藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
マッシブチェンジ ?
1日1ドル以下で暮らす人が12億人いる、という統計は、それ自体がグローバリゼーションであって、世界の人々の生活を「ドル」を基準に測り、1ドル以下でも幸せに暮らせる地域文化が存在する事実を無視している。グローバリゼーションによる貧困問題を解決しようと努力する人たちの思考の枠組みは、グローバリゼーションから逃れられない。

「Design Quarterly 4号」を読んだ。ブルース・マウが提唱する「マッシブ・チェンジ」の概念には、進歩主義の行き詰まりを進歩主義で解決しようとする、薄気味悪さを感じる。デザインが世界を変えるなら、愛が地球を救っているはずだ。

「デザインが世界を変える」という考え方は魅力的で否定はしない。何かを変えようと実際に行動を起こしている人たちは尊敬する。しかし、世界が変わっていくときに、変化に付いていけない人や変化を好まない人にそっと手を差し伸べるやさしさを培うこと──それもデザインだ。誰のための望ましい結果をもたらそうとしているのか。すべての人にとって望ましい方向に世界を変えることなんて出来やしない。そんな諦めから生まれる「やさしさ」もある。地球は救えないけど、誰かは救える。

エネルギー、情報、交通、輸送、金融市場などのインフラストラクチャーは、人によってデザインされたものであり、それら各システムは背後で相互に連関しあっている。肥大化し制御不能になりつつあるそのシステムを再構築することを「デザイン」と呼ぶのに異論はない。ただし、この世界が孕む破綻の可能性を、相互に絡み合う複雑なシステムから読み解き、その中に潜むポジティブな再構築の動きを発見し収集し整理し編集し共鳴させ増幅させる「大きなデザイン」ばかりが「デザイン」ではない。

雑誌には、マウの著書『マッシブ・チェンジ』の序文が掲載されている。序文は歴史家アーノルド・J・トインビーの引用で始まっている。
未来の世代は、政治的衝突や技術的発明の時代としてではなく、主に人間社会が人類の繁栄を、実際的な目標としてとらえようと挑んだ時代として、20世紀を思い返すことになるだろう。
健忘症になれ、と言うのだろうか。歴史の勝者たちが挑んだ「人類の繁栄」の影で、数え切れない戦争・紛争や貧困がどれだけ憎しみ、悲しみを生んだのか。それを単に修復可能のシステムエラーと見なすと、抜け落ちていくものがたくさんあるのではないだろうか。さあ、「グローバルコモン」というのを作って、みんなで議論しましょう、思考しましょうでは、1人ひとりの痛みは癒せない。現に今、世界のシステムエラーが引き起こしている憎しみや痛みや悲しみをひとつひとつ浮かび上がらせ、きめ細かくそれに対処すること。そしてその対処の軌跡を次の世代へ伝えていくこと。

たとえばパレスチナやイラク──。政治家が握手すれば憎しみや悲しみが消えるわけではない。悲しみや傷はそれぞれの心に深く刻まれ、人はそれを一生背負い続ける。
持続可能の成長が実現しようとしまいと、社会は誰かをはじき落とす。どうしても今いる社会に馴染めなくなる人へ何かをしてあげられるかもしれない。1人ひとりの心に届く、きめ細やかな「小さなデザイン」は絶対に必要だ。

デザインとは「システムをデザインする」と同時に「世界のディテールまでデザインする」こと。現象の細部に笑顔や涙がある。変革など必要ない人たちもたくさんいる。

デザインって言葉の定義は伸び縮みするものだ。拡張ばかりする必要はない。デザインとは色や形だけの問題ではないが、色や形の問題でもある。ものづくりや伝達だけの問題ではなく、世界を動かすシステムの問題でもあるが、隙間や辺境にそっと潜む忘れ去られているものの問題でもある。デザインとは、マッシブに世界を変えることでもあるが、絶望し涙する人にハンカチを差し伸べる心でもあったりする。


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*LINK / Bruce MauのMASSIVE CHANGEのHP

Change the World──クラプトンの曲みたいに聞き流しとけばいいのかな。で、たまに頭の中でリフレインさせて、考えてみる。
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by cabanon | 2006-11-30 17:43 | お気に入りの過去記事 | Comments(1)
 
