藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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ピラミッドの山
現在発売中の『芸術新潮』3月号のコラム頁に「ピラミッドの受難」という記事を書きました。解体予定の学習院大学のピラミッド校舎(前川國男設計)の話をきっかけに、同じコルビュジエの弟子の吉阪隆正の八王子セミナーハウスの逆ピラミッド型建物などに触れています。

コルビュジエ設計の上野の国立西洋美術館の屋上にも、ピラミッド状の物体があるという話も書きました。一般客は屋上には上がれないので、Googleの衛星写真で見るしかない、と思ってました。

昨日上野に行きました。ピラミッド状の物体は下から見ることができました。オブジェでも給水塔でも階段室でもありません。採光窓です。形は三角錐(底面が三角形)。一般的な四角錐のピラミッドと形状が異なります。

こっちはフランス政府が中心になって世界遺産の登録候補になったというのに、ほぼ同時に建てられた、弟子の前川のピラミッドは壊されるなんて、日仏の文化への意識の差をはっきり表しています。
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で、上の写真の左の部分を見てください。写真を撮っている時は気づかなかったのですが、左にも三角形があります。ファインダーを覗いているときは「写ってしまう邪魔な街灯」でしかなかったのですが、あとで上野公園をブラブラと歩いていて気づきました。公園内の街灯は、三角錐なのです。
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これってもしかして西洋美術館の屋上の三角錐を意識してデザインしたもの? 誰がいつどんなコンセプトでデザインしたか分かりません。コルビュジエがこっそり西洋美術館の屋上につくった三角錐が、人知れず増殖し、上野公園全体に三角錐ネットワークを生み出したのかも。そう考えると面白い。これぞピラミッドパワーです。

あっ、あともうひとつ、ピラミッドを発見。京成の博物館動物園駅跡。上野の山にはピラミッドが静かに息づいているですね。
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by cabanon | 2008-02-29 12:28
 
後付けニーズ、偽装ニーズ
最近激しく感じること。世の中でニーズと呼ばれているものの大半は、作り手・売り手のニーズでできている。

実は作り手のニーズで作られたものなのに、お客様のニーズや住民のニーズから生まれたとされているものが、この世にかなりあるんじゃないか。

地上デジタル放送は誰のニーズなのだろうか。コンパクトデジカメの1200万画素は顧客のニーズなのか。エコ出張は乗客のニーズだろうか。ニーズがあるから中国産にせざるを得ないというのは、あなたの会社が生き残るために「せざるを得ない」ニーズではないのか。「ニーズの創造」とか「ニーズの発見」と口当たりいい言葉で偽装して、受け手のニーズが後付けされていやしないだろうか。

そこにちゃんと顧客のニーズがそこに存在していれば、「実はあなたの会社のニーズでしょ」ってこと自体が悪いわけではない。商品は、作る側・売る側のニーズと買う側・使う側のニーズの両方がバランスよく並び立った状態から生まれるのが理想だからだ。

優れた企画者は、ユーザーのニーズだけでなく、企業自身のニーズも掘り起こす。松下の斜めドラムの洗濯機は、本当に楽な姿勢で洗濯物を出し入れしたいというニーズから生まれたものでもあるし、高価格帯の洗濯機市場をつくりたいというメーカーのニーズから生まれてきたものだ。

きめ細かい配慮で顧客のニーズをすくい上げ、それを大胆かつ慎重に企業のニーズと一致させることが肝要。斜めドラムの洗濯機や、TOTOの便器ネオレストのような優れた製品は、ユーザーのニーズ本位の製品と開発者が言い切れる「強度」がある。充電池や太陽電池技術で生き残りをかける三洋電機の事情など関係なく、「やっぱりこの地球はおかしな方向に行っているじゃないか、何かしなくては」と思う人にとって、エネループはありがたい製品だ。作り手のニーズと受け手のニーズが発展的な形で融合している。

作り手のニーズは見えにくい。商品が市場に出るときは、企業側のニーズは巧妙に隠される。必ず顧客のニーズ、消費者のニーズ、生活者のニーズだけで生まれてきたように宣伝される。「地域住民のために作りました」と喧伝される道路や橋には、見えないところで政治力学が生むさまざまなニーズが働いている。

最も面倒な事態は、受け手が、作り手のニーズまで自分のニーズだと宣伝などによって信じ込まされてしまうことではない。作り手が自分のニーズを受け手のニーズだと信じてしまう事態である。つまり、作り手が、自分たちの背後に働く複雑な政治力学から目を背け、自分がそうせざるを得なかったことをお客様のため・住民のためと信じ込んでいる場合である。これはたちが悪い。

