藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
工芸ニュースのバックナンバー
国立国会図書館に『工芸ニュース』を読みに行きました。コンピュータで検索すると、閲覧できるのは、1936年、41年、51年、54〜56年、61年のみ(間違いです。2/14記)。以前、人から、国会図書館には『工芸ニュース』のバックナンバーが揃っていないと聞いていたのですが、あまりに見られないので驚きました。(仕事に使う分は見られたのですが)。

『工芸ニュース』は1932年〜1974年に発刊された、日本のプロダクトデザインの歴史研究にとって最も重要で資料性の高い雑誌です。それが日本のあらゆる雑誌のバックナンバーがいちばん揃っているとされる国会図書館で見られないのは、おかしい。こんなことだから、デザイン史の研究が疎かになる。

蔵書は開放してこそ本当の資産になる。デザイン本のコレクターばかりが増える現状はどうかと思う。

どなたか!国会図書館に工芸ニュースのバックナンバーを揃いで寄贈して下さい。僕はJIDAがちゃんと買い集めて、寄贈すべきだと思う(JIDPOでもいいです)。「デザインの力」を啓蒙するデザインミュージアムも大切ですが、日本のデザイン史を研究する環境をきめ細かく整えることもとても大切です。
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by cabanon | 2007-02-13 23:08
 
富山ライトレール
昨年の10月に撮った写真です。電車好きなんで、ぜひ取材をしたく、グッドデザインのイヤーブックの依頼が来る前に、自主的に見に行った時のものです。
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これぞ低床の力。シームレスにホームと車内をつないでます。
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こうやってデザイナーのクレジットが入るっていいことだと思います。
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富山駅北口では、平日の午後なのに一眼レフを構えている人が僕含めて2人。ムービーを撮っている人が1人。大人気でした。彼女たちもカメラをちょっと意識してました。
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by cabanon | 2007-02-07 20:21
 
グッドデザイン賞のイヤーブック
先月末に発売された「ジャパンデザイン〜グッドデザインアワード・イヤーブック 2006-2007」で、原稿を書いています。
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僕が担当したのは巻頭の「ベスト15」取材記事のうち4件。
大賞の三菱自動車の《 i 》(アイ)と、富山ライトレール、ニコンの顕微鏡ファーブルフォト、ウィルコムのSIMスタイル。それぞれ担当者にインタビューして原稿をまとめています。どの取材も面白く、デザイナーや開発者の思いが真っ直ぐ伝わってきました。《 i 》ではデザイナーが社内プレゼン用に何度もビデオをつくって、社内にファンを増やしていったそうです。開発中止の命が下ったときもあったそうですが、誰かが支えてくれ、再復活し、製品化まで漕ぎつけた、粘り腰の開発ストーリーは感動的でした。富山ライトレールは、単に電車や駅舎のデザインでなく、富山市の都市デザインの一環というスケールの大きな話でした。ファーブル・シリーズは双眼鏡から発想した顕微鏡という実にユニークな商品。ウィルコムのSIMスタイルは取材してはじめて、その革新性が理解できました。もっと広がるべき技術です。

取材にご協力いただいた皆さま、どうも有り難うございました。

*「ジャパンデザイン〜グッドデザインアワード・イヤーブック 2006-2007」
発行:日本産業デザイン振興会。発売:宣伝会議。価格5040円
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by cabanon | 2007-02-07 12:20
 
2月のハイビスカス
地球温暖化のせいなのでしょうか。僕がウチにずっといるからなのでしょうか。我が家では12月のブーゲンビリアに続き、ハイビスカスが大輪の花を咲かせています。
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by cabanon | 2007-02-04 13:03
 
UDの定義を自分なりに考えてみました
ユニバーサルデザイン(UD)とは、使用者の能力という「変数」に対して、使いやすさ(ユーザビリティ)という「解」の差を最小限に抑える「関数」(=機能*)を作り出すデザイン。