高過庵
現在発売中のCasaBRUTUSで藤森照信さんのインタビューを担当しました。面白いですよ。藤森さんのルーツを聞くといった内容です。実家のある長野県茅野にうかがって、茶室「高過庵」(たかすぎあん)と、藤森さんのデビュー作「神長官守矢史料館」を見て、そのあと諏訪大社前宮を訪ねました。歴史が濃密に詰まった場所です。縄文時代から続くその裏日本史とでも言うべき歴史が展開された場所です。一見ホントふつうの田舎の光景なのに。いや、ふつうじゃないから、異形の藤森建築が建ったのかもしれません。
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下の写真は諏訪大社前宮の御柱です。神長官守矢(じんちょうかんもりや)史料館から車で数分のところにあります。諏訪大社4社のうち最も歴史の古いものとされています。
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前宮本殿の裏手にある大木。見たことのないような大きな藤の木が絡まっています。
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囲いがあったのは藤の木のほうでした。つまり、神木は藤の木? 大蛇のようです。この地には蛇体信仰があったことを考えれば、そうか、藤は蛇のことです! ということは、僕はヘビ崎。富士山はヘビ山?

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再び高過庵と神長官守矢史料館のあるあたりへ。
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あちこちに祠があって、御柱が結界を作っています。上は、一般道から神長官守矢史料館へ至る道の脇の祠。
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神長官守矢史料館です。ここにも柱が。
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立っている石にも何かが宿っています。高過庵の奥にあるお墓ですけど、重森三玲の庭の石のようです。
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この石の向きにも意味があるそうです。諏訪大社の現人神の家と、筆頭神官の家の確執が……。神官の呪術を封じ込める石……、そんな話はCasaには書きません、書けませんでした。
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by cabanon | 2006-11-28 00:16 | Comments(2)
 
天使のショッピングバッグ
11/24(金)の朝日新聞夕刊首都圏版に書いた、トリンプ・インターナショナル・ジャパンが発表した「NO! レジ袋ブラ」です。非売品。環境問題を訴える話題づくりのプロダクトです。モデルが着た写真だけでは、どうやってブラがバッグになるのか分からない?という問い合わせはまだ直接いただいてませんが、紹介しましょう。
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サンプルを送ってもらって朝日新聞の2F喫茶室のテーブルで組み立てました。閉店間際で周りに誰もいなくてよかったです。パンティまで付いてますから。「NO! レジ袋」とメッセージの書かれたウエストポーチも付いています。
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ブラのパッドから袋を取り出します。布の袋が折りたたまれてパッドになっているだけなので、パッドとしては型くずれしますし、付け心地もあまり良くなさそうです。分かんないけど。
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ファスナーで左右をつなげればバッグに。ブラひもは、このあと蝶結びして飾りリボンにします。レッド、ブルー、グリーン、ピンク、イエローの5色。買い物袋に変身する5色のブラジャーだから、愛称は「ブラレンジャー」。おいおい。
昨晩テレ朝の番組にこれをデザインした担当者が出てましたが、「実用はねえ…」と苦笑してました。レジで脱ぐの? 使うシーンの想像出来無さがスゴいです。

*トリンプの「NO! レジ袋ブラ」のプレスリリース
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by cabanon | 2006-11-26 17:11 | Comments(10)
 
空間へ
東京国際家具見本市(IFFT/〜25日)を、ビッグサイトに見に行きました。
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nendoの展示が、素晴らしかったです。濃いめのグレイの床に、15種の新作デザインが置かれています。作品には強烈なスポットが当たり、長い影が……。いや、待てよ。ビッグサイトの天井はえらく高い。上から当てて、こんな長い影が出るだろうか。ふつう出ません。
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どこに照明があるのだろうと、天井を見上げる人がいました。照明会社の人も、「この照明、どうなってるの?」と聞いてきたそうです。
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実は、影が床に描かれているのです。

展示は、家具と雑貨の新ブランド「one percent products」の初お披露目でした。nendoが自らプロデュースとデザインを手がけているので、その製品も100点限定。買った人が全体の100分の1を所有することになるから、「one percent products」です。

100個限定だと、金型を作らなくても砂型で量産できるとか、製品としていろいろな試みができるとのこと。100個というスケールには、1点制作にも、大量生産にもできない、プロダクトデザインの大きな可能性をあるようです。ブランドのネーミングもお見事です。

