
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by cabanon | 2006-10-21 23:33 | Comments(2)
 
カメラを買った
EOS 5Dを買いました。フルサイズCCDなので、ようやく16-35mm広角ズームを生かせます。今まで使っていたEOS Kiss Digitalでは、16mmが22mm(正確な数字じゃありません)くらいになってしまい、しかも被写体の歪みだけは16mm並みで、広角ズームをあまり使わなくなっていたんです。5Dは起動も転送も速いし初代EOS Kiss Digitalとは雲泥の差です。モノを買ってこんなうれしい気分は久しぶりです。パソコン関連じゃもう全然ときめきません。
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銀座のミキモト。16mmまで広角を使えるとやっぱイイ。

三宝カメラで288,750円。資金の一部に当てようと、2年以上押入で眠っていたEOS 3とEOS630を、お店で買い取ってもらいました。しかし、EOS3は底に凹みがあると言われ18000円。EOS630に至っては2000円(涙)。最初に買った一眼レフで、けっこう愛着があったのに。思っていたより買い取り価格が低かったので、コンタックスT2をまた売りに行こうかと悩んでます。
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夕方、仕事で銀座へ。待ち合わせの時刻まで少々時間があったので、メゾン・エルメスの中を見学。エルメスでは、財布ひとつが、清水の舞台から飛び降りる気分で買ったEOS 5Dと同じ値段でした。
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by cabanon | 2006-10-21 00:23 | Comments(2)
 
ネコ用?
人の出入りするとこよりずっと風雅です。
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by cabanon | 2006-10-15 19:39 | Comments(2)
 
モダニズム ・ ポストモダニズム
---------(○-ω-)ノ【 Fujipedia 】ヽ(-ω-●)--------

【モダニズム】
「今。ここ」の特殊化。「今。ここ」を世界の中心のゼロ地点とみなし、未来と過去を分断。「今。ここ」という中心から時空間を細かく分節化し、世界の意味や価値を体系化する動き。

【ポストモダニズム】
モダニズムが内包するモダニズムを再構築する動き。モダニズムが世界を際限なく細かく分節化した結果、歴史の連続性が崩れだす。同時に科学がミクロの単位で世界を記述するようになると、「今。ここ」が人間の体感からずれていく。

たとえば、0.1秒後の未来を予知できても、生身の人間には何も役に立たない。人間の意識の中では、今から0.1秒前も後も現在であり、体感として0.1秒単位では未来と過去の区別はない。しかしテクノロジーの世界では0.1秒後の世界ははっきり未来である。人間の筋肉の電位差を読み取れば、0.1秒後にその人がどんな状態でいるかを予知できる。こうして「今。ここ」が人間をはるかに超えて細分化している。

「我思う、ゆえに我あり」が近代哲学を生むように、元来人間を「今。ここ」の主体に据えることからモダニズムは生まれたのだが、科学技術、経済、メディアの進展により、「今。ここ」の特殊化が一人歩きしはじめて、人間が追い出される。これを「モダニズムの怪物化」と呼ぶ。

「今。ここ」から人間が疎外される状況に対して、「今。ここ」の主体に「個として人間」を据え直す動きがポストモダニズム。世界が細分化されすぎ、歴史や教養主義といった軸やヒエラルキーが失われた状態で、モダニズムの内部の動きとして発生する。ヒューマニズム回復運動ではない。個人ひとりひとりの視点から「今。ここ」からモダニズムを再構築する動きで、人間総体をモダニズムの中心に据える動きではない。再構築の結果として、ヒューマニズムに全く無関心の偏向性の強い世界が生じる場合が多く、反人間中心主義も現出しかねない。

フラグメンテーション化(断片化)した歴史や教養の再構築。記憶を拡張する装置を作ることで、「今。ここ」の拡大も行われる。

「今。ここ」という世界の中心が、世界のあちこちに生まれ、それぞれが恣意的に世界を再構築する。個々の再構築された世界は分断されているために、「つながり」を求めて浮遊する。オタク的空間はこのひとつ。分断された世界をつなぐ共有空間(コモンスペース)が必然的生まれ、そこでは「今。ここ」が共有され拡張される。たとえばネットは記憶する……。そうした場こそポストモダニズム空間と呼ぶにふさわしい。

イオニア式円柱やミケランジェロ設計のカンピドリオ広場やハイテク建築を引用し編集した建築デザインのポストモダンは、建築家たちによって強制終了させられてしまった。引用や再編集は、手法として確かに「ポストモダニズム的」だった。しかし、建築として現出された空間は、「今。ここ」を個人に取り戻し、共有し、拡張するポストモダニズム空間とはあまりに無関係なものだった。

むしろ建築家が現代美術館をつくる試みのほうがずっとポストモダニズム的である。そこは「今、ここ」の最前線が繰り返し再生産される「場」である。現代のアーティストが、空間とコラボレーションして、その強烈な個性が位置する「今、ここ」から世界を捉えた表現を制作する。ニュートラルだけれども個性のあるホワイトキューブをつくり、空間との対話を促す。同時に美術館の運営(ソフト)も大切な鍵となる。磯崎新のMOCAや水戸芸術館から、現代のSANAA設計の金沢21世紀美術館などに続いている動きである。「今、ここ」の主体が入れ替わり立ち替わり変わり多元的な世界観が展開され続ける仕組みを戦略的に編み出しているという意味で、ポストモダニズム的といえるだろう。

1980年代当時に「建築デザインのポストモダン」とされたものは、無数にある再構築を試みた実験のひとつでしかない。あの当時ポストモダンに見えなかったものがよりポストモダニズム的ということもある。1980年代前後の実験のひとつが失敗したからといってポストモダニズム自体が終わったわけではない。

再構築は無限に繰り返される。ただ、最終的に人間性の回復に繋がるかは不明。再構築は怪物化のスピードを高めるだけかもしれないし、怪物化したモダニズムに対するドンキホーテなのかもしれない。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2006-10-13 14:20 | お気に入りの過去記事 | Comments(0)


Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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