藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
夕張に魅せられました。
4月25日(水)夕張に行ってきました。
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AXISの取材でロケットエンジンの噴射実験を見に行ったのですが、少し時間が空いたので、町の中心の歓楽街周辺を30分くらい歩きました。フォトジェニックな被写体の宝庫でした。特に興味深い建築が多く、写真をたくさん撮ってきました。
まず歓楽街の写真です。
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なんかすべてが傾いていました……。
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アルプスの山荘のようなスケール感ですが、支柱が丸太とか角材です。
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かつて炭坑で栄えたことを建物のスケール感が象徴しているようです。
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斜めから見たところです。ブロンソンが渋く色褪せています。夕張は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」で知られる「映画の町」。町の中心部のあちこちに昔の名画の看板が掲げられています。
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もちろん「幸せの黄色いハンカチ」の話です。下の写真の真ん中の通路の中がロケ現場です。
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選挙の後で、町は落ち着いた雰囲気でした。
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歓楽街のすぐ脇の神社。左にはケーブルカーまでありますが、立ち入り禁止。
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お寿司屋さんです。1階の天井高より2階や3階の屋根裏のほうが大きて、不思議なプロポーションになっています。
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左の木造の建物は上の写真のお寿司屋さん。真ん中を貫くのが歓楽街。
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以下は、歓楽街以外の写真です。
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夕張名物ぱんぢゅう。中にアンコが入った今川焼みたいなお菓子。皮がパリッとしてとてもおいしかったです。
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TVの撮影もやってました。注目は集めつづけてるようです。
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JR夕張駅は、駅前がリゾートホテル。そしてすぐスキーゲレンデです。ゲレンデへ至るイルミネーションのあるアプローチ。周囲に不釣り合いのゴージャスさが市内に点在します。
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冷たそうな温泉です。いくらホテルマウントレースイの温泉だからといって…。
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町の至るところに中層の集合住宅があります。これは最もよく見かけたタイプ。新しいのから、ポストモダンデザイン風のものもありました。住宅整備はしっかり行われていたようです。
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農協はメロンのドーム屋根でした。
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町の中央を貫くメインストリート。
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炭坑の町だったせいでしょうか。ネコが煤けてました。

夕張、また行きたいです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-29 15:45
 
チョコレート展とSENSEWARE展
展覧会と展示会。同じ「Exhibition」でも、どちらの言葉を使うか、原稿を書く時に使い分けるようにしています。21_21 DESIGN SIGHT の深澤直人ディレクションのChocolate展(7/29まで)と、スパイラルの原研哉ディレクションのSENSEWARE展(4/29まで)。僕の書き分けからすれば、前者は「展覧会」で、後者は「展示会」です。Chocolate展もSENSEWARE展も、ディレクターが「ひとつのテーマ」を定め、「参加者」を選び、彼らに「作品」をつくってもらうグループ展であることは全く同じですが、本質的な違いがあります。

展示会はプロモーションが目的です。TOKYO FIBER'07 SENSEWARE(センスウェア)展は、新しいハイテク繊維や知られざるユニークな繊維素材を世の中に知らしめるための「Exhibition」です。デザインの力で日本の繊維業界のポテンシャルを引き出し、同時に繊維の力でデザイナーや建築家たちの創造性を引き出して、日本のものづくりの総合力を底上げし、それを世界に示そうという明快な目的があります。6月にはファッション業界の本場、パリで巡回展が行われます。参加作家それぞれの世界観を繊維によって表現した作品が並ぶ「展覧会」と呼んでもいいような「Exhibition」ですが、その明快な目的から考えれば、これは「展示会」です。

一方、前者はチョコレート業界の活性化とは何も関係がありません。誰もが知ってて子どもの時から慣れ親しんでいるチョコレートという素材を使って、「世界」を捉え直す「Exhibition」です。作品には、参加作家の世界観、つまり世界を見つめる視点と批評性が問われます。ディレクターもデザイナーで参加作家もデザイナーが多く、会場が「デザインサイト」と名付けられているので、デザイン展のように思えますが、同時代の先端の創造力を結集して、チョコレートという日常的な題材に「あっそうか!」とビックリマークがつくくらい、世界のものの見方を変えようと試みているわけですから、これはまさに「コンテンポラリーアートの展覧会」です。