*functionには関数と機能という意味がある。

ここで言う「解」とは、あくまで使いやすさ(ユーザビリティ)。この定義を満たした上で、親しみやすく、愛着を感じさせたり、感動を呼び起こしたり、創造性を引き出すといった感情や感性に関する要因を引き出せれば、UDの質は高くなる。ただし感情や創造力がもたらす結果については、逆に個人差があることを良しとする。

ICCのための原稿を書いているうちに思い付いたことですが、文脈上削ってしまった。UDを関数として定義すると、思考が広がります。で、ブログにアップしておきます。
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by cabanon | 2007-02-04 10:55
 
銀河の琴馴らし
リビングワールドのための連載のお知らせが続きましたが、彼らの仕事が気になるのには理由があります。彼らが「作品」「アーティスト」「鑑賞者」の関係を変える仕事をしているからです。一昨年、雑誌『コンフォルト』に寄せた展覧会評を、原稿を少し最後を改変してアップします。
この原稿、それとタイトル、とっても好きなんです。

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「銀河の琴馴らし」

 僕は大学や専門学校でデザイン概論とかデザイン文化論とかいう講義を持っている、要するにデザインを語るなら何をやってもいい授業。学生にアートとデザインの違いを聞くと、口を揃えたようにこんな答えが返ってくる。
「アートは自己を表現するもの。デザインは依頼する人がいるもの、社会のためにものを作ること」
どこで教わってきたのだろう。アートとデザイン──たしかに業界も違うし、おカネの回り方も異なる。もっと言うと、社会がアーティストと名乗る人とデザイナーと称する人に求めていることは大きく違う。デザイナーならナシだけどアーティストならアリということがある。だけど、それが本質的な違いだろうか? 
 アートとデザインの違い? 少なくとも、あの夏、あの場所では……。
7月23日〜8月25日、栃木県益子で行われたリビングワールドの仕事展「窓」。西村佳哲と西村たりほによるユニット「リビングワールド」の初個展である。
会場は陶芸ショップなどで賑わう益子の中心街から少しばかり離れた、町の切れ目、山あいへの入口あたり。STARNET ZONEは小高い丘の上に立つ建物だ。
 会場には8種の作品が展示されていた。「植物たちの時間」は会場中央のローテーブルの上に置かれた鉢植えの植物を24時間固定カメラで撮影する。鉢の前の液晶ディスプレイは、植物の過去6時間の変化を早回しで映し出す。観察者は2つの時の流れを同時に体験するわけだ。
「太陽からの眺め」は壁面のディスプレイに、太陽の位置から見た、会場の建物の様子がリアルタイムで映し出される。建物は3Dの線画CGで描かれており、太陽の運行とともに刻一刻と変化する。太陽から見た日時計ともいえる。
「太陽系のそと」は15センチ角のガラスブロックの中に銀河系が封印されている。レーザーで刻んだ白いドットの銀河系。ブロックの中心には太陽系が位置するという。宇宙をぼくの手の上に──。
「音卓」はテーブル上の世界地図に載っている小さなスピーカーの位置を変えると、世界各所で録音してきた音が聞こえる。音の生むイメージは、テレビや雑誌が私たちの脳に強制的に焼き付ける観光写真的イメージではない。無限の想像の余白が音とともに立ち現れる。
 展覧会の主役は「風灯:solar」だろう。見た目は風鈴。が、音はしない。風で吹くと光が灯る。2001年に発表された風灯はボタン電池式だったが、新作は太陽電池式だ。短冊に揺れを感知するセンサーが付けられて、揺れるとLEDが発光する。約100個が屋外に展示されていた。
 至福の時間は、日が沈み夜の蒼さが支配しはじめる頃に訪れる。昼間に充電し、19時前後に自然に点灯しだした。風の強弱で光が揺れる。風が止まれば光は消える。見えないものが見えてくる。
 展覧会のどの作品も、時間の速さを変え、空間スケールを伸縮させ、視点を変え、視覚・聴覚・触覚を横断し、私たちが普段は気にも留めない宇宙の痕跡を意識させる装置となっている。じっくり向き合うと宇宙の摂理にまで想いを馳せることができる。
 ちっぽけな自己表現などではないのは明らかだ。でも現代テクノロジーを効果的に使って人の心をつなぐから「メディアアート」と括っていいものであろうか。人の感じ方、つまり情報の受けとめ方を変えるからといって「情報デザイン」と呼んでしまっていいものか。
 まさに「琴馴らし」である。岡倉天心の『茶の本』第五章「芸術鑑賞」の冒頭に紹介されたその逸話が重なり合う。
 
