藤崎圭一郎のブログ。「デザインと言葉の関係」を考えます。

by cabanon
 
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text & photo by Keiichiro Fujisaki

 
自己肯定を考える

何をつくっていいのかわからなくなる。作品をつくる手がとまる。表現力は人並み以上にあるのに、何か意味のあることをしないといけないと思って、表現の手前で立ち止まる。藝大でそんな学生を何人も見てきた。独自の感性に裏打ちされた表現スタイルをもっている同級生と比較して、自分はダメだと思い込み自己否定のスパイラルに陥って出てこられない。他の人と比べることないのにと思うのだが、小中高予備校と協調と競争を同時に強制された社会を生き抜いてきた人たちに、他人を意識するなと言うのは酷である。


でも、キミしかできないことはあるんだよ、自分の手で何かをつくる喜びを実感できるようになってほしい、って心の底から思っている。なぜなら、なんかを見つけると急に自信が湧いてきてつくることに熱中しだす学生もたくさん見てきたからだ。


何なんだろう、そのきっかけって?


まずは自己肯定である。自己肯定ができないと自己否定に至ってしまう。だが、「自分を肯定できない」と「自分をダメだと思う」というのは違うことだ。だから、自己否定のスパイラルに陥る前に、自己肯定感を得ることが肝要だ。


しかし、自己肯定はどうやったらできるのか? 私は、自己肯定には2種類があると考えている。ひとつは、自分がみんなと同じであることを確認して安心感を得ること。もうひとつは、自分が他人と違うということを自認して、差異を自らの判断で肯定すること。前者を同調型自己肯定と呼び、後者を差異型自己肯定と呼ぶことにする。


同調型自己肯定は、みんなといっしょであることに満足することだから、個性は不要と思うかもしれないが、実際はそうでない。空気を読めないとキャラがつくれないからだ。同調型自己肯定ができずに差異型自己肯定もできなくなるケースをよく見かける。


芸術系大学はさらに事情が複雑だ。個性的でなければならないという同調を強要する空気が流れている。他の人と同じように、みんなに見えるかたちで個性を表現できない学生は焦ってしまう。自分の個性は他の人のレベルの個性に達していない、自分をありきたりでつまらない人間だ、と思い込んでしまう。


自分のスタイルを見つけられた人はそこからすぐに抜け出せるが、家庭や学校で同調意識を強烈に植え付けられたりすると、他者から認められることでしか自分の個性を見出すことができず、他者からは見えづらい個性を自分の力で見出せず、自己肯定ができなくなる。みんなと同じような個性的な人間であろうと同調するから、自己表現が空回りする。


やりたいことをやればいい。好きなことを表現すればいい。自分の好きなことを信じればいい。そこに他者との差異を見出して、それを肯定した上で、自己表現して、その表現したものは一体何だったのかと振り返り、自分に足りないものを見つけだす。そうして、じゃあもっと勉強せねばと成長への意欲が湧く。自分の殻にこもっていては個性は伸びない。教養を身につけリサーチして旅していろんな人に知り合って、さまざまな文脈を意識できるようにして、自分のやろうとしていることの立ち位置と意味を自分で考える。そうやって自己表現はいつしか自己表現を越えて、誰かの共感を生み、社会的インパクトをもつものになる。


「違わないといけない」なんて思う同調型自己肯定を振り切って、「違っていいんだ」と差異型自己肯定から始めよう。「違っていいんだ」と思うことを足場にして、「違っているからこそいいだ」にする。「これでいいだ」「私やるじゃん」「褒められた!」。それから始めればいい。差異型自己肯定は自己承認欲求の充足にとどまらない。


これは美大生に限った話じゃない。自己肯定は成長へのエネルギーなのだ。自己肯定できるから「このままじゃダメだ、もっと頑張られねば」とポジティブな自己否定も可能になる。


自己肯定は成功体験依存とは違う。これはとても大切なことだ。自信過剰では失敗から何も学べない。自己否定がすぎると失敗はトラウマになる。健全な自己肯定ができているからこそ失敗体験が未来への貴重なリソースになる。


自己肯定は自己満足とも違う。なぜなら自己満足はそこで成長が止まってしまう閉鎖系のものだ。行動をしなくとも満足はできる。しかし、差異型の自己肯定は行動しないと始まらない。その行動を自分しかできないことだと全面的に受け入れて、自分だけはなんとかなると考える。そう、アントニオ猪木の名言「踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ。行けばわかるさ」のように。


text & photo by Keiichiro Fujisaki

by cabanon | 2018-12-30 20:16


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Profile
藤崎圭一郎
Keiichiro Fujisaki
デザイン評論家。編集者。1963年生まれ。1990〜92年『デザインの現場』編集長を務める。1993年より独立。雑誌や新聞にデザイン、建築に関する記事を執筆。東京藝術大学美術学部デザイン科教授。

ライフワークは「デザインを言葉でいかに表現するか」「メディアプロトタイピング」「創造的覚醒」

著書に広告デザイン会社DRAFTの活動をまとめた『デザインするな』

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