昨日、この2つの「Exhibition」のオープニングパーティーに行きました。SENSEWARE展は「展示会」として大きな成功を収めていると思いました。山中俊治氏のロボット「エフィラ」やソニー クリエイティブセンターの「手のひらにのるテレビ」、松下電器パナソニックデザイン社の生きもののような暖房機、セイコーエプソンの超極薄繊維を使った多重スクリーンなど、原デザイン研究所の撥水性加工された繊維を使った「WATER LOGO」など、非常に興味深い作品が多く、ついつい会場に長居をしてしまいました。企業参加の作品に良作が多く、なかなか外へ発信する状況をつくりにくい企業デザイナーたちの創造性も見事に引き出しています。

「フランスやイタリアで大きな産業となった“ファッション”という枠組みの中で、日本の“繊維”の可能性を語ると、どうしても一歩踏み出せないところがある。一度“ファッション”という言葉を使わずに、プロダクトデザインやグラフィックデザインや建築などさまざまな分野を結びつける素材として“繊維”を考え直してみたかった」と原研哉氏は会場での立ち話で語ってくれました。

原氏はディレクターとして竹尾ペーパーショウでREDESIGN展とHaptic展を成功させました。紙の素材としての可能性を示すというペーパーショウとしての本来のミッションの背後に、もうひとつのミッションをありました。デザインの力を世に示したい。そのシンプルで力強い隠れミッションをディレクターの原氏が参加者たちと共有しあえたことが、「展覧会」と呼んでいいようなレベルの高い「作品」で構成される「展示会を超えた展示会」になった理由です。

SENSEWARE展でも基本の構造を同じです。ファッションという枠組みとは違う、「SENSEWARE」という繊維の新しいデザインの枠組みを日本のデザイナーたちの力で創造し、それを世界に定着させていけるのか。パリでどう受けとめられるか楽しみです。

Chocolate展は「世界を捉え直す作品」と評価するには、あまりに力の弱い作品が並んでいました。それぞれクオリティの高い作品であることは確かです。しかしそのクオリティとは仕上げとか素材感とかカラーとかフォルムとかそうした意味でのクオリティであり、チョコレートから世界を捉え直す「批評としてのクオリティ」は低いものでした。

「ねえねえ、みんな分かるよね。そうそう、あれよ、あの感じ」って代名詞だけで会話が通じる共有の記憶の中にひきこもり、狭い世界の中で日常空間の見方を変えるだけの、極めて私小説的な作品が非常に多い。「私は知覚過敏でチョコを食べると歯が痛くなる」ということをテーマにしている人、銀の包み紙へのノスタルジックな記憶、紙パッケージを開けるときの感覚──。中でも、マーブルチョコ、アポロチョコ、パラソルチョコをテーマにした作品は、日本限定の、同世代感覚に訴える、「ねえねえ、ほら、あれ」の最たる作品です。

カカオは非常に政治的な農産物です。多国籍企業の利益や先進国の人々の豊かな生活のために、非常に安い労働力の国で、本来、その国の人々の農産物を栽培されるべき土地で育てられます。サトウキビやコーヒー豆、バナナのような、労働力と土地を貧しい国から収奪する農産物なのです。そのチョコレートの政治性や経済的背景を正面切ってテーマにした作品は、約30組の作家が参加しながら、ジェームズ・モリソンの写真作品と、マイク・エーブルソン+清水友理のインスタレーションだけでした。日本の作家のリサーチの甘ったるさには、哀しいものがあります。既製品を特別にチョコレート色にした作品のどこに“世界を捉え直す批評性”があるのでしょうか。

