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藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
『茶の本』読み比べ
岡倉天心の『茶の本』の文庫版は現在4冊。ソフトカバーの淡交社版も含め5冊を読み比べてみました。

『茶の本』は茶道の神髄を西洋に広めるために天心が英語で著したもの。『The Book of Tea』というタイトル、Kakuzo Okakuraの名で、1906年ニューヨークのフォクス・ダフィールド社から出版されました。来年で出版100年。世紀を飛び越え、僕にはこの本が21世紀のデザインとアートの歩むべき道を示しているように思えてなりません。

「翻訳はつねに裏切り」と天心は『茶の本』で語っています。色合いや図柄の抜け落ちた錦の織物の裏地のようなもの、と。たしかに錦の柄のディテールは失われます。しかし、訳者ごとに違う味わいの裏地ができて、それを丹念に読み解くことで、『茶の本』のさまざまな側面が浮かび上がります。

きっと天心は、「ここまで平易な日本語にしなくてはならないのか」と嘆いているでしょう。「この本は外国人のために書いたんだ。100年後の日本人は外国人より遠い存在になってしまった」と。以下、各翻訳の評を綴りました。★印は初めて読む人向けのオススメ度を評価したものです。☆は1/2。

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【角川ソフィア文庫】『新訳 茶の本』 大久保喬樹 訳

『茶の本』読み比べ_d0039955_12364559.jpg最初に読む本はこれをすすめます。今年1月に出た新訳。今までの翻訳本の「あれ、これどういう意味だろう? ま、とばして読んどくか」と思うような箇所がことごとく丁寧にわかりやすく訳されています。読みやすさに徹し、原文にはない小見出しが入れられています。もはや翻訳というより解釈。が、その解釈は精度の高く訳語も慎重に選ばれています。欠点は、文章が回りくどくなっていること。天心の原文は説明的でなく、暗示、逆説を使って、シンプルな表現の中に読む人のイマジネーションを掻き立てる力があります。それを知りながら、分かりやすいのが一番と考えるわがままな現代人のために、解説の無粋にあえて挑んだ一冊です。★★★★★


【岩波文庫】『茶の本』岡倉覚三著 村岡博 訳

『茶の本』読み比べ_d0039955_1241412.jpg初めて『茶の本』を読む人は買うべきではありません。お値段は最も安い378円。安いのにえらく敷居の高い翻訳です。学校で古文とか漢文とかで苦労した人はきっと挫折します。「物有り混成し、天地に先だって生ず」など特に引用文が難解で、注釈があっても元の漢文とわずかな語彙解説があるだけで極めて不親切。英語のほうが読みやすいという人もいるでしょう。訳文にはリズムと切れがあり流麗。角川版を読んだ後に読むのをすすめます。いちど『茶の本』の内容を頭にしっかり収めてからこの岩波版を読むと、訳文の難解さより軽やかさが目立ってきて、天心の言葉にいちばん近いという気になってきます。ただし、他と読み比べるとこの訳は違うのでは思う箇所もあり。団茶が煎茶だったり。ティシアンって誰? ティツィアーノに直して下さい、100版以上も重ねてきた基本図書なんだから、岩波さん。★★


【講談社学術文庫】『英文収録 茶の本』 桶谷秀昭 訳

『茶の本』読み比べ_d0039955_1243544.jpg天心の言葉は簡潔にして詩的で難解。それをそのまま現代語に置き換えようとする訳者の使命感が強く感じられますが、そのために初心者にはやや難しい本になってしまっています。本としては英文収録が魅力。ところどころ翻訳が硬いのは、英語の原文に照らし合わせて読みなさいということか。最初に買う本としてはおすすめできませんが、原文で天心の言葉を直接知るという意味で買っておくべきでしょう。★★★


【淡交社】『茶の本』立木智子 訳

『茶の本』読み比べ_d0039955_12451282.jpg唯一、ですます調。おそらくこの5冊の中ではいちばん早く読めるはずです。やさしい語り口に徹したのでしょうが、天心の「ですます調」には違和感あります。星の王子様じゃないんだから。超訳的な翻訳です。わかりやすさ優先というのはいいですが、一部言葉の選び方が気になるところがあります。「禅は月並みな仏教とは相容れません」の「月並み」は「正統」と訳すのが妥当だとか。ま、でも、細かいことを言ったら切りがないわけで、とにかくサクッと読みたい人におすすめです。★★★


【新風舎】『茶の本』 山口景史 訳

『茶の本』読み比べ_d0039955_12463055.jpg2005年5月に出た最も新しい翻訳本。前半の訳文はやや硬い。後半になると文体がこなれてきて、心地よく流れ出します。特に第五章の「琴馴らし」の部分がいい。回りくどい解釈的翻訳は避け、サラリと読めます。が、解説的な角川版、英文付きの講談社版、明治の香りがする岩波版、やさしい語り口に徹した淡交社版に比べ、最後に出てきた本なのに特徴がない。よく言えば、明快、簡潔。けれども、豊かで研ぎ澄まされた言葉への感性が感じられると評するところまでは達していない。★★★☆

******翻訳を比べてみてください。特色が出ています*******

【原文】
The Present is the moving Infinity, the legitimate sphere of Relative. Relativity seeks Adjustment; Adjustment is Art. The art of life lies in a constant readjustment to our surroundings.

【角川ソフィア文庫】
現在とは、絶えず変転しつつある無限のあらわれであり、相対の本来の場である。この相対性にどうやったら正しく対応できるのか、その秘訣が「この世に生きる術」なのである。身の回りの状況を絶えず調整していく術である。

【岩波文庫】
「現在」は移動する「無窮」である。「相対性」の合法の活動範囲である。「相対性」は「安排」を求める。「安排」は「術」である。人生の術はわれらの環境に対して絶えず安排するにある。 

【講談社学術文庫】
「現在」は移りゆく「無限」、「相対」の本領である。「相対性」は「適応」を求める。「適応」は「術」である。生の術は環境にたいして絶えず適応しなおすことにある。

【淡交社】
「現在」は絶えず移りゆく無限であり、れっきとした相対的なものです。相対的であるということは、適応を求められますし、適応とは「生きる技」であり、「芸術」なのです。このように「生きる技」とは、我々をとりまく環境に対し、つねに適応していくことをいうのです。

【新風舎】
「今」は、移り行く「無限」──「相対」の本来の領域である。「相対性」は「適応」を求める。「適応」は、すなわち「術」である。生きる術は、環境への絶えざる繰り返しにある。


結論です。最初に読むなら角川。でも、5冊とも読むべきです。短い本ですし。読むごとに『茶の本』の違う側面が浮かび上がってきます。

にしても、The art of lifeっていい言葉だな。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-10-06 12:53
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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