社内プレゼンに勝つというニーズがあったことは、商品化される頃にはすっかり忘れ去られてしまう。必要は発明の母だし(“Necessity is the mother of invention.”)、ニーズはデザインの母であるが、企業の「必要」は、自分の欲しいものが無かったから発明したという素朴な発明家の「必要」と同じものではない。受け手にそれが見えにくいのはある程度仕方がないことだが、作り手はそのことを自覚していなければならない。

前回の投稿の「わかりやすさ」の話でいえば、「わかりやすさ」というニーズは情報の送り手の勝手に判断したものであることが少なくない。中学生だってジョン・ケージを聞くし、高校生だってフーコーを読む。背伸びするから人は育つ。実は中学生でもわかる「わかりやすさ」は、辞書を引きこともグーグルで検索することもやりたがらない上司に対する「わかりやすさ」だったりする。

こういう些細で特別な悪意のない偽装ニーズが世間に積もり積もっている。最近それを強く思う。
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by cabanon | 2008-02-28 12:15 | お気に入りの過去記事
 
わかりやすさ
「答え」を求めるか。「問い」を求めるか。ここには、大きな違いがあります。たとえば、多くの現代美術が難解だといわれるのは、それが「答え」ではなく「問い」だからです。

大方の現代美術作品は、芸術家の高尚な答えを聞いて、頭が良くなったような気分になりたい人には、たいてい失望をもたらします。

芸術はソリューションビジネスではありません。自分の代わりに誰かが出してくれた名解答ではありません。そこにあるのは「問い」です。問いを受けとめることは面倒なことです。答えは自分の頭で考えなければならないのですから。

投げかけられた問いに対する応えは、解決のための答えである必要がありません。問いを感じとり、さらなる問いを世界に投げかけること。必ずしも言葉で答えを考える必要はない。大切なのは、問いの波紋を広げ、共振を起こすこと。

そこにあるのは、わかりやすい/わかりにくいの問題ではありません。伝わるか/伝わらないか。伝わった結果と、行動を起こすか/起こさないか。

優れた芸術に出会えば、すぐ行動したい気持ちになるといった単純なものではありません。行動を引き起こすメカニズムは複雑で繊細です。伝わるためには、受けとめる側の準備も必要です。ある条件が整ったとき、受け手の心の中で何かが発動する。

頭を使わないで「答え」を受けとめ、頭が良くなる気分にさせるのが昨今の「わかりやすさ」。頭を使って「問い」を受けとめ、足を動かし「問い」を広げる行動を促すことが「わかること」。

最適解は問いである。それは優れたデザインでも同じことだと思ってます。
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by cabanon | 2008-02-28 10:06 | お気に入りの過去記事
 
阿佐ヶ谷住宅の建て替え計画
阿佐ヶ谷住宅が予断を許さない状況になってきたようです。
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阿佐ヶ谷住宅建て替え計画を考える、「第8回成田地域まちづくりセミナー」が2/23(土)杉並区産業商工会館で行われました。前半は松田輝雄氏の講演。後半が建て替え計画のディスカッションでした。松田氏は元NHKアナウンサーで、阿佐ヶ谷住宅の近くで生まれ育ち、地方勤務などで一時この地を離れたものの、再び当地に戻り、現在はすぎなみ地域大学長を務められています。

テーマは「ボクが育った成宗たんぼ」。阿佐ヶ谷住宅のある成田東一帯はかつて成宗と呼ばれていました。そして今の阿佐ヶ谷住宅の敷地は、田んぼでした。現在でも、この辺りの地域は、台風などで善福寺川が氾濫して浸水することがありますが、かつては、田んぼが遊水池の役割をしていたそうです。松田さんによると青梅街道の丸ノ内線地下鉄工事で出た土砂で、田んぼを埋めて、「阿佐ヶ谷団地」(近隣の人は「団地」の敷地を造成したそうです。

子どもの時分、松田さんは母から「ここに来た人は天子様だよ」と言われたとか。100万円で団地を買って(180万円という話もあるようです)、団地には風呂もついている。卓袱台でなく木のテーブルで座ってご飯を食べる。周囲の住民たちには夢のような生活でした。昭和33年(1958年)のことです。長島茂雄が巨人に入団し、東京タワーが完成した年でもあります。

前回11月、第7回のこのセミナーに招かれた講師の陣内秀信さん(法政大学教授)のお話しを思い出しました。陣内さんも2歳の頃からこの地域に暮らし、「成宗」の原風景が焼きついているそうです。