「展示会」は、何を展示するか、それを展示することで誰が利益を得るのか、はっきりしていますから、「いま、なぜ」繊維なのかということを明確に示す必要がありません。「ハイテク繊維がいま面白い、これからもっとスゴくなる」と思ってもらえればいいわけです。

しかし同時代の事象や作家を採り上げる「展覧会」は、「いま、なぜ」を語れなければいけません。結局、チョコレート展で見えないのは、そこです。チョコレートはスゴい、って話ではないのですから。いま、なぜチョコレートなのかという「答え」をディレクターの深澤氏が持っておらず、「問い」だけが作家のほうに投げかけられているように思えます。

そこがキュレーションとディレクションの違いだと思います。原氏は「展示会」ですからスゴいの連鎖を仕掛ければいい。スゴい答えの返ってきそうなスゴい才能ある人たちに「問い」だけを投げかけて、「繊維はスゴい」「日本のデザイン力はスゴい」という結論を導いていく。

しかし「展覧会」は「スゴい」の連鎖を仕掛ける場所じゃない。結局チョコはスゴいって結論だけだったら、入場料を1000円も支払う価値はない。チョコレートを題材にした展覧会なら、キュレーター側が「いま、なぜ、チョコレートか」という答えを用意して、たとえば、チョコと記憶、チョコと共有感覚、チョコと環境、チョコと政治、といった起承転結のある形で構成していかなければならないと思います。じゃないと、伝わらない。

で、もしキュレーターの想定した答えを超える「作品」が出てきても、それを投げかけたテーマを深め広げる「ポジティブな振幅」として受け入れ、「伝える」ために起承転結を再構築する柔軟さもキュレーターには必要です。

やはり、デザイン専門のキュレーターが必要だと思います。チョコレートというテーマ自体は興味深いのですが、展覧会のキュレーションに展示会のディレクションの手法をそのまま採り入れたことで、答えの見えない展覧会になってしまったように思います。展示会の答えは「スゴい」という分かりやすい答えでいいのですが、展覧会の答えは分かりやすい必要はありません。同時代の世界に対する批評であるべきなのですから。展覧会を見た人が受け取る答えもまちまちでいい。しかし、展覧会が批評空間として展開されていて、「いま、なぜ」という問いへの答えをつかむ道筋は用意してあげる必要がある。その仕事こそ、展覧会のキュレーションだと思います。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-27 12:27 | お気に入りの過去記事
 
皇国のモダニズムと北欧デザイン
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現在、全国巡回中の「北欧モダン デザイン&クラフト」展のカタログに、原稿を執筆しています。「皇国のモダニストを照らした光」というタイトル──。北欧デザインが日本のデザイナーたちにどう受容されてきたかを探った論考です。

1941年(昭和16年)10月9日〜18日、商工省工芸指導所が、戦時統制下の生活用品のあり方を示すために、日米開戦の2か月前の東京・日本橋高島屋で「国民生活用品展覧会」を開催します。この展覧会は工芸指導所の官僚デザイナーたちが、国家主義の下で理想のモダニズムを実現させようと意図したものでした。商業主義によって粗悪な商品が出回ることを懸念していたエリートデザイナーや建築家たちは、戦時統制をモダニズムの哲学に則った理想のものづくりを実現し、シンプリシティの美学を啓蒙する好機と考えたようです。バウハウス留学から帰り、当時工芸指導所の意匠係長を務めていた建築家、山脇巖はこう語っています。

「現在の日本を弁(わきま)えぬ、贅沢な生活を押さえ、標準以下の不健全な国民生活を一定の線まで持ち上げていく方針に対しては、私たち技術者はもちろんのこと、誰でもが大いに期待しているところでもあります。(略)この事変が根本から考え方を変えさせ、将来の国民生活に使用する真の家具、皿、小鉢を実際に考えさせるようになりました。」(『工芸ニュース』1941年 10巻 6号)

展覧会会場には、以下のような「生活用品工業に対する指標」が掲げられました。 1)実用簡素なるものであること。 2)堅牢であり合理的なる機能を有するものであること。 3)原材料の適正使用を図りたるものであること。 4)価格は原則として公定価格に準拠し、可及的廉価なるものであること。

