藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
沈黙のエスカレーター
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ケータイは、コミュニケーションを拒絶するためのツールでもあります。
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by cabanon | 2008-11-21 02:51 | Comments(0)
 
太陽の涙
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吉岡徳仁さんの「Tear Drop」がうちに届いて、1週間くらい過ぎました。玄関に置いてます。夕方、壁に美しい丸い光が映ってました。玄関ドアの覗き穴から晩秋の西日が射し込んでいたのです。最初は「Tear Drop」に反射しているのだと思いました。たまたま真上にあるだけです。「Tear Drop」を玄関に置いて初めて気づきました。偶然の発見、偶然の美ですね。
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先月のトークイベントの打ち合わせのとき、吉岡さんが、こんなこと語ってました。「偶然以上に奇跡を作るものはありません。たくさんの実験をすると、天使が降りてくる。『この形をキミにあげよう』と」。
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by cabanon | 2008-11-19 16:26 | Comments(2)
 
玉のような
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私の手違いで、フリーペーパー『DAGODA』の発送が1か月以上も遅れてしまった方がいます。お詫びの手紙を書き、送っていただいた返信用切手は使わず返却し、速達で送ったら、数日後その方の会社の素敵な石鹸が送られてきました。TAMANOHADA SOAP。卵を扱うように大事に使いたくなる、そんなパッケージ。愛用のTSUN TSUN(石鹸置きです)の上に置いて、むきタマゴのようなお肌を目指して大切に使わせていただきます。
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by cabanon | 2008-11-18 13:22 | Comments(3)
 
飛ばない風船
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by cabanon | 2008-11-17 19:11 | Comments(0)
 
宮田識(DRAFT)との対話のお知らせ
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いまDRAFTの本を編集・執筆しています。その本の企画として、11/20の19時よりギンザ・グラフィック・ギャラリーにて、DRAFTの代表、宮田識さんとの対話というトークイベントを行います。

書籍のための企画なので、参加者は20歳代現役デザイナーに限らせていただきます。「こないだまで20歳代」の方もOKです。

学生との対話という企画は、8月にすでに終了済みで、その時はかなり突っ込んだ質問が出て、とても盛り上がりました。

進行役は僕がやります。僕と宮田さんとの対話でなく、皆さんが考えてきた質問を、宮田さんが答えるという形式。限定20名。トークというより、ゼミナール、いや談話室かな。

事前に質問を考えてきてください。社会人ならではの、鋭い突っ込み、骨のある質問を期待しています。

年を重ねると、かわし方を知って、質問をはぐらかして、自分の言いたいことだけしゃべる人がいますが、20時間以上話した僕に言わせると、宮田さんはそうじゃありません。意味不明な質問にも、ああこの人こう言いたいんだろうなと推測して真っ向から答えてくれます。それが心地いいです。

こっそりやります。少人数で親密な会です。

要予約。お申し込みはお早めに。詳細は、下をお読みください。
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【宮田識(DRAFT)との対話】参加募集(社会人デザイナー限定)

現在、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)では来年3月に開催するDRAFT展(仮称)に併せ、DRAFTの全容を紹介する書籍刊行の準備を進めております。
書籍の企画として、若い社会人デザイナーと宮田識氏との対話を行います。
参加ご希望の方は、ギャラリーまで電話にてお申し込みください。

日時:11月20日(木)19:00~21:00 (要予約)
会場:DNP銀座ビル 2階映像ホール
   (ギンザ・グラフィック・ギャラリーの上になります。)
   中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル
   Tel.03-3571-5206

対象:20歳代の現役デザイナー(学生不可)
定員:20名(先着順)
条件:必ず宮田氏への質問を一つ準備してきてください。
   但し、個人的な質問・相談はご遠慮ください。
   例えば… 私の作品を評価してください。
        どうやったらDRAFTに就職できますか、など。
※定員になりしだい締め切らせていただきます。