 昔のさらに昔、中国の龍門の谷間に一本の桐の聖木が立っていた。ひとりの仙人がその木から琴を作った。琴は中国皇帝に秘蔵されたが、どんな名人が挑んでも琴は耳障りな音しか奏でなかった。ある時、真の名人、伯牙が現れる。伯牙がその琴を弾くと、琴は龍門の谷の春夏秋冬を歌いはじめ、恋や闘いの調べを奏でた。皇帝は伯牙に演奏の成功の秘訣を問う。伯牙は答える。
「他の奏者は自分のことしか歌おうとしませんでした。私は琴の歌うがままに任せたのです。伯牙が琴なのか、琴が伯牙なのか、本当に分からなくなりました」

 天心は琴馴らしの逸話を紹介した後、こう続けている。
「この話は芸術鑑賞の神秘をうまく示している。傑作とは私たちの中にある最高の感情を奏でる交響曲である。真の芸術は伯牙であり、私たちは龍門の琴なのだ」
 私たちは風灯──。ついたり消えたり、変わったり変わんなかったり。ひとりでスタンドプレイしたり、みんなと協調しあたったり。灯った光が心の何かを芽生えさせる。風灯では、伯牙の役割をする真の芸術は、風、木、光、山、地球、太陽系、銀河……。銀河の風がスッと心の中に吹き抜ける。心に何かが灯ったとき、私たちは鑑賞者じゃなく芸術家になる。
 あっアートとデザインの違い? この次元では愚問だね。

*初出:『CONFORT』 2005年12月号
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by cabanon | 2007-02-03 19:41
 
EarthClock第3回
僕が執筆した、EarthClock取材記事第3弾「アースクロックの経済学」が、リビングワールドのウェブサイトにアップされています。これが最後です。

今回はクライアント側のお話です。神戸空港ターミナルの森井社長を取材しました。市の財政事情が厳しいことから、神戸空港建設ではあらゆるコストを出来る限り削らなければならなかったのですが、「神戸にしかないものが欲しい」と思いから、森井さんはEarthClockの採用を決めます。リスクを背負うトップの決断。どうやって資金を捻出したのか。

削って削って、でも、最後に冗長な部分を残す。その冗長の部分が、実は全体のシステムの顔になります。それを決めるのはトップ。機能する冗長、そこに冗長美が宿ります。20世紀は無駄をできるだけ削って最適化するという考え方が世の中を支配してきましたが、21世紀は冗長性をシステムに持たせて最適化するという技術を、あらゆる分野で論議していかなくてはなりません。

冗長美に関する8000字原稿を、次号の『InterCommunication』のために送ったばかりなので、昨年書いた森井さんの取材記事を読み返して、EarthClock自体が冗長美の典型のように思えてきました。空港の機能としては冗長な存在でありながら、実はこの冗長な部分を成り立たせる経済システムがきちんと構築されているからです。で、それが空港のシンボルとして機能する──。ぜひ読んでみて下さい。

http://www.livingworld.net/column/fujisaki-4/


※取材に協力していただいた産デ振の方々に、この場を借りて感謝いたします。
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by cabanon | 2007-02-02 14:20
 
機能する看板建築
装飾を超え、看板建築がフロアガイドとして機能しています。そのせいで数字の並びが複雑です。小指デカいし。ある意味、21世紀初頭の日本を象徴する、恐るべきデザインだと思います。池袋にて。
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by cabanon | 2007-02-01 21:48


Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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