この展覧会の目指した理想は、戦局の悪化と敗戦によって実現することはありませんでした。しかし、工芸指導所の中心メンバーたちは、戦後、民主主義という新しい国家体制のもとで、モダニズムの理想を実現しようと努力します。彼らの変わり身の速さは、モダニズムは政治的なイデオロギーを超えた存在であることの証明とも言えます。

で、そこに現れたのが北欧デザインだ、という話です。アメリカの商業主義へのアンティテーゼとして北欧デザインは、戦後のデザインエリートたちの道標となっていきます。剣持勇や小池新二、柳宗理が『工芸ニュース』などに寄稿した文章からそのことを読み解きます。詳しくはカタログで読んでみて下さい。8頁分、5600字の原稿です。
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カタログは一般書店では取り扱っておりません。購入御希望の方は、アプトインターナショナルへメールでお申し込み下さい。apt@apt.co.jp
もしくは宇都宮美術館ミュージアム・ショップ
028-643-8855(直通) へお問い合わせください。http://u-moa.jp/jp/shop_restrant/index.html

価格3300円(税込み)。全312頁。執筆者は島崎信、織田憲嗣、井上雅義、土田貴宏、橋本優子、藤崎圭一郎。

********
「北欧モダン デザイン&クラフト」展の日程は以下の通りです。
長崎県美術館
4月4日(水)〜5月17日(木)
宇都宮美術館
7月1日(日)〜9月2日(日)
京都市美術館
9月15日(土)〜10月21日(日)
東京オペラシティアートギャラリー
11月3日(土)〜2008年1月14日(月・祝)

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展覧会はまだ見ていません。東京展まで待ちきれないので、僕は宇都宮に行こうと思っています。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-23 16:01
 
キッチンタイマー集めてます
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INFOBARもTalbyもiPodもあります。一番使いやすいのは上中央のタニタ。液晶が大きくて、ボタンも操作しやすい。上右は無印良品。「+」と「−」キーがやや使いにくい。その下の紫とブルーがベネトン。液晶が暗い。でも操作ボタンに突起が付いているユニバーサルデザインの配慮は◎。そのうち冷蔵庫をキッチンタイマーで埋め尽くすつもりです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-18 18:48
 
コワッ
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なんじゃ、こりゃ! 夕方外出したら、家から歩いて2分のところに、こんな落書きが…。かつてこの家は超高級住宅だったのですが、何度か住む人が変わって、今は撮影スタジオになってます。スタジオの経営が失敗して、こんなことになってしまったのか。それにしても怖いな、プロの借金取りは。と思ったのですが、よく見ると「撮影用です」との貼り紙がありました。某Fテレビが、なんかの番組のために書いたものでした。夕暮れでフラッシュをたいて撮影したけど、周りにいたスタッフには怒られず、逆に軽く会釈して微笑んで……。ま、環境を害しているのは、テレビ局のほうですからね。夜帰ってきた時、前を通ったら跡形なく消えていました。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-13 23:35
 
折り紙で箸置き
昨日は法政で授業初日。今年からデザイン文化論が学部共通講義になったため、人数制限をすることに。初日は抽選を行いました。同じ講義を午前と午後2コマやっているのですが、定員50名のところ、午前は110人くらい(このくらいは予想していた)、午後は220人も集まった。しかも学校側の不手際で、午後は授業の手伝いをしてくれるTA(ティーチングアシスタント)が不在。急遽2年生に抽選用紙の配布などを手伝ってもらいました。有り難うございました。

