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藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
遊び心(4) le jeuの謎。戯れか操作か。
ル・コルビュジエいわく。
「建築とは、光の下に集められたヴォリュームの巧みな、正確な、壮麗な戯れである」
『建築をめざして』(原題:Vers Une Architecture 1923年)の中の有名な言葉だ。この最も一般的な日本語訳は『ル・コルビュジエ──理念と形態』(ウィリアム J.R.カーティス著 中村研一訳 鹿島出版会)からの引用だ。
「建築とは光の下に集められた立体の、精通した正確な素晴らしい操作である」
こちらの翻訳は新訳として2003年出版された樋口清訳の『建築へ』(中央公論美術出版)からのものだ。注目すべきは「戯れ」が「操作」になっている点だ。正反対といえるほど違う意味である。何故こうなるのだろう。戯れも操作もフランス語の jeu の訳語だ。
「建築とは光の下に集められた立体(ヴォリューム)の蘊蓄であり、正確で、壮麗な演出である」
これは、パリのコルビュジエのもとで働いた数少ない日本人のひとり、建築家吉阪隆正による鹿島出版会SD選書の『建築をめざして』(1967年)の翻訳だ。こちらでは「演出」と訳されている。ちなみに「立体(ヴォリューム)の蘊蓄であり」は誤訳。

原文はではこうなる。
“L'architecture est le jeu savant, correct et magnifique des volumes assemblés sous la lumière.”
ウィリアムJ.R.カーティスの原著ではこう英語に訳されている。
“Architecture is the masterly, correct and magnificent play of volumes brought together in light.”
さて辞書を引いてみることにしよう。
フランス語の jeu には、遊び、戯れ、ゲーム、競技、賭け、賭博、演技、芸、策略、演奏、操り方、動き、作用といった意味がある。英語のplayに近い。

『新スタンダード仏和辞典』(大修館書店)では「遊び」「ゲーム」「賭け」「演奏」などの後に、下のような解説と用例が載っている。
★(光のなどの)揺らめき、たわむれ。jeux de la lumière et de l'ombre 光と影のたわむれ。jeu de lumière (動くライトなどによる照明効果)
★(装置などの)円滑な動き、はたらき。jeu d'une pompe ポンプのはたらき
★(複雑な)相互作用
「建築とは、光の下で組み立てられた立体の、知的で、精確で、壮麗な相互作用である」なんて訳も悪くない。「相互作用」の代わりに「効果」としていいかもしれない。

jeu にはもともと戯れや遊びであると同時に、効果や操作、演出という意味が含まれている。これをどう考えたらいいのだろうか。

日本人に親しみやすい英語の play で考えると、わかりやすい。スポーツ競技でも賭け事でも、“Play the game” “Play ball”と宣言されたとき、人は日常とは違うルールに身をゆだねる。Play とは演劇や戯曲も意味する。演劇空間でも人は日常とは違うシナリオを堪能する。

ルーレットなどの賭け事の場合は、かなりの部分を偶然が支配する。ポーカーはルーレットよりは個人の技量が大切になる。が、やはり偶然が勝負を左右する。スポーツ競技は、偶然が及ぼす影響力が競技によって違う。サッカーではしばしば格下のチームが格上に勝つが、ラグビーは実力差が歴然と得点差に現れる場合が多い。しかし偶然の影響のないスポーツ競技はないだろう。演劇になると、偶然という要因はほとんど消える。あらかじめ書かれた筋書きが、日常と違うルールやリズムで動く世界を描き出す。

日本語の「遊び」とはどんな意味なのだろうか。
『広辞苑』を引くと【遊ぶ】の冒頭にこう書かれている。「日常的な生活から心身を解放し、別天地に身をゆだねる意。神事に端を発し、それに伴う音楽・舞踏や遊楽などを含む」。
【遊び】の項の1番目の説明はこうだ。「あそぶこと。なぐさみ。遊戯」。8つある説明の7番目にはこんな語義も書かれている。「(文学・芸術の理念として)人生から遊離した美の世界を求めること」。

jeu にも play には「心身を解放する」とか「なぐさみ」といったニュアンスはない。日常から離れても、それは日常生活とは違うルールの世界に身をゆだねることである。

では、デザインの世界で語られる「遊び心」はどちらの意味に近いのだろうか。
話が面白くなってきたけど、今日はここまで。明日以降考えます。
text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2005-06-12 23:27
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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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