なるべく多くの質問に答えられるようにいたしますが、時間の都合上、
全員に対応できない場合もありますので、ご了解ください。
また、少人数での談話会ですので、当日キャンセルの場合は必ずご連絡いただきますようお願い申し上げます。               
アクセスなどは、こちらでお確かめください。→→→ギンザ・グラフィック・ギャラリー
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by cabanon | 2008-11-12 17:10 | Comments(2)
 
インタビューを受けました
私のインタビューが、オンラインカルチャーマガジン「moonlinx」に掲載されています。『DAGODA』のことを話しています。

インタビューをするのでなく、受ける側です。たまに取材される側に回ると、される側の気持ちが分かって、勉強になります。うっと押し黙った時は、考えている最中。そこでインタビュアーが沈黙に耐えられず質問すると、頭の中でふつふつと湧き出そうになった大事なことが言えなくなる。そうした場合、質問者は声を出さずに大きくひとつ頷くだけがいい。アナタの今考えていることを聞く準備がありますという態度表明をするわけです。すると、取材される側は、促されたようにしゃべり始める、とかね。

顔写真がかなりデッカく載っているので、気恥ずかしいのですが、ご一読くださいませ。 →→「moonlinx」 藤崎圭一郎 Interview 記事へ

moolinxのスタッフの皆さまには、取り上げていただき感謝しております。
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by cabanon | 2008-11-12 12:32 | Comments(0)
 
地球がひっくり返る直前の光景
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関根伸夫さんの「位相 - 大地」が、多摩川アートラインプロジェクトの一環として再制作されていると聞いて見に行きました(11/9まで)。若い頃、幾度となく『美術手帖』誌上で、村井修さんが撮ったこの作品の写真を見て、イメージとタイトルが目に焼きついていました。けど何がスゴいのか分かりませんでした。

「位相 - 大地」のオリジナルは、1968年10/1から11/10に神戸須磨離宮公園で制作されたもの。現代美術に通じている人は誰もが写真で知っているけど、ほとんど誰も実物を見たことのない伝説的な作品です。

40年ぶりの制作です。設置場所は東横線・多摩川駅近くの田園調布せせらぎ公園。本日11/9に、同公園内のクラブハウスで、関根さんのトークがありました。
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「位相 - 大地」は初めてつくった彫刻作品だったそうです。20代半ば、関根さんは位相幾何学に興味を持ち、半立体の作品を制作していました。作品を毎日美術展の応募したところ、平面絵画部門にエントリーしたはずが、係員の手違いで、立体部門で賞を受けてしまいます。それで、神戸・須磨の野外彫刻展に招待されることになりました。

彫刻などやったことない。まして野外。どうしよう。山手線2周して考え抜いたそうです。そして「地球を裏返してみよう」というコンセプトが生まれます。位相幾何学の発想です。大地にひとつ穴を空け、地球の中身を全部抜く。空洞化して地球はゴムまりのような状態になる。ゴムまりには外側と内側の面があります。穴から内側の面を押し出すと、地球の内と外はひっくり返る──。その穴なのです。大地の丸穴は。

もちろん実現不可能です。関根さんは思考実験といいます。理論物理学が仮説を組み立てて、真実に迫ることを試みるように、頭の中で地球を空洞にしてひっくり返す。「全部ひっくり返さなくても、どうなるかわかる。だから途中でやめた。寸止め。地球が裏返る直前の風景なんです。でも、そのことは見事に誰も分かってくれなかったですね(笑)」

人を圧倒したのは、土の塊の力でした。「土の塊が出来上がった時、私も驚いた。ものの力に地球を裏返すというコンセプトが一瞬飛んじゃった」と。円筒と丸穴は、マッス(量塊)とヴォイド(空洞)、ポジとネガの対比をなし、「もの」の存在と非存在がエネルギーを放ちます。
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この作品を契機に「もの派」が生まれます。素材を何かをつくる手段でなく、素材を主体として現前させる現代美術の運動です。1960年代末、関根さんと問題意識を共有する現代美術家たちが、新宿の喫茶店トップに集まり、1年以上かけて「西洋近代主義をいかに超克するか」というテーマを中心とした議論を重ねた末に、「もの派」が起ち上がります。理論面でリードし、もの派のプロパガンダ役を務めたのは李禹煥さんだったそうです。もの派という名は、彼らが自ら命名したわけではないそうです。「ついちゃったものはしょうがない」と関根さん。