すし詰めの教室やエレベーターホールで、酸欠状態の中、立ってずいぶん待たされた挙げ句、抽選に洩れた学生の皆さま、本当に申し訳ありませんでした。来年はもっとスマートな抽選方法を考えます。
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で、初日は折り紙をしてもらいました。「何でもいいからつくってください」というのでは学生が戸惑いそうなので、どうしたものかと東急ハンズで買ってきたばかりの折り紙を、行きつけの飲み屋で折りながら悩みました。1人で折り紙を飲み屋のカウンターで折っている44歳は、そうとう奇怪だったと思います。で、ふと「箸置き」が目に留まる。そうか、箸置きなら、折り込んでいけば誰でも短い時間で、それなりのものがつくれる。帰りにハナマサで割り箸を大量に買いました。

講義では、学生に折り紙3枚と割り箸を渡してこう伝えました。「あなたたちの作品をつくるという意識ではなく、客が突然家にやってきて、即興で箸置きをつくるという場面を想定してください。ホスピタリティ、つまり“もてなす”ということを意識してつくってください」。
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たった15分くらいで、学生は見事な箸置きをつくってくれました。幾何学的な形態でしっかりした構造をもつもの。紙を4枚使いイモ虫と植物とシャチホコが合体したような奇妙な動物。花弁をひとつひとつをつくり込んだ花などなど。デザインの答えはひとつじゃない。君たちの数だけ答えがあるといった話なのですが、まさにこれこそデザインの多様性だと実感しました。

考えてみれば、折り紙って、デザインの要点を教えるのに、とても都合がいいものです。講義の時、データが壊れてて見せられなかった、折り紙とデザインとの関係性。下に貼っときます。
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掲載の箸置きはみな学生の作品です。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-12 12:33
 
花絨毯
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駒沢公園にて
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-11 00:40
 
ノマディック美術館、よかったです。でも入場料が…
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坂茂氏設計のノマディック美術館へ行きました。アーティスト、グレゴリー・コルベールの展覧会「ashes and snow」のために設計されたテンポラリーな移動美術館。ニューヨークとロサンゼルスを移動してきて、3月に東京・お台場に上陸したものです。

コンテナを積み上げた外観は、すでに雑誌で見て知っていてあまり驚かなかったのですが、中に入って、その荘厳さに感動しました。必見です。

紙管の列柱が規則正しくシンメトリカルに建ち並び、ゴシック教会の身廊を歩いているような気になります。西洋建築の伝統を引き継いだ幾何学的なプロポーションと、壮大なスケール感、そして実に効果的な照明によって、紙管とコンテナとテントという実に現代的な材料によって作られた空間が、超越的な時間がゆったりと流れる映像作品を鑑賞するのにふさわしい空間に昇華しています。現代オペラの舞台装置の中に立っているような感じも受けました。

サーカスのテントのように、突然限られた期間にだけ現出し、しかし、その中では演目が繰り返され、観客を日常の時間から切り離す。坂氏のノマディック美術館では、演目の繰り返しだけでなく、列柱やコンテナといった建築的要素まで、ミニマル音楽のように同じモチーフを繰り返している。建築家は、建築自体によって仮設/永遠を同時に表現するというアクロバティックな試みに成功しています。時の神秘を刻み込んだ工業化された神殿とでもいいましょうか。スポンサーはロレックスだし、見事です。

展覧会は6月24日まで。ただ、入場料がえらい高い。大人当日1900円。チケットカウンターでビックリしました。映画より高いなんて。映画並みの大スクリーンで60分の長編映像、中型スクリーンで2本の短編が見られ、それに写真展示があるけど、ゆったり座れる椅子があるわけでもないし。ま、坂さんの、今しか見られない建築を見るための料金が、1900円のうちの800円くらいかなと思って、納得しました。

金・土・日・祝は夜10時まで(月〜木は7時まで)。僕は金曜の夜8時ころに入りましたが、昨晩は寒かったので、体が冷えきって、長編映像は最後まで見ませんでした。でも、雰囲気を楽しみたいなら、夜がおすすめです。

*Link →グレゴリー・コルベール『ashes and snow』のオフィシャルサイト
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-07 13:35
 
