藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
適正価格の空洞化──「ふつう」の背景
11月6日に産経新聞関西版夕刊に寄稿した記事「適正価格の空洞化」を少しばかり加筆してアップします。

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40年前の1969年、ラーメンは80円だった。では、今ラーメンの値段はいくらかと問われればちょっと答えに困る。総務省統計局の東京都区部での調査では588円。しかし300〜400円台で食べられる大手チェーンもある。名の知られたラーメン専門店なら500円台で食べられれば安い。700円台でも高いと思わない。価格が二極化して、適正価格が空洞化しはじめている。

同じことは、そばやコーヒーにも衣料品にもいえる。1969年コーヒー1杯100円だが、今はスタバで飲むか、マックで飲むか、街角の喫茶店で飲むかで、しゃれたカフェで飲むかで、値段が違う。街角の喫茶店の数が減ってきている。どこで飲むかかどこで買うかによって適正価格が左右されて、平均的な価格で商売するふつうのお店が街から少しずつ消えつつある。

ドン・キホーテが10月14日、690円のジーンズを売り出した。買いに行ったが店頭にない。5日間で3万本が完売になったという。結局、近所のダイエーで買った880円のジーンズを買ったが、はき心地は悪くない。細かく言うと通気性が少し気になるが、言うほどのことはない。ブランドを示すタグや特長あるステッチが皆無なので、普段着にするにはちょうどよい。

で、880円のダイエーのジーンズに、ユニクロの長袖Tシャツ、ダイソーの100円の五本指靴下で原稿を書いている。いま身に着けているもので一番高いのは1500円のブリーフである。

現在進行する価格の二極化は、品質の二極化ではない。逆に「安かろう、悪かろう」が減ってきたから、価格が二極化しているのだ。

高額なモノにはワケがある。吟味された材料を使って手間をかけて作っている。だから高い。ワケを納得した上で、人は高いモノを買う。最近の「安くてもけっこうイケるモノ」には、ワケの見えないものが多い。モノの値段の背景には、グローバルな経済システムやブランディング戦略などの複雑なカラクリがある。

投機家が原油価格を乱高下させれば、モノの値段に反映される。どれだけ手間をかけて作っているかより、どの国で作っているかが価格を決める鍵となる。同じ工場の製品でも、企業の物流コスト削減努力で値段が変わる。モノの価値はモノづくりからかけ離れる。マクドナルドの期間&時間限定で行った0円のコーヒーには、コーヒー豆を収穫する貧しい労働者の記憶はこれっぽっちも残っていない。

無印良品が誕生した頃の広告コピーは「わけあって、安い」であった。1980年代の無印良品にはパッケージに安さのワケが書かれていた。たとえば紙皿には「ラミネート加工を省いたからお安くなりました」とあった。メーカーよりも消費者に近い流通側の視点から「素材」「生産工程」「パッケージ」を徹底的に見直し、良い品が安い価格で提供できるワケを消費者に正直に伝えていた。現在の無印良品は「安さ」より「良品」であることを売りにしていたため、一部に良さのワケを書いたパッケージはあっても、安さのワケの記述は消えている。

消費者に近い流通側が価格をデザインするという潮流は大きな流れとなって今も続くが、もし現在のディスカウントショップが価格のワケを正直にパッケージに書きはじめたら、消費者はドン引きするかもしれない。「倒産した会社の倉庫に眠っていた在庫を引きとってきました」「中国の工場で日給○○円の従業員が作りました」……。

安価なモノからはモノづくりが切り離される。逆に高額なモノは、デザイナーの名前が強調されたり、こだわりのモノづくりが神話のように語られる。産業の空洞化が価格の二極化を招く。

次に起こることは、空洞化された適正価格をデザインする動きだろう。本来「適正」や「スタンダード」や「ふつう」という価値基準は自然に生まれるものであって、誰かが提案するものではない。お手頃価格やお値打ち感は、もはや需要と供給のバランスや主婦の金銭感覚から生まれず、誰かが「ふつう」という共同幻想を操作した結果から生まれる。

適正価格が見えなくなり、何を買ったら「ふつうの生活」かも分からなって、コレを買えば「ふつう」だとか、ここに来れば「ふつう」という商品やサービスが現れる。デザイナーやトレンドを作る人たちが「ふつうがいいよね」と語りはじめた時は要注意である。その「ふつう」は世界の窮状を全く見えないように住み心地よくデザインされた「ふつう」である可能性があるからだ。

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本稿は、本ブログ08年1月8日のこのエントリーを発展させたものです。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2009-11-09 18:58 | お気に入りの過去記事
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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