それにしても、地球を裏返すという思考実験をやってみて、結果的に、「思考」とは対極の位置にある「物質」のエネルギーを顕現する作品が生まれたのは、面白いことです。しかもそれが「もの派」の誕生の契機になったという話は、「もの」って一体何だろうということまで考えさせられます。「ものは単に物質でないところが日本語の深いところ」と関根さんもおっしゃってました。
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再制作も迫力がありました。憧れていたスターを実際この眼で見る気分。けど正直、実物を見たら幻滅すると思ってました。んなことは、ありませんでした。何がスゴいのか、作品を見て、話を聞いて、少し分かった気になりました。

明日月曜日に穴を埋め、元に戻してしまうそうです。ものだけど、ものであることにこだわっていない。物質というか、現象。物の怪とか物悲しいとか、日本語の「もの」って、ファントム的な現象とか、場の空気みたいなものまで指すんですよね。

40年前の写真は、ものの力を捕らえていたのだと思います。物質的な土のエネルギーだけでなく、地球がひっくり返える直前の、一瞬歪んだ場の力まで捕らえた証拠写真だったから、この作品は神話化されたのかもしれません。

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8日後、元に戻ってしまっていました。葉っぱが色づき、光はもう晩秋のそれでした。11月17日追加。
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by cabanon | 2008-11-09 20:36 | Comments(0)
 
コメントありがとうございます。
秋田寛様
コメントありがとうございます。いささか長文になりますので、字数制限のあるコメント欄でなく、こちらに返事を書きます。

ネットの片隅で、ジャーナリストがいささか煽り気味に書いた批判的な意見に対して、真摯にコメントしていただき、器の大きさに感服いたします。

僕が実名で、作家の名前を挙げて批判的意見を書くより、自分に対する批判的意見に実名で対応するほうが数倍勇気のいることだと思います。

当該記事の、onishiさんからのコメントを読んで、「INADA Stone Exhibition」のプロジェクトが、稲田みかげ石の石材業者の方々に喜びを与えてることを知りました。デザインの力だと思います。

今回は事務方との、ボタンの掛け違いがあったようですね。残念ながら、今年の六本木の展示では、著名なデザイナーたちとコラボレーションすることによって生まれた「ものづくりの楽しさ」が、うまく伝わらなかったと思います。次回はガツンとそれを伝えてもらいたいです。

僕はデザインの力を信じています。しかし、信じすぎはよくないと思っています。「3歩進んで2歩下がる」くらいのペースで、デザインの力を世の中に広めていければいい。

今、デザインは広がっています。デザイナーの社会への影響力も大きくなる一方です。しかし、今は前へ前へどんどん進んで、多くのデザイン関係者が、2歩下がることを忘れがちになっているような気がします。

デザインという言葉は濫用ぎみです。3歩進んだはずが、ブームが去ればデザインという言葉は胡散臭い響きになり、3歩下がって進歩なし、ということになりかねません。4歩下がってしまう怖れすらあります。

みんなが前へ前への時に、2歩下がるのは勇気がいります。デザインジャーナリストの役割は、デザインの広がりを世に伝え、さらなる拡大のお手伝いをすることだけでなく、言葉の力で、熱した拡大欲に冷や水を浴びせ、みんなが立ち止まって、考えたり議論するキッカケをつくることだと考えています。2歩下がって、持続可能なデザインの領域拡大を図る──。最後はデザインもアートも科学も工学も総動員して、創造の力で世界を変えたい。