不都合な真実と六ヶ所村ラプソディー
昨日「不都合な真実」を観た。先月は「六ヶ所村ラプソディー」を観た。

この2つの映画をあわせて観ると、複雑な気持ちになります。「不都合な真実」だけ観れば、地球温暖化による環境の激変がすでに現実のものとなっている、このままじゃいかん、という思いになって、映画館を出ることができるでしょう。この映画の主役、ゴア元副大統領のプレゼンテーション能力は卓越しています。途中、本物のゴアがスライド講演をしているような感覚を受けてしまいました。

「不都合な真実」というのは地球温暖化だけじゃない──映画館を出るとき、僕は「六ヶ所村ラプソディー」を思い出して、そう思いました。「六ヶ所村ラプソディー」は、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場を巡るドキュメンタリー映画です。再処理工場は全国各地の原発が排出した使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムやウランなどを回収する施設です。そしてそれらを再び燃料として使うのが核燃料リサイクルです。

僕は原発反対派ではありません。原子力というパンドラの筺を開けてしまった人類は、開けてしまった事実を背負い続けながら生きていかねばならないと考えています。

しかし昨今、日本で、原子力発電を温室効果ガスを排出しない発電方法だと宣伝されているのを見ると強い疑問を感じています。核廃棄物の問題がある限り、原子力による電気は決してクリーンエネルギーではない。さらなる経済成長を当たり前のように望む生活を続けるには、どんな代償を払い、どんなリスクを背負うか、そのために何を行うべきか、私たち1人ひとりが考えていかねばならない時がやってきたようです。

僕は、原子力事業は電力会社のサラリーマンや役人に任せるべきではないと考えています。裁判官や検察官のように高い倫理道徳へ意識を持ち、軍隊のように規律を徹底的に叩き込まれ、新聞記者のように情報に敏感で、医者や宇宙飛行士のように人々から尊敬される専門集団が運営すべきです。そして次の世代が「NO」と判断したら、即座に撤退できる準備も進めておかなければならない。

「不都合な真実」を観て、いろんなことを感じた人は、ぜひ「六ヶ所村ラプソディー」も観て下さい。劇場公開は終わっていますが、週末、各所で上映会をやっているようです。今後のスケジュールはオフィシャルサイトの「上映スケジュール」の欄をクリックすると知ることができます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-05 14:13
 
ミームデザイン学校プレスクール
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エディトリアルデザイナー中垣信夫氏が設立を目指している、社会人のためのデザイン学校「ミームデザイン学校」のプレスクールの企画に、僕はほんの少しだけ関わっています。

4月15日(日)に第2回のシンポジウムが行われます。
【第1部】 ジオメトリック・アーティストのカスパー・シュワーベ氏によるパフォーマンス。
【第2部】 祖父江慎氏が、日本語の表記と未来について語ります。
◎日時……4月15日(日)13:00-16:00(開場12:30〜)
◎会場……東京国際フォーラム(有楽町) ガラス棟会議室5階 G502
◎定員……120名
◎入場料……1,500 円
要予約。詳細を下記のHPでお確かめの上、
メール(office@memedesign.org)でお申し込みください。
http://www.memedesign.org/schedule/index.html

シュワーベ氏は中垣氏の師、杉浦康平氏の一押しの造形作家。倉敷芸術科学大学教授で日本在住。その幾何学的な立体作品は、バウハウスの造形やフラーの仕事に直結するモダンデザインの水脈の源を探るような仕事です。祖父江氏は人気ブックデザイナー。今回はブックデザインの話でなく、日本語タイポグラフィの濃い話をしていただける予定です。

僕は基本的に観客として行きますが、もしかしたら、ちょこっと司会進行のお手伝いをさせていただくかもしれません。

中垣氏には、僕が『デザインの現場』の編集をしていた時、同誌のアートディレクターとして大変お世話になりました。デザイン学校を卒業したわけではない無知な僕を、正しき道へ導いていただいたデザインの師です。しかも僕のちょうど二回り上の卯年で、誕生日は同じ。今後も協力させていただきます。プレスクール企画は今後も続きます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2007-04-03 00:00


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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