陣内さんは「水」と「道」から、阿佐ヶ谷周辺の「都市の古層」を読み取りました。たとえばケヤキ並木の中杉通りの脇を側道のように通る商店街パールセンターは中世の道です。中杉通りは戦後の計画道路です。阿佐ヶ谷住宅の脇には、「いざ鎌倉」の鎌倉街道が通っています。古道は今も生活に息づいています。

陣内さんの都市読解の真骨頂は「水」への視座です。陣内さんは調査に訪れたイタリア・サルディーニャ島で、聖域が湧き水によって形成されていることを知り、湧き出でる水から都市を読む方法論を東京でも展開します。東京は川が多い。そしてかつては湧き水もものすごく多かったそうです。「里川」という言葉も陣内さんの講演で初めて知りました。里山のように住民の共有地(コモン)としての川。住民は川からの湧き水からの財産を分かち合って暮らしていたのです。

11月に聞いたそんな話が頭に入っているので、松田さんがとても面白く聞けました。弁財天のところにかつて池があり、冬にはその池に氷が張って、子どもが氷に乗って遊んでいたとか……。この地域が、川と湧き水によって長い時をかけて形成された生活空間であったことがよく分かります。

阿佐ヶ谷住宅の敷地にあった田んぼには、ホタルがたくさん飛んでいたそうです。昭和23〜24年頃、農薬が使われるようになって、一斉にいなくなりましたとのこと。そして10年後、地下鉄工事の土砂でその田んぼが埋め立てられ、最新設備の「阿佐ヶ谷団地」が姿を現します。そこには飛び交っていたホタルのことなど全く知らない住民たちがやってきました。

記憶は分断されたはずでした。

しかしその団地は、まだ「開発=金儲け」でなく、公団の津端修一さんやテラスハウスを設計した前川國男が「開発=明日の暮らしの提案」という思いのもとでつくりだしたものでした。過去の記憶の上に、現在の損得でなく、未来への夢がのっかたのです。

川と湧き水の文化と対極にあった団地が、周囲のスクラップ&ビルドを繰り返す街とは別に、緑豊かな住環境を形成し、川と湧き水の文化に調和していきます。そしてその団地が老朽化すると、下で眠っていた都市の古層が表面にひょっこり顔を出しました。過去と対話するチャンスです。スクラップ&ビルドの街づくりから離れ、未来に向け新しい形の安全安心な街をつくるチャンスなのです。奇跡的に残っている緑豊かな広い敷地がそれを可能にしてくれます。「成宗たんぼ」にはポテンシャルがあるのです。今からでも、新しい街づくりのモデルケースをつくれる絶好のチャンスだと、杉並区や東京都、住民やデベロッパーが気づいてくれればいいのですが。

難しい状況のようです。

阿佐ヶ谷住宅の建て替えに反対する人はほとんどいません。しかし現行の建て替え計画に反対する周辺住民はかなりいます。このセミナーの後半は、杉並区のまちづくり担当部長と、地権者、事業者、そして周辺住民によるディスカッションが行われましたが、現行計画をすぐにでも始めたい地権者と、周辺住民との話し合いは議論の前提部分から平行線を辿り、議論と言えるもののないまま地権者側は退出しました。

前回のセミナーでは、杉並区のまちづくり担当部長は計画案を時間をかけて検討したいと語っていました。今回も基本的にはいろいろな立場の方の十分意見を聞きたいという姿勢でした。しかし、今月、地権者・事業者側から再開発等促進区の企画提案書が区に提出されたとのことです。つまり、建て替えの手続きが一気に動き出す可能性が出てきました。多くのボタンを掛け違いしたままに……。会議室を後にしたときは、かなりやりきれない思いになりました。

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【関連リンク】
2006年6月の「第1回成田地域まちづくりセミナー」(講師/松隈洋さん)の本ブログのレポート。
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by cabanon | 2008-02-24 14:33
 
残そう!ピラミッド校舎の緊急シンポジウム
2/22、緊急シンポジウム「残そう!学習院大学ピラミッド校舎群」に参加しました。ピラ校に関しては、本ブログで1/13の見学会のことを、また次号(2/25発売)の『芸術新潮』のコラムでも書いてます。今まだ解体はされてません。保存の道は非常に険しくなってますが、完全に閉ざされたわけではありません。
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だって、みなさん、見てください。こうなっちゃうんですよ。
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これはないでしょ。(模型は京都工芸繊維大学大学院 木村・松隈研究室 馬場隆行さんの制作)。