今、プロダクトデザイナーには、空間デザインの才能が問われているように思います。金沢21世紀美術館の川崎和男展では、川崎さんの空間デザインの才覚に舌を巻きました。空間が、展示された150点に通底する、ある世界観を語っていました。(どんな世界観か?は次号のAXISに寄稿します)。

「プロダクトデザインは店で売ってるもんやろ。展覧会に行って何が面白いんや」
この夏、世界的建築家××さんが取材の帰りに同乗した車でそう語っていました。いっしょにいた編集者も大きく頷いていた。僕は反論したかったけれど、しませんでした。生産中止の滅多にお目にかかれないデザインに出会えるし、実現しなかったコンセプトモデルとかスケッチは展覧会でしか見られないから──、そんな反論はよく考えれば、かなりマニアックな視点です。同業者やマニア以外の人の心を動かす展示をするには、確かにレアだからといった理由以外の何かが必要です。

1人のデザイナーや、ブランドの世界観は、やはりその作品が集合して立ち上がる空間全体に表現されます。空間への意識のないプロダクトデザインのプレゼンテーションは、ショップの商品棚程度にしか見えないと言われても仕方ありません。先ほどの発言を「空間がデザインされていないプロダクトデザインの展覧会は何が面白いんや」と受け取れば、やはり頷かざるを得ません。

インハウスデザイナーの功罪はいろいろと語られていますが、罪の部分の最たるもののひとつが、プロダクトデザイナーが製品だけをデザインすればよくなったことだと思います。

本来、空間構成力は、プロダクトデザイナーの大切な素養です。ほら、イタリアでは多くの工業デザイナーが建築家だったり建築の勉強をしていた人だったりしますし。

nendoの佐藤オオキさんは早稲田の建築出身です。西堀晋さんは製品だけでなくe-fishという空間で世界観を表現していました。吉岡徳仁さんの世界もプロダクトと空間を切り離して語ることは出来ません。無印良品は、杉本貴志さんの青山店に始まる店舗デザインでブランドとして顔をはっきり持つようになりました。

ひとつの製品で世界観を見事に表現する人たちが、空間で世界観を表現できないはずがありません。nendoの展示と川崎さんの展覧会を見て、そんなこと思いました。
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by cabanon | 2006-11-25 21:22 | Comments(4)
 
湾岸トワイライト
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by cabanon | 2006-11-25 18:57 | Comments(0)
 
コトダマ
言霊という言葉あるのに、
なぜ形霊という言葉がないのだろうか。
言葉に精霊が宿る。
形にも精霊が宿る。
いや、宿るのではない。
魂のタマとは、玉であり、形に通じる。
形は魂そのものかもしれない。
ここで言う形とは、現象として顕れる形ではない。
そのひとつ上の次元の形──
原型。アリストテレスの言う形相。
型という意味でのForm……。
形霊という表現が存在しないのは
それが同語反復でしかないからだろう。

言霊とは、言葉が「タマ」になった状態。
つまり言葉の形化(かたち か)──。
決して言葉に表現できない形があるように、
形に表現できない言葉がある。
言霊という響きが持つ神秘性は、
決して形化できないと思われた言葉が、
形になったことへの恐れおののきから来たもの。

デザインの最も面白い所も、その恐れおののきの地点にあるように思う。
デザインとは、コギトダマ……。いや、シャレじゃなくて。
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by cabanon | 2006-11-23 00:13 | Comments(0)
 
封印
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グッドデザイン大賞をとった、自動車メーカーM社へ取材に行きました。工場の敷地内は、カメラ付き携帯電話持ち込み禁止。来客は受付でカメラ部分にシールを貼ってもらいます。僕はケータイのカメラをほとんど使わないので、自然に剥がれるまで記念にこのまま貼っとこうと思っています。ただシールは赤くしてほしかった。
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by cabanon | 2006-11-11 15:57 | Comments(0)
 
箱根で浮気
キティひと筋で、ドラえもんや加トちゃんとかには手を出さないようにしていますが、「力持ちだね」に惹かれて、つい買ってしまいました。
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by cabanon | 2006-11-07 12:12 | Comments(2)
 
夜と朝
月明かりの芦ノ湖
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朝の光の芦ノ湖
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by cabanon | 2006-11-06 21:10 | Comments(0)
 
秋景
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by cabanon | 2006-11-04 23:41 | Comments(0)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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