そう思っていますから、ネットの片隅の批判的意見に、立ち止まって、しっかり耳を傾けて、レスをいただけたことに、深く感謝します。ともに力を合わせて、デザインの力を盛り上げられることができれば、とても嬉しく思います。
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by cabanon | 2008-11-09 00:52 | Comments(0)
 
iQですか、大賞は。
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iQがグッドデザイン大賞を獲ることと、プリウスがかつて大賞を獲ったこととは全く意味合いが違うと思います。

前者はダウンサイジングの技術。サイズを小さく燃費も少なくという技術が基本です。しかし引き算の発想だけだと、「軽」との比較になってきます。iQなどコンパクトカーの燃費は「軽」よりいい。iQは4人乗りといいつつ、実質3.5人乗り。しかも「軽」は維持費が安い。燃費で勝負したいけど、お得感ばかり強調すると利ざやの薄い商品になる。そこで、トヨタは「プレミアム感」ということを言い出します。数理曲線を使った理知的かつエモーショナルなるスタイリング──。黄色いナンバーに抵抗ある人たちが、愛着を持って乗れる精度を極めた造形性。そんな「プレミアム感」と「コンパクト&環境性能」という二律背反を1つの形に収めたパッケージング。それが評価されたのでしょう。

二律背反の調和は、日本的な発想だということで、トヨタはそれを「Jファクター」と呼んで、全社的なデザイン開発のコンセプトにしています。

しかし二律背反は、単に調和させればいいというものではありません。なにかしらの第三の道が見えてこないといけない。

僕は二項対立では第三項の概念が見えてきて初めて次のデザインの課題が見えると考えています。(弁証法との違いなど、詳しくは昔の記事「第三項」「二項対立」をお読み下さい)。たとえば第三項は、ノイズ(←秩序と混沌)、コモン(←プライベートとパブリック)となります。

2つのハッキリ領域のある項目の間に生まれる第三の道は「曖昧さ」です。曖昧さはそれ自体コンセプトになります。日本人はそうした曖昧さや、間(ま)、隙間、にじみ、余白に美を見ます。二律背反を不和でなく調和として捉え、伝統と先進性を和合させる新しい造形を試みること、それをトヨタはJファクターと呼んでいます。

iQには、第三の道が見えてきません。僕には、Jファクター自体が目的になっているように思えません。つまり、Jファクターという全社的なコンセプトに当てはめるため、ダウンサイジングの技術の対抗軸として「プレミアム」という言葉を持ち出してみた、という後付け感がある。矛盾する要件を融合させる方法論という「手段」を使って、未来へつながる第三のコンセプトを示すのが「目的」であるはずなのに、「手段」であるべき方法論が「目的」になってしまっているから、未来が見えてこない。

もし、iQが大ヒットして、他社も追随し、プレミアムコンパクトカーが街中に走るようになったからといって、新しいモビリティ社会のあり方が見えてくるでしょうか。

プレミアムとコンパクト+環境性能を調和させたからといって、第三の新しいコンセプトが生まれたとは思えません。

その点プリウスは、最初から環境性能を対立する他のさまざまなファクター(走り、価格、居住性など)との調和を図り、ハイブリッドカーという、未来のモビリティ社会への第三の道を示しました。

トヨタが最近宣伝している「エコ替え」が第三の道なのでしょうか。エコ替えの宣伝には、地デジ強制変換を契機に、部屋に合わないくらいの大きな画面フラットテレビを売りつける商法のような、非常に違和感を感じます。地デジは必ずしもハイビジョンテレビに見る必要はないのに、大きな高いテレビを買わないとダメみたいな意識にさせられている。

エコ替えにも同じような便乗商法的匂いが漂います。エコエコと良心をくすぐって買い替えを煽るより、好きな車を大事に乗るほうがずっとエコです。「プレミアム+環境性能」の道の背後には、「アイツよりオレのほうがエコのこと考えてるぞ」とクルマで主張する薄っぺらな良民意識と、クルマがもともと持っているステータス感の表出とを重ね合わせたいという意図が見え隠れします。だからエコ替えの宣伝は哀しい。

結局、iQには、高価なコンパクトカーを買ってもらうという市場の未来しか見えてきません。iQが売れても、レクサスはレクサスでちゃんと走っているでしょうし。

iQは優良な商品です。しかしグッドであってもグレートではない。それが今後エコ替えプレミアムコンパクトカー市場の主役となったとしても、グッドデザイン大賞というのは過大評価だと思います。

今年のグッドデザイン賞はタマ不足ということでしょうか。ふと、シュリンキング・フューチャーという言葉が浮かんできました。シュリンキング・シティ(収縮する都市)からの連想です。未来が縮まっている。現実的な解答、いや近視眼的な解決のほうに飛びついてしまう。トヨタの中だってもっと遠くを見て開発しているモビリティはあるのに。金融危機はいつまで続くのか。どこまで底なしなのか。実体経済へ及ぼす影響は? そんな先の見えない重たい不安が、大賞の投票に反映したのでしょうか。
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by cabanon | 2008-11-07 11:45 | Comments(0)
 
伝わる話
人に伝わる話ができるようになるには、2つの道がある。そんなこと今日、人と話しているとき考えました。

ひとつは、しゃべりの技術を学ぶこと。話し方教室に通ったり、人の真似したり、落語を聞いたり、演劇を学んだり。とにかく人前で話す機会を増やして技術を自分で研究したり、この道の辿り方は人それぞれです。

もうひとつは、自分の中に確固たる信念を持つこと。

前者はスキルの問題です。人によって能力差はだいぶある。しかし、文章書きといっしょで、誰でも必ず上達します。ただし時間がかかります。

後者は、スキルの問題ではありません。確たる信念を持っているか否かの問題。信念に120%自信があり、それを人に伝えたいと強く望めば、うまい話し方でなくても、思いは人に伝わります。信念が常に頭の芯にあるから、原稿なしでも、話がぶれない。即興でたとえ話ができたりする。

迷いがあるから言葉が詰まる。受け売りだったり、事実をきちんと確認してなかったり、論理的な詰めが甘いなと自覚しているから、声が小さくなり、あいまいな表現になる。自信がないことを悟られてしまうことが怖い。自分が信じていないことでも、絶対的確信を持っているかのごとく話すスキルを持っていればいいのだが、残念ながらそんなワザは持ち合わせていない。相手の反応が薄いと、言葉の端々がビクビクする。

一度、話しがしどろもどろになると、回復は難しい。やっぱりしゃべるのが苦手だわと思って、また失敗する。悪循環に陥ります。しかし信念がドスンと体のど真ん中にあると、語りは熱くなり、人に何かが伝わります。伝われば、話すことが楽しくなる。しゃべる機会が増えれば、あの手この手を使って話すようになるので、結果的に、しゃべりのスキルが上達する。これはポジティブなスパイラル。信念があれば、スキルは後からついてきます。

しゃべりの技術を先に磨くのがいいのか。信念を持つ人間に先になるべきか。

昨日オバマ次期大統領の演説をテレビで観てて、なぜこの人は演説が上手いんだろうと考えました。オバマの演説は、しゃべりの技術以上に、信念を感じる。キング牧師の有名な演説もそうですよね。

あることないことをさも信念のように熱弁できるディベート技術に優れた人の演説とは違う。セールスマンのトークでもない。技術先行型ではない。信念先行型なんですよね。ブッシュはもともとしゃべりが下手で、しかも、信念がないから、ある一定以上しゃべるスキルが伸びない。日本の多くの政治家がしゃべるのが下手なのも同じことかも。

この秋くらいからか、授業で、信念を真ん中に据えて語れるようになってきたように思っています。それまでは、パワポ(僕はKeyNoteですが、ま、どっちでも)に頼り、話す技術・伝える技術のことを意識してしゃべっていたのですが、パワポに頼ると、アドリブが利かなくなります。けど技術のことより、信念を体幹の真ん中にしっかり据えると、なんか自然に言葉が口から出て来るようになってきました。まだまだ未熟ですが、何かが見えてきたような気がします。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2008-11-06 17:33 | Comments(2)


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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