シンポジウムでの松隈さんの話によると、設計者の前川國男は「学問のコア」としてこのピラミッド校舎中心の校舎群を建てましたが、大切なのは、四角錐の建物より、広場をつくること、と考えていたとのこと。広場に落とす影を最小限に抑えるという意図からピラミッドの形が発想されました。四角い効率のよいビルが建つと、ビルの内部は効率がいいのかもしれませんが、建物と建物を繋いでいた隙間──今まで生きていた余白が死んでしまいます。上を向けば青空が広がる広場のベンチが、ビルの影に覆われた寒々しいベンチになってしまうわけなんです。

前川は後年、師匠のコルビュジエにお褒めの言葉をもらったのは学習院のピラミッド校舎だけだと述懐していたそうです。

パネラーの兼松紘一郎さんからは他大学でも同じような危機に晒されたりすでに壊された事例が報告されました(愛知県芸の吉村順三の校舎も存在が微妙になっていると指摘がありました。卒業生頑張ってください)。他に東京女子大の旧体育館や、文化学院の保存の運動に取り組んできた方の報告もありました。

大学だから残せる建物ってあるはずなのに。いや、余白を生かすって発想にはなかなかなれないでしょうね。目先のことばかり考えて文化なんか育たないのに。
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by cabanon | 2008-02-23 00:47
 
最近の「書く仕事」
仕事の近況報告です。

・『STUDIO VOICE』3月号に、『アキッレ・カスティリオーニ 自由の探求としてのデザイン』(多木陽介著)の書評を寄稿しました。いい本です。

・『デザインの現場』2月号のミニ連載「コトバのミカタ」で、「カワイイ」について論じました。800字のエッセイですが、われながら深い論考だと思っております。

・『デザインのひきだし 4』(グラフィック社)で2頁のコラムで、デザイン難民問題解消の話を書きました。以前このブログで書いた話を膨らませたものです。

・『ジャパンデザイン 2007-2008—グッドデザインアワード・イヤーブック』でグッドデザイン金賞受賞作品の取材記事を4本書きました。産総研(@札幌)の完全密閉型植物工場システム、新幹線N700系、セカンドライフ、トプコンの測量用GPS受信機GR-3です。

完全密閉型植物工場システムの取材は面白かったです。セカンドライフはうちのマックではサクサク動かず苦労しました。著作権をユーザーに渡したリンデンラボ社の英断は素晴らしいと思います。でも原稿書き終えてから一度もアクセスしていないし、する気になれない。

N700系は、原稿を書くために乗りました。普通車だったので感動とか感銘はありませんでした。やっぱりグリーン車です。疲れにくいという3層構造のシートの座り心地を確かめるため、こんど京都に行くときに奮発してグリーン車に乗ってみます。

トプコンのGPS受信機というのは、アメリカやロシアの衛星から得たデータでミリ単位の精度の計測をする測量器です。取材では、3次元データに従って重機が、自動的に掘削・整地するシステムももう実用化されていると聞いて、驚きました。土木版オートメーション化というか、大地を掘る3次元造形装置ってことですよね。

僕の弟は土木設計の公務員をしてますが、彼に聞くと、GPS受信機はまだ使ったことがないとのことでした。事故が起こりにくいように道路のカーブを決めるのには、目測や経験が大事だから僕はそんなの使いたくないね、と言ってましたが、土木のIT化も急速に進むんでしょうね、きっと。
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by cabanon | 2008-02-14 18:20
 
毎朝おろしてます
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先月、山中俊治さんデザインのOXO(オクソー)のダイコングレーターを買ってから、僕の朝のほぼ不動のメニュー──ごはん、納豆、モズク酢、漬け物──に、大根おろしが加わりました。冬の大根は甘さと辛さのバランスが絶妙でうまい。で、この大根おろし器がまたいいんです。
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おろすのがとにかく速い。力もそんな入れないでいい。水気を切るのが簡単。洗うのも楽(←ここ僕には大事)。親に買ってあげようと思ってます。うちの親は、柳宗理さんのステンレスボウル(一番上の写真の奥に写ってます)のようなシンプルさのありがた味をわかってくれません。かといって昔あげたメンディーニのワインオープナーはもう使っていません。でも、これなら、と思うわけでして。

この大根おろし器は2006年度グッドデザイン金賞(ベスト15)を受賞したものです。受賞したときは、大根おろし器が金賞かよって正直思いました。使ってみて、ちょっと考えが変わりました。日用品のデザインは、自分で使って「いいな」と思って、もうひとつ買って、誰かに贈ってあげようと思えるものが、本当のグッドデザインなのかもしれません。
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by cabanon | 2008-02-12 19:01
 
買っちゃいました
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渋谷で思わず買ってしまいました。あと残り3台ですと言われて。

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by cabanon | 2008-02-